夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

ジャパン・レクイエム:Requiem Japonica(35)

2005-09-24 | tale

 秋の鳥海菫の結婚式にも同じようなことが繰り返されるものと思っていたら、好事魔多しというか、再び三姉妹間で紛争が勃発してしまった。前年2月の中国のヴェトナムへの『懲罰』という名の侵攻、同じく9月のイラン・イラク戦争、12月のソ連のアフガニスタンへの侵攻等々、この頃世界各地で起こった軍事紛争が彼女たちに影響したとは考えにくいが、直接のきっかけに絞って挙げてみれば輪子の不用意な発言だったということになるだろう。月子らの社会人と付き合うようになって言うことが急におとなっぽくなった輪子が、6月頃に電話で叔母の光子に何か冗談半分の余計なことを光子に言ったらしい。その時は、笑って聞き流した光子が夫に言うと、そういう言い方はないんじゃないかと問題にし、義姉さんもどんな躾を……それより義兄さんがあんなふうだから娘もと拡大させる。すると、光子は光子で姪の分際で最近あの子、口ばっかり達者になってと問題の深刻化を企図する。きっかけの一言は、いつの間にか歪曲され大げさなものになって形容詞が増えていくものだが、これを達子に伝える。達子も輪子の最近の物言いには心当たりがあるものだから、火薬庫にマッチを放り込んだようになってしまう。……

 今度は達子、光子の連合軍対栄子という戦いの構図になってしまった。戦い、紛争といっても2、3回激しい電話での応酬の後は、またもや絶交するだけなので世界各国、特に軍事大国に見習ってほしいくらい平和なものではあるが。しかし、この紛争、実は光子は弱みを抱えていた。菫の結婚式である。こちらが呼ぶ方なので、絶交しているなら招待しなければいいようなものだが、そんな親戚の間にしこりが残るようなことをしていいのか。では、招待すればよさそうなものだが、それで欠席に丸を付けたハガキが返って来たらどうする? 面目丸つぶれである。困った、秋までには仲直りをしないとまずい。だが、悪いのは輪子、栄子、あの家ではないか。しかも何の反省もない言い方までしていると光子は思う。前の形見分けの時も結局、自分だけが損をしたような気がする。なんで末娘って損ばかりするんだろう。服はお下がりばかり、穴だらけの靴下を履かされて恥ずかしかった。お姉ちゃんたちは、お母さんとひそひそおとなの話をして、あたしを除け者にした。特に(今は特にそう思いたいのだが)大きいお姉ちゃんはひどい(もちろん栄子のことである)。何でも知ってるようなふりをしてあたしを馬鹿にして、勉強を教えてくれたと思ったら嘘ばっかり。馬耳豆腐だとか以心電信だとか、学校で大笑いされてしまった。あたしのことをなんでもわかってくれたのは、和次ちゃんだけだ。かわいそうにあんな空襲さえなかったら。本当に頭が良くて、やさしくて、双子の妹のあたしのことをなんでもわかってくれた。あんなひどいケガをしてたのに、お父さんごめんなさい、光ちゃんいいお嫁さんになんなよってそればかり繰り返して死んでしまった。お父さんが泣くところなんて後にも先にも見たことなんてない。「もうちょっと早く連れて来れば」だなんて、あのやぶ医者め。薬も腕もないのを人のせいにして。……え? 何? なんでタオルにまでアイロンを掛けてるのだって? うるさいわねえ、菫、誰のせいで苦労してると思ってんのよ。

 だが、栄子は栄子で気を揉んでいた。姪っ子の中でいちばんかわいがっている菫の結婚式なのだ。あの子の考えていることはよくわかる。だってあたしそっくりだもの。あの子は身体も弱いし、あんな事件もあったりして、色々苦労している。何より気が強そうな見かけによらず(そう、光子だってわからないかも知れないけれど)、神経が細やかで、臆病なのだ。その娘が結婚する。相手の人は、やさしくて背が高くて……そう、色々聞いたけれど、人生においては大した問題ではない。幸せになってほしいけれど、その方法は自分で見つけるしかない。あたしもなぜこの人と一緒になったのか、もう忘れてしまったような気がする。それほど実際に歩いた道は違っていた。後悔とかそういうのとは違うけれど、あたしにはあの人がわからない。もっとふつうの人ならって思う。そんなこと言いやしないけど、あたしはあんたさえいれば何も要らないのに。……ああ、そうだ結婚式だ。妹から折れてくるのがふつうなのに。あの子はいつもそうだ。わがままばかり言って、結局いちばんいいところを取ってしまう。三人姉妹のいちばん上って老けるのが早いんじゃないかしら。そう言えば最近どうも調子が悪いような気がする。だめだめ、まだ輪子は高校生だ、まだ10年は死ねない。あの人だって、あたしがいないとどうにもロープが切れたアドバルーンみたいになってしまう。……いくらなんでも招待しないってことはないでしょうね。そんなことしたら、親戚じゃなくなっちゃうわよ。達子もこんな時、ちょっと気を利かせて仲直りの段取りでもつけられないのかしら。あそこは夫婦そろって、ぽけーとしてて役に立たないんだから。あたしたちのケンカでもどっちかにくっついてるだけなのよね。自分のところの二人は片付けちゃったから平気なんだわ。……何よこれ。光子が今困ってて、次は輪子の時にあたしが困るわけ? なんか光子に教えてやりたいわね。……え? 何? 洗濯物畳みながらぶつぶつ言うと気持ち悪いって? うるさいわねえ、元々あんたが蒔いた種じゃないのさ。

 この三姉妹の第2次紛争を我々の主人公がどう見ていたかと言うと、アホくさいの一言であった。輪子の言い草が気に食わなければ叱ればいい。言い返されるに決まっているが、それに反論できないから内攻しただけのことだろう。つまり輪子より頭の回転が遅いだけのことだ。若い連中より回転が遅いのは、年だからあきらめるしかない。結婚式? 呼ばれれば行く、呼ばれなければ行かない。自分が新郎新婦でもないのにやきもきする奴の気が知れない。たとえ親が急病で欠席したって式は滞りなく挙げられる。親はなくとも子は嫁ぐ。それだけのことだ。みんなに祝ってもらってなんてふやけたことを考えているから、よけいなことばかり考えて、神経が苛立つんだ。


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