十一月初めの、ある日の放課後。その日の掃除当番だった浩人は、箒を持って教室の床を掃いていた。するとしばらくして、その箒を浩人の手から奪い取った女子がいた。牛場陽子(うしばようこ)である。牛場は同じクラスの女子といるより、隣のクラス、一組の中臣道子(なかとみみちこ)と特によく一緒にいた。中臣は、浩人の家のすぐ近くにある魚屋の娘で、いまでこそ浩人と言葉を交わすこともなくなったが、幼い頃一緒に遊んでいる写真が、浩人のアルバムにはある。実はひと月ほど前にも、中臣は浩人に学生服を借りていた。体育祭で応援団に駆り出された中臣は、扮装として着る、男物の学生服の調達に困ったあげく、近所のよしみを頼って、自分の母親から浩人の母親を通じて、浩人の古い学生服を借りたという経緯もある。その中臣の親友が牛場である。
どうやらその牛場は、箒の使い方が下手な浩人を見るに見兼ねていたらしい。浩人に近寄ってきていきなり「貸してください」と言って箒を自分の物にした。何か怒っているのだろうか?、とも思った浩人であったが、牛場の表情は、そのようには見えなかった。彼女は慣れた手つきでサササッと床を掃くと「お願いします」と言って、掃除の為に一旦教室の後方に引き下げられた机のひとつを、元の位置に運んでくれるよう、浩人に促した。まるで「箒を持つのは私の仕事、机を持つのはあなたの仕事」とでも言われてこき使われているような気もしたが、また「お願いします」「ハイッ」「お願いします」「ホイッ」と続けていると、牛場も楽しそうに見えたし、何となく、浩人も楽しい気分になった。少なくとも、男同士で向かい合って弁当を食うことよりもよほど楽しかった。が、残念ながら牛場の真意は、浩人にはその後も判らなかった。
(続く)
どうやらその牛場は、箒の使い方が下手な浩人を見るに見兼ねていたらしい。浩人に近寄ってきていきなり「貸してください」と言って箒を自分の物にした。何か怒っているのだろうか?、とも思った浩人であったが、牛場の表情は、そのようには見えなかった。彼女は慣れた手つきでサササッと床を掃くと「お願いします」と言って、掃除の為に一旦教室の後方に引き下げられた机のひとつを、元の位置に運んでくれるよう、浩人に促した。まるで「箒を持つのは私の仕事、机を持つのはあなたの仕事」とでも言われてこき使われているような気もしたが、また「お願いします」「ハイッ」「お願いします」「ホイッ」と続けていると、牛場も楽しそうに見えたし、何となく、浩人も楽しい気分になった。少なくとも、男同士で向かい合って弁当を食うことよりもよほど楽しかった。が、残念ながら牛場の真意は、浩人にはその後も判らなかった。
(続く)