おはようございます。2024年1月9日(火)小雨
昨夕から、足が痛い。筋肉痛。1月2日以来、昨日6日ぶりに歩いたからだろう。ということで、今日は在宅とする。書くべき事が山積みしている。
能登半島に雪が降っているという。冬だからそうだろう。私も冬の能登半島に行ったことがある。河北潟。金沢市に近い。冬の野鳥観察。しかし今の能登半島(特に奥能登)は断続的に揺れている。建物が崩壊し、気持ちも著しくダウンしているだろう。そこに寒さがきているのだから、堪えていないはずがない。防寒着も暖房器具も足りていないだろう。湯たんぽや身体を温める小道具が重要だ。また人と人の団欒が大切だ。しかし現実は、ないない尽くしではないのだろうか。
ボランティアの派遣も進んでいないようだ。否、石川県当局などが止めている。この地震対応ボランティアは、1995年1月に起きた阪神淡路大震災で、俄然活躍し、大注目されたものだ。このときも神戸市に入ったボランティアと淡路島に入ったのでは、かなりの格差があったのではないだろうか。神戸市ならばあちこちから入れるルートはあるが、淡路島は陸の孤島になっていただろう。まだ明石海峡大橋はできていなかった(1998年完成)。徳島県側の大鳴門橋があったほかは、船だった。神戸側の港も被災していたし、淡路島への交通事情は最悪だったに違いない。
今回の能登半島は南北に長く東西に短い。山道であり、土砂の崩壊地も多く、かなり交通止めになっている。大渋滞が起きていると報道されている。こういうときにどうしたら最大限の交通を確保できるのか。ルートは陸路・海路・空路がある。海路は接岸できる状態か、荷さばき場の面積は、陸路とのアクセスが問題になる。空路は能登空港が機能停止しているが、ヘリならば稼働できる。ヘリが離着陸できる場所はあちこちにあるはずだ。こちらも陸路とのアクセスが問題になる。面倒ではあるが、こうした陸海空を繋いだ輸送体制を作ることが重要だろう。
こうした準備ができていれば、もっと速やかに展開できたはずだ。しかしヘリがない。石川県を初め近隣に、防災ヘリ、県警ヘリ、消防ヘリ、海保のヘリは、どれだけあるのか。そして自衛隊のヘリ。相互の協力態勢と、各機関を超えた総括できる部署がなければ、十全な対応はできないだろう。近隣になければ、他からも出動願う。防災ボランティアも運べるはずだ。
石川県に於いても、広域防災訓練はやられていたはずだが、住民目線にたった普段からの態勢ができていなかったのだろう。こうした繋がりができていなかったとすれば、今からでも総括部署(県、市町村、国の各機関をまたぐ)を作り、機能させていくことが重要だろう。
私が何を言っても始まらないだろうが、私たちひとり一人が認識しておくことは重要だ。島嶼県である沖縄県もこうした事情から総括すべき事があるはずだ。自衛隊が居れば、十分なのではないはずだ。その自衛隊が戦闘部隊に大きく衣替えしていることをみても、このままでは危険が一杯だ。
今回の能登半島周辺における被災を教訓化していくべきことは、たくさんあるはずだ。支援のみではないはずだ。将来に備えるためにも沖縄県は、可能なことをやるべきだ。こうしたことは他人事ではないのだ。