今日のタイトルは、
しばしば日本人に誤解されるので、
分かっている人も、多いと思うが、
「念のため」という感じで、書いてみた。
まず利己主義は、わかりやすい。
「他人は、どうでもいい。
自分さえ、利せればいい」という考え方だ。
しかし、個人主義は、違う。
個人主義は、
「個なるもの、すべてを尊重する」
という考えなので、
「自分も、他人も、尊重する」ということだ。
それは結構!・・・と皆、賛成するが、
ただし、注意して欲しいのは、
「個性的な生き方を尊重する」のであって、
「集団的な生き方を、まとめて尊重する」わけではない。
例を上げると、分かりやすいだろう。
10人で、レストランで、会議をすることになった。
幹事が予約を入れた。
どんな食事にするか?
レストラン側とすれば、同じ料理にした方が、
作る手間が省ける。
その分、サービスもできる。
また幹事も、同じ料理を予約した方が、皆一斉に食事ができ、
会議も捗るだろう。
しかし、個人側からすれば、
自分の好きな料理を食べたいし、
うまい料理を食べた方が、楽しいし、いい考えも浮かぶだろう。
前者は、「集団主義」、また悪い意味で「全体主義」などと呼ぶ。
そして後者が「個人主義」だ。
個人主義だと、一見面倒なように思うが、
幹事の仕事が少なくて済む。
また会計も、それぞれが自分の料理の分を払えばいいんだから、幹事の手間が省ける。
しかし、いいことばかりではない。
隣の人が、3000円のカツカレーを注文したとき、
自分が400円のビーフカレーだと、貧乏臭く思われる。
また、隣の人が、うらやましく思える。
しかし、さらに深く考えると、
400円のカレーライスを食べた人は、
その悔しさをバネに、
俺、頑張ろう!・・・と思うこともできる。
また自分に合った、楽しい趣味を探すことだって、できる。
・・・というわけで、個人主義にも、いい点と悪い点がある。
昨日2013年4月8日、
イギリスの元首相マーガレット・サッチャーが脳卒中で亡くなった。
87歳だから、大往生だろう。
しかし晩年はアルツハイマーになり、
自分が、首相だった頃の出来事も、かなり忘れたらしい。
首相時代、彼女は「民間活力」を重視し、「小さな政府」を目指した。
その結果、多くの公共事業を、民営化した。
その思想的バックボーンとしては、
ハイエクやフリードマンなどの新自由主義経済であり、
この思想を実行に移したわけだ。
これらの政策は、政府の市場介入をできるだけ小さくするものだ。
典型的な「個人主義」的なものと言えよう。
彼女の名言に「社会など存在しない。個人と家庭だけが存在する」がある。
まさに個人主義思想を示すものだ。
この「新自由主義経済」は、アメリカのレーガン大統領、
日本の中曽根、小泉首相両内閣でも、実行に移された。
しかも、以上の4つの政権は、いずれも非常に長期間続いた。
長期政権ということは、個人主義は、基本的に、神様の恩寵があるということだろう。
ただし、個人主義ばかりを徹底しても、社会の中に、不平等感や失業が起こる。
それで、サッチャー後の、労働党政権でトニー・ブレア首相は、その歪みを正した。
つまり集団主義にも、神様の恩寵は、少なからずある。
だから不完全ながら、ソビエトや中国などの共産主義国家が誕生した。
実は、フラクタル関係空間理論も個人主義を、正当化する理論だ。
正確に言えば、個人主義と集団主義の関係を、
理論的に最もきちんと説明できる唯一の理論だ。
だから集団主義の正しさも、きちんと説明でき、安心できるわけだ。
ところで・・・
世界史の流れを全体で見ると、君主制や独裁制は、滅びる傾向にある。
間違いなく、個人主義への道を進んでいると言っていいだろう。
だから北朝鮮の独裁政治が滅びるのも、時間の問題だろう。
それにしても、北朝鮮の正式国名が、朝鮮「民主主義」人民共和国とは、
笑うまいと思っても、やっぱり笑ってしまうよな。
でも、今の日本だって、100年後の日本人から見れば、
「あいつら、遅れていたな」と言われるんだろうな・・・
お互い様かもしれない。
最後に、サッチャーさんらしい名言?を、二つ載せる。
「私はコンセンサスを、それほど重要視しない。あれは時間の浪費の原因のようなものです」
「言ってほしいことがあれば、男に頼みなさい。やってほしいことがあれば、女に頼みなさい」
2007年2月21日、英国国会議事堂内に、サッチャーの銅像が建立された。
在世中の元首相では、初めてのことだった。