夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

中年童貞・処女の増加は社会問題か?

2015-02-04 | news
この記事で「ルポ 中年童貞」という本があるのを知った。
事の本質はだいたい想像していたとおりで、ルポらしい生々しい実態とやらが肝なんだろうけど、「中年童貞に多い属性は介護職員、農業関係者、ネット右翼の3種類だった。…介護も農業も国や自治体の政策で、補助金出して人を集めている。政策が絡むと失業者のセーフティネットになって、本当にとんでもない奴ばかりが集る。職場が破壊されるのは当然、産業も破壊される」といった職業差別に満ちた言葉を取材した人物の言葉として掲載しているらしい。だからけしからんと言っているのではなく、中年童貞は職業や(ネット右翼のような)趣味に対するステロタイプを無批判に受け入れていそうなところがげんなりするのだ。

「女性はどうして深く考えることなく、常に”強い種”を持っていそうな男に惹かれるのだろうか。モテるのは、いつの時代もヤンキー、運動部のエースである。女性は、無条件に強者を選択する。私は中学生くらいからずっと疑問に思っている」というのに至っては、中年になってまでそんな見方をしてるからじゃないのとしか思えない。

「女性は、どんなに真面目で誠実であっても、自信のなさやコミュニケーションに難があったり、また流行からズレていたりする男性は弱者として排除する」というのも一見もっともらしいが、ひがんでるだけで何かいいことが起きるのかと思う。実際、男はコミュ障だ。少なくともそう思って、多くの女性のように何の内容も必要性もない会話を続けられるよう努力した方がいい。

中年童貞はモテないとか、2次元が好きとか、チャンスがなかったとか、風俗が嫌いといった個人の属性、嗜好に関わる問題なのは明らかだ。
しかし、晩婚化・非婚化やセックスレス、さらにLGBTなどともに少子化や人口減少に結びつき、社会全体の問題でもある。中年童貞と同様に中年処女も増えているだろう。そのステロタイプや異性観を描くのはいろんな意味で賢明ではないが。

中年童貞・処女には自ら選んだ場合とそうなってしまった場合があるだろう。前者は「実際は現実から目を逸らして、アニメに逃避しているだけ。その一日一日でチャンスは失われているわけです」と負け惜しみのように思われているけど、そんなこともないと思う。それは日本の社会全体として、性衝動が減退し、セックスや生殖から離れていっているのではないかと思うからだ。もちろん彼らがモテモテなのにあえて拒んでいるというわけでもないだろう。意識と職業などの属性は互いにからみあっているのだ。

ぼくは「社会的に対応できない・しないことになっている社会問題」として考えればいいと思っている。例えば「過剰なプライドの高さ、コミュニケーション不全、潔癖な女性観」といった傾向は(本人以外の誰もが)直した方がいいと思っているのに手が出せないでいる。個人主義、自由主義というのは、小さな親切を大きなお世話にしてしまうのだ。

もちろん本人が望むなら市町村がやっている婚活パーティの延長上で、「異性とのお付き合い教室」があってもいいかもしれないし、もう既にあるかもしれない。しかしながら、たぶん10人に1人も中年童貞・処女を卒業させることはできないだろう。変われるくらいなら中年までそんな状態でいるはずがないからだ。「こじらせた」という言い方は言いえて妙だ。つまり社会的に対応するコストに見合う結果は得られないと思うからだ。



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