突拍子もない、妙なトランペットの音が、仏間からみんなの間に響き渡った。上川家の跡とり息子の晃が最近練習している腕前を披露しようと持ち出したのだが、最初のフレーズ以降がうまく吹けない。彼だけではないが、酒がだいぶ回ってきたのだ。正一が「そんなヘタくそじゃあ、じいさんが出てきて笑われるぞ」と言う。
少しの酒で酔った光子が正一や勝子に遺産をめぐるいざこざを蒸し返したり、「兄さんが座っているところは、お父さんの席よ」とかなんとか言ってからみ、それをまあまあと言って栄子や薫がとりなす。しかし、光子は「あたしは全然酔ってなんかない。めったに集まらない親戚なんだから、この際言わせてもらう」としつこい。
気持ちとしては、栄子も達子も同じだし、昭三などは局外中立を保つのがやっとである。そういう妹からの難詰を笑って聞き流せる正一ではなく、それができるなら兄妹間がギクシャクするようなことはそもそも生じなかった。ムキになって反論し、「本家の言うことを聴けないような奴は」と言い出す始末。それを勝子や昭三が、今度はこっちかやれやれという顔でなだめにかかる。
そんな時、チューニングの合っていないギターの音が洋間から響いた。稔と攻治にそそのかされて、童が中学生の時以来、久しぶりにギターを弾いたのだ。羽部家が居候していた頃、フォークソングの全盛期で、彼もTシャツにジーンズ、長髪、フォークギターという、自由な格好という名のお仕着せを身に付けていたのだ。その後、消えるものは消え、残るものは残るという、変わらぬ時の業が行われたのであるが、ギターを今弾くなど童としても気恥ずかしいことおびただしい。にもかかわらず、そうした点に鈍感な二人の従兄に責め立てられ、仕方なく弾き始めたのであった。
光子の兄が遺産を独り占めしたとの言葉に気色ばんだ正一が、「ちゃんと親父が書いた物がある」と言って何か持ち出そうとした矢先だったので、童のギターに救いを求めるように、叔父、伯母がこぞって、「童ちゃん、にぎやかなのをやって」とそちらの方を向いてねだる。リズムの合わない強引な手拍子が始まる。まあ、親戚の間のケンカというものは、何一つとして明らかになることはなく、何も裁かれずに終わるものである。
こうしたゴタゴタ、ドンチャン騒ぎの間、宇八はにこにこしながら、だが自分からはあまり喋らずに、淡々と酒を飲んでいる。これはあくまで上川一族の集まりであり、その血を受け継いだ者が宴会の中心であるべきとわきまえているからだろうか。それとも口を開くと先述した昨今の政治、世相への憤りが噴き出すからだろうか。いずれにしてもこの男がいつもこうであれば、我々も安心できるのであるが。
ところが、おとなしくしていたのもつかの間、童のヘタなギターに合わせて従兄姉同士が古びたフォークソングやらなんやらを歌っているのを聴きながら、彼の目は妙な光を宿し始めていた。それはちょっと書くのを憚れるほどすっとんきょうなアイディアであり、二年前にルーカス神父からシュッツの作品の一節を教えてもらって以来、彼の脳みその中で次第に発酵してきた着想がここのところの怒りを触媒にして、今日の義父の法事で一つの結論を得たといったところであった。
稔はタンバリンを持ち出してきた。どうもこの上川家には子どもが欲しがるものを安易に与えてしまう悪癖があって、子どもたちはいろんなものを持っていた。攻治は口笛で歌に合わせる。晃がトランペットで合いの手を入れようとするが、音を外してしまう。保伸はお箸で茶碗を叩いている。宇八は頷きながら耳を傾けている。……
「脳みその中で次第に発酵してきた着想」、すごく面白い表現で気に入りました。