ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き続け35年、気ままに綴ります。自然観察大好き。琉球諸島を戦場に据える「島嶼防衛」は愚の骨頂。
 

沖縄も寒いです(20230126)

2023年01月26日 | 沖縄暮らし

おはようございます。2023年1月26日(木)。晴れ。

 昨夜は初めて冷暖房の「暖房」をいれた。シャワーを浴びる前に、少しでも部屋を暖めようと考えた。結果は良好だった。コーヒーを飲んでいてもすぐに冷えてきて、ホットコーヒーじゃなくなっている。沖縄の冬は寒いといっても雪や氷は殆どないのに、でも寒い。

 もっとも私は、夜行列車を降り、自販機のコーヒーを買い、うっかり曇ったメガネに一滴落としたら、あっというまに凍り付き、とれなくなり、慌てたことがある。爪を立ててゴリゴリ落とした。東北本線野辺地駅(青森県)でのことだ。時は確か1974年1月だったと思う。あのときはブリザードが吹きまくる人通りが全くない六ヶ所村を歩き、防風棚に感謝したものだ。地元の人に「歩いてきました」と言ったら、呆れられた。 当時の私は雪山を歩いていたから、平気だった。しかし、住民の常識からすれば、非常識な、へんな奴だと思われたようだ。「ファイト!一発!」てなことを随分やっていたのだ。今の私に、その面影は殆どない。だが秘めているものはある。

 1990年代の11月下旬に北八ヶ岳(長野県)に登った。途中どんどん雪が積もり始め、樹林帯の登りはえらかった。幹の側を歩くと潜るのだ。高山帯になり、霧の中、今度は滑る。同行者がいたので、私はよくよく注意しながら歩いた。私が不安を抱いたら、初体験の人はもっと不安になるからね。的確な自信は、安全登山にとって極めて重要だ。翌日は快晴の雪道で、気持ちよかった。

 装備と気持ちの準備は、いつ、どこにいても重要だ。経験を積むことだ。デジタルの仮想現実世界では不可能なことだ。

 一昨日から新聞の切り抜き作業中。溜めてしまって、さぁ大変状態。今日は原稿一本を書く。頑張ります。室内に居れば、暖房器具がなくとも手がかじかむことはない。だから切り抜きも、パソコンの作動も問題ない。手がかじかむようだったら、暖房具を買うしかないだろう。

 それにしても有事だ何だとのニュースばかりだね。頭が暗くなる。日本人は根本からの反省をしていないから、同じ過ちを繰り返す。アジアに侵略した結果の、沖縄戦、各地の大空襲、被爆だったのに、記憶に止めさえしてこなかった。地上戦となった沖縄戦を「皇国」防衛のための時間稼ぎの戦争として持久戦にもちこみ、人々は「自決」を強いられた。虚しい戦争の記憶を呼び覚ませ。

 今の危うさは、ムード的な反中、反韓意識があり、「抑止力」依存症がある。攻撃すれば、攻撃されることをわかっていない。戦争は軍隊同士の戦いのみならず、「国民」が巻き込まれていく。「島嶼防衛」は住民をまきこむことを前提に立てられているのだ。

 ややこしいのは、昔の敵(米国等)と今「同盟」。敗れて、絶対的な権力の座にあった天皇をまもってくれた米国を批判できない国なのだ。道徳も人の道の徳ではない。国家の道からした「徳」に過ぎない。岸田首相はペラペラ頭で「異次元の少子化対策」だという。「産めよ、殖やせよ」とさすがに言えないから、こんな言葉でごまかそうというのだろう。冗談じゃない!

 しなやかに誠実に生きていこう。国家に忠誠を誓う「国民」であれば、私たちは再び殺し殺される。そんな寒い生き方を私はしたくない。これからもしないよう呼びかけていきたい。



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