大学時代の恩師、山内一郎先生が理事長を退かれ、関西学院での半世紀にわたるお働きに区切りをつけられたことを記念して、先生への献呈論文集を編集・発行しました。11月14日に出たばかりです。
『キリスト教の教師 聖書と現場から:山内一郎先生献呈論文集』辻 学・嶺重淑・大宮有博編著、
新教出版社、2008年。
英語に訳しにくいドイツ語単語の一つにFestschriftというものがあります。日本語で言えば献呈論文集ですが、英語では、ドイツ語をそのまま使っている場合がよく見られます。英語ならEssays in honour of 誰某ってことになるのでしょうが、先生の何かの記念に(退職とか、区切りのいい年齢の誕生日、日本で言えば古希とか喜寿とか)出すという意味合いが(だからFEST-Schriftなわけで)英語だとうまく出ません。日本語でも、本当なら「記念論文集」とでも言うほうが正確でしょう。
他の分野のことはよく知りませんが、キリスト教神学の世界では(でも?)このFestschriftがよく出されます。このブログでも、
Ulrich Luz 教授献呈論文集について書いたことがありました。教授の70歳、80歳といった誕生日を記念して、教え子や元同僚がFestschirftを編纂するという慣習は、ドイツを中心に今でも生きています。
日本でもこれに倣ってFestschriftが出された例はいくつかあります。新約聖書学の分野では、次のようなものがありました。
『新約聖書と解釈:松木治三郎先生傘寿記念献呈論集』松永晋一他編、新教出版社、1986年。
『聖書の思想とその展開 : 荒井献先生還暦・退職記念献呈論文集』佐藤研編、教文館、1991年。
今回我々が出版した献呈論文集がひと味違うのは、「キリスト教の教師」という統一テーマを掲げ、そのテーマに沿って12人の執筆者が原稿を書いたことです。ですから、キリスト教における教師問題という、現在の日本キリスト教界で熱い議論を呼んでいる主題に、様々な角度から取り組んだ論集としても読んでいただけると思います。
(目次から)
詩編とトーラー(水野隆一)
旧約における「頭に手を置く」ことをめぐる考察(渡邊さゆり)
マタイによる福音書一三章五二節の釈義に関する一考察(澤村雅史)
イエスと律法学者(嶺重淑)
ルカ文書における使徒によるイエスの教師的働きの継承(大宮有博)
新しい教師像を求めて(宮岡信行)
ヘブライ書における同行者としての教師(ダヴィッド・ヴィダー)
新約聖書における按手の意味(辻 学)
初期教会における教師像の揺らぎ(小林昭博)
現場から考える現代の牧師(有澤慎一)
イエスの「神の国」の福音(石黒義信)
人としての牧師(榎本てる子)
「教師」イエスの原像(山内一郎)
献呈論文集としては異例なのですが、献呈される山内先生ご自身も論考を寄せて下さっています。このユニークな(編者としては自画自賛ですが)論文集が広く読まれることを願いつつ、ちょっとばかり宣伝させていただきました。税込み3990円。お近くのキリスト教書店またはネット経由でお求めを。