2022年9月19日(月/祝)晴れ
今日の私はただ嘉手納基地を見るために来たのではない。2021年10月25日以降の変化を見に来た。
【拡散願います】「何故?」という問いかけをもって歩きたい(20211025-②) - ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び
沖縄自動車道の沖縄北インターでバスを降りた。南に向かい、右折。沖縄自動車道を潜る。左側はキャンプ・シールズだ。
左手:キャンプシールズ。11:24
ここらは空軍管理区域だろう。主に住宅地。沖縄県基地対策課発行の「沖縄の米軍基地」によれば、管理部隊は在沖米海軍艦隊活動司令部、第18航空団第18任務支援群。使用部隊は海軍機動建設大隊。
11:26 ドローン規制の看板。住宅地区にと思ったが、海軍機動建設大隊がいるからか。
11:43 米国空軍施設だそうです。フェンスで読みにくいのですが。「警告」しているぞとわかればいいのか。
この奥が東南植物楽園。私はここを通過(左へ)。11:54
Y字路を左に(南西)。
「警告」「不法投棄厳禁」。ものものしいな。12:10
わかりますけど。しかしこの道の両側は嘉手納弾薬庫地区。
文化財調査の標識。左手。2023年3月31日まで。発注者は沖縄県立埋蔵文化財センター。沖縄県が国の下請けか。文化財調査は開発のひとつの手続きだから。12:10
右手側(北西側)嘉手納弾薬庫地区は封鎖されている。奥の看板はここは嘉手納弾薬庫地区。黙認耕作地を明け渡せ。12:16
12:18 去年来たときはまだこれらのドア開いていた。
左手。業者が動いている。働き者か。働かされている。沖縄防衛局・米軍に。12:42
今日は祝日だぞ。
右側。2023年1月31日まで。発注者は沖縄防衛局。何故違うのだろう。
封鎖されている。右側。12:48
右側、封鎖。12:49 猫の抗議が耕作者の気持ちを表している。
黙認耕作者は何人いたのだろうか? 嘉手納弾薬庫地区の土地の所有者は沖縄市だけで3489人もいる(「沖縄の米軍基地」)。
ここはどうみてもうたき。民間信仰の土地だろう。1945年米軍の占領から沖縄の住民から没收されたのだ。途中から「契約」(地代の支払い)と言う形をとっているが、それは占領(没收)から始まった。12:50
民法上の「契約」でないのだ。
抵抗の意思は残されている。右側。12:57
ダンプが出てきた。北に向かう。13:00
左側。現場はあそこだ。13:00
13:02 出てきた。こっちにくる。
右側 「ご迷惑をおかけします」確かにそうだろ。追い出したのだから。発注:沖縄防衛局
13:04
振りかえる。13:06
「不法投棄」への「警告」は、さっさと農機具などの資材等片付けろということだ。置いていく=不法投棄。
フェンスに区切られた区域を過ぎたらこれだ。
右側。土砂を崩している。今日は作業をやっていない。13:10
やっと開放的な場所に出た。基地の中だが、
13:21 この奥は基地。だが入れるかも?
13:19 不法投棄禁止。沖縄防衛局。ここに沖縄県中部保健所環境保全班がかまされている。
「廃棄物の処理および清掃に関する法律」によるのだろうが、詳しく調べたい。
こうあります。「耕作禁止」とかいわずに「立ち入り制限」と「穏便」な排除。キャンプ・キンザーがくるんでしょ。13:21
2013年の「再編統合計画」にあります。日本国防衛省・沖縄防衛局は沖縄のどこでもきちんと説明していない。
13:21 この奥は米軍のリクレーション施設。日中のみ。
県道74号線に出る。
まだ嘉手納道の駅まであと2km。
ここにきたら不法投棄はいっぱいある。「警告」がはられていない。何故か? 14:02
不法投棄が問題ではないからだ。あちらは「耕作者」の排除が目的だからだ。
そうだよな、米軍は施設・区域を日本政府に返還する際、何もしないでオーケーだから。不法投棄しまくりででていく。北部訓練場の返還をみよ(2016年12月)。日米地位協定がなせる技だ。沖縄の住民には排除・「警告」、米軍には「どうぞお好きなように」。明確に2重基準だ。