おはようございます。2024年9月15日(日)曇
結局、台風の影響を何も感じないままに、台風13号は過ぎ去ったようだ。まずは良かったが、拍子抜け(実はたいしたことあるまいとタカをくくっていた)。予定は未定だった案件は、場所と形を変えてやるという。そちらに行くことにした。
今週の私は18日~23日中国地方にでかけてくる。もっとも沖縄の背後(南)に熱帯低気圧が2つあり、やや心配。今回の遠征は交流集会というか大きめの会議。これに私が現地取材を加えていくが、私の定番コースなので、特にドキドキ感なし。なので、事前に沖縄と岩国を繋いでおこう。呉は大規模な基地が増設される動きであり、大注目すべき。問題は、もはや沖縄と九州だけに留まらないのだ。
私が沖縄に居を移したとき(2013年)、「もう私は東方は岩国と呉までしか行かない」と無理矢理決めたのだが、その後の軍拡状況は、この決めを破棄しなければならなくなった。地理的な区分は無効化しているのだ。この日本という国が米国の属国である限り、米国の意思が優先されていく。日本の主権は、どこにいったのか?
どうせ政治なんてと嘆いても始まらないのだ。米国主導の米日関係を問わない限り、謎に包まれてしまう。ここを大胆に突き破る論理と行動なしに、この国の未来は暗い。「私はどこに居るの?」としか思えない。私たちが絶望から一歩前に出るためには、ふわふわした「私はどこにいるの?」から、足下を固めていくことだ。自分なりの基準を確かめながら、モノを見る。属国だという意識を弁えながら、どうしてこうなってきたかを紐解くしかない。足下が大きく歪んでいるのだから、どうにも、見えにくい。
軍事はわかりにくいと私は言ってきたが、実は相対わかりやすいのかもしれない。米日の軍事・政治関係がこの国の歪みを第一義的に作ってきたからだ。ここが分からずに、何がわかるのか、なのだろう。と言うことは、日常生活と軍事の論理を今現在の平時の論理の中で考えておくことが、ひとまず大切なのだろう。こうした考えは飛躍しすぎだろうか? 属国ぶりを支えてきたのは、私たちもだったのだ。
私たちがなすべきことは、侵略への反省と、この属国であることのポワワンをあぶり出すことだろう。こうした努力抜きに、前を見ることは無理ではないか。
三重県での大規模写真展から3週間経って、ようやく身体・心・頭が正常に機能してきたようだ。やれやれ。