由紀草一の一読三陳

学而思(学んで、そして思う)の実践をめざすブログです。主に本を読んで考えたことを不定期に書いていきます。

教育的に正しいお伽噺集 第九回

2018年08月12日 | 創作

Tourandot, the Metlopolitan Opera, 2017 Dec. - 2018 Jan.

13 謎かけ姫
は昔、世界のいろんな場所にいました。姫との結婚を望む男は、向こうが出す謎を解かなければならないのです。解けなかった場合には、一番極端な場合は死刑とか、非常に過酷な罰が科せられます。それでも姫との結婚を望む男がたくさん来るんですから、この姫はあらゆる男を惹きつけずにはおかないほどの、圧倒的な美貌の持ち主であったことは言うまでもありません。
 このお話に出てくる謎かけ姫のお婿さん候補は、三つの謎に答えなければなりません。答えられなかったり、答えをまちがってしまった場合には、どんなに高貴な身分であっても、どんなにお金持ちであっても、全財産を取り上げられたうえで、奴隷にされてしまうのです。
 普通の男なら、そんな危ない橋は渡らず、自分にふさわしい普通の女と結婚しようとするものです。しかし、冒険好きな男はどこにでもいます。というか、いなかったら文字通りお話にならないので、登場してもらうことにしましょう。
 謎かけ問答の最中、男は姫をなるべく見ないようにこころがけました。まともに見ると、彼女の美しさにボーッとなってしまって、ちゃんと頭が働かなくなるおそれがあったからです。姫のほうでは、そんなことには頓着しないようでした。
「では、第一問。お前がある村へ行ったら、最初に会った村人に、『この村の奴らはみんな嘘つきだ』と言われた。お前はどうする?」
 男はすぐに答えることができました。
「『嘘つきはお前だろ。そうでなかったら、同じ村の人間を、嘘つきだなんて言うはずはない』と言ってやります」
 姫は笑いました。玉を転がすような、という音は実際は聞いたことがないのでわかりませんが、ともかく、心地よい響きが男の耳に届いたのです。
「よい。それで正解ということにしよう。ほんの小手調べのようなものだから。
 第二問。お前は死んで、あの世への道を歩んでいる。すると、分かれ道へ来た。一方は天国、もう一方は地獄へ通じる道だ。お前は当然、天国へ行きたい。正しい道を選ばなければならないが、それは見ただけではわからない。道案内は、と思うと、分岐点に三人の者が立っている。見かけは全員人間だが、本当は一人だけで、あとの二人は天使と悪魔だ。
 天使はあらゆる質問に対して、いつも本当のことを答える。悪魔は逆に、必ず嘘をつく。人間は、知っての通り、あてにならない。正しく答える時もあれば、嘘をつくこともある。そして彼ら自身は、正しい道だけではなく、誰が天使か、悪魔か、人間かも知っている。ここまでが前提だ。
 問題はこうだ。三人の正体も、天国へ行く正しい道も、見分けがつかないまま、次の条件で、正しい道を見つけるにはどうすればいいか。
『三人の中の二人に質問できる。質問回数は一人につき一回、合計二回。そして、〈はい)か〈いいえ〉で答えられるような質問でなければならない』
 以上だ。お前はどう訊けばよいのだろう」
 男は黙って考え込みました。似たような問題なら、以前に聞いたことがあります。今回のは、それを複雑にしたもののようです。ポイントはもちろん、答えが本当か嘘かわからない、人間、でしょう。
「紙に書いて、考えてもよろしいでしょうか?」
と男が尋ねると、姫は鷹揚に頷いて、
「いいわ。ただし制限時間は十分よ」
 それから男はすっぽりと、自分の中へ入り込んだようでした。時々紙に何かを書いては、消し、一つ一つ、いろんな可能性を試しては、つぶしていっているようでした。やがて姫が焦れたように、
「もう時間よ。答えは出たの?」
と訊くと、直ちに返事がありました。
「ユリイカ」
「なんだって?」
「いえ、失礼。答えが出ましたのです」
「聴こう」
「わかりやすく言うために、三者を、A・B・Cとします。
 まず、一問目。Bを指さして、Aに、
『〈これは人間ですか?〉と尋ねたら、あなたは〈はい〉と答えますか?』
と尋ねます。答えが〈はい〉ならCに、〈いいえ〉の場合はBに、道の一方を指さして、こう尋ねるのです。
『〈この道で天国へ行けますか?〉と尋ねたら、あなたは〈はい〉と答えますか?』
 答えが〈はい〉ならその道を、〈いいえ〉ならもう一方の道をたどれば、天国へ行けます」
 どうやら姫は不機嫌になったようです。部屋が少し暗くなった感じがしましたから。そして、硬い声がこう言いました。
「どうしてそうなるのか、説明してごらん」
「道案内が天使と悪魔の二人だけだったら、簡単です。どちらかの道を指さして、
『この道で天国へ行けますか?』 
と訊くと、それが実際に天国へ行く道なら、〈はい〉と天使は答え、悪魔は〈いいえ〉と答えるわけです。
 そこで訊き方を二重にして、
『〈この道で天国へ行けますか?〉と尋ねたら、あなたは〈はい〉と答えますか?』
とすれば、悪魔は、それが実際に天国へ行く道なら、〈はい)と答えるしかありません。そうじゃないと、嘘をついたことにならないからです。天使の場合は、いつも本当のことを言うので、どちらも〈はい)です。一方、私が地獄行きの道を指してこう尋ねたとしたら、答えはどちらも(いいえ〉。こうして私は、結果としていつも正しい答えを得ることができるわけです。
 ですから今回の問題のポイントは、人間に道を尋ねてしまうのを避ける方法を、見つけるところにあるんです。
『〈これは人間ですか?〉と尋ねたら、あなたは〈はい〉と答えますか?』
の訊き方なら、Aが天使か悪魔だった場合、私は正しい答えが得られます」
「Aが人間だったら?」
と、つりこまれるように姫が言いました。その一瞬後には、釣り込まれたことを後悔したようでした。部屋がますます暗くなりましたから。
「その場合は、〈はい〉も〈いいえ〉もあてになりませんね。それでも意味はあるのです。答えがあてにならないのは、つまりAが人間だということで、つまりBとCは人間ではないことになります。それなら、どっちに訊いても、さっきのやり方で、正しい答えは得られます。もっと説明しますか?」
「もうよい」
 姫は小さく舌打ちをしたようでした。
「つまり、つまり、と繰り返されるたびにつまらなくなるようだわ。では最後の質問よ。人間はどうして時々嘘をつくの?」
「ああ、それは」
と、男はすぐに答えました。
「人間は言葉を使うからです」
「天使と悪魔も使うようだけど?」
「〈はい〉と〈いいえ〉のことですか? それがいつも正しいとか、いつも間違いなんだとしたら、言葉ではありません。事実に貼り付けられた符号のようなものです。人間には使えません。貼り付ける前に、〈事実〉には行き着けないからです」
 男はこれでいいかどうか、しばらく姫の反応を待ちましたが、何もないので、言葉を重ねました。
「人間が知ることができるのは、〈事実〉ではなく、それについての〈言葉〉なのです。〈事実〉を見たとしても、〈言葉〉にできないとしたら、〈知っている〉ことにはなりません。そして〈言葉〉は〈事実〉そのものからは必ずズレます。言葉同士もまた、ズレます。ズレがあんまり激しいと、多くの人に感じられたときには、その言葉は〈嘘〉と呼ばれます」
 また向こうの様子を感じ取ろうとしましたが、何も伝わってきません。しかたなく、
「例えば、『この村の奴らはみんな嘘つきだ』と言った村人には、そう言いたくなる体験したのでしょう。しかし村人の多くの側からしたら、それは〈事実〉ではないでしょう。ですから……」
「もうよい」
 ここで姫がやっと、苛立たし気に言いました。
「ベラベラよく喋るけど、お前のその言葉も、正しいかどうかはわからないのよね」
「嘘、というほどズレてはいないと思いますが」
 姫はため息をつきました。
「では、どうしたらいいかしらね。私は生憎、自分がした約束を覚えている。〈嘘つき〉と、他人から言われるのはまだ我慢できても、自分で自分を〈嘘つき〉とは思いたくない。一方私は、お前とは結婚したくない。これも今の私にとって、嘘ではない」
「それは第四問ですか? そしたら、ルール違反になりますね。でも、いいです。美しいあなたのために、ついでにもう一つ、ルールを変えましょう」
「と、言うと?」
「私のほうから、あなたに謎を出します。それにあなたが答えられたら、あなたの勝ちです、私は奴隷になりましょう。答えられなかったら。あなたの負けです。いやでしょうけど、私の妻になってください」
 また少しの沈黙の後、こう言われました。
「言ってみて」
「私は誰でしょう?」
 今度は確かに、何かが動いたようです。男は姫の顔をちらりと見ないわけにはいかなくなりました。すると、姫は笑っていたのです。
 男の胸は凍りつきそうになりました。ひどく邪悪で醜いものが、そこに姿を現したようでしたから。
 しかしそれは一瞬で、すぐに、世にも愛らしい顔がもどり、しかもそれは朝日のように晴れやかに輝きました。
「お前もルール違反をしたね。自分でも答えのわからない質問をするとは。
 いや、もう何も言わなくてよい。お前の勝ちということにしてやろう。私と結婚して、ずっと考え続けるがいい。『私の妻はいったい誰なんだろう』と。その答えが出たときには、お前のさっきの質問『私は誰でしょう』にも答えが見つかる時だ。そうなるかどうか、また賭をしたいところだが、やめておこう。お前の見つけた答えが〈正しい〉のかどうか、知る手段はないのだから」
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