八尾市市民活動支援ネットワークセンター「つどい」(ブログ)

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「これからの八尾の芸術文化を考えるワークショップ」(第2弾)

2021-10-21 16:54:29 | 取材記録(2021~2024年度)

 こんにちは。

 つどい業務責任者の新福です。

 タイトルの通り、八尾市主催のワークショップが
あり、下記のプログラムで10月16日(土)に開催さ
れました。

 ①趣旨説明「ここまできました!
  プリズムホール大改修と条例づくり」


 ②話題提供「古民家から始まる
  ほんまもんの芸術文化」


 ③ディスカッション「芸術文化で
  実現する八尾のまち」
  (写真がその様子です)


 

  


 

①趣旨説明「ここまできました!
 プリズムホール大改修と条例づくり」


 ・先に、藤野一夫教授から、今回の趣旨や兵庫県
  豊岡市での取り組みを通じた開催趣旨の説明
  がありました。
  「茶吉庵」の場所や役割が、これからの人々が
  集い、意見を聴く場・コミュニケーションの場
  になることを期待されながら、趣旨説明を締め
  くくられました。
 ・上記の趣旨説明は、現在、八尾市芸術振興審議
  会で検討しており、このような場や主体のネッ
  トワークのことを「文化的コモンズ」という名
  称で定義付けされておられます。
  出典:「但馬(たじま)日記-第30回 いま地
  域共同体に必要なこと」


 要点(個人的なまとめです)
 ・多様な価値観がある中で、異なる価値観を異な
  ったままに、新しい共同体をつくる試みが、芸
  術文化を問わず、また市民活動・行政・事業者
  などを問わず、新たなまちづくりとしても求め
  られている。
 ・多様な価値観を持つ方々と新しい共同体をつ
  くる意思を、自治体や地域社会が示して行か
  ないと、これから住もうと携わろうとする
  「新しい住民」「明日への住民」も意識した
  取り組みを行わないと、将来・未来の地域
  社会や自治体は衰退の一途とたどるだろう。
 ・このような「新しい住民」「明日への住民」の
  意見を聴く基盤が必要であり、コミュニケーシ
  ョンの場を整備し、価値観を擦り合せる習慣
  を共同体の中に作っていかなくてはならない。
 ・その場が今回のワークショップであり、
  「茶吉庵」という場所や役割だと思う。

 また、出典の内容については、最後の文末にまと
めましたので、興味のある方はご覧ください。

 藤野教授のお話のあと、川添課長より
「ここまできました!プリズムホール大改修と
条例づくり」についてお話があり、次の話題提
供へと移りました。

      
   この日は、日差しが強く、夏を思わせる暑さ
   でした。
   翌日から急に寒くなり、急激に季節が変わ
   りました。
   定員20名を超える参加になったと主催者
   からお聴きしました。



②話題提供「古民家から始まるほんまもんの
 芸術文化」

 ・「茶吉庵プロジェクト」萩原浩司代表から、
   話をお聴きしました。
 ・ 3年前に「つどい」の業務運営団体が「八尾
   市まちづくり教室」で、立上げ間なしの
  「茶吉庵」をテーマにこの場所でフォーラム
   をさせていただきました。
   粗方内容を存じていますので、特に印象に残
   った内容を記しておきます。

 印象に残ったこと①:茶吉庵の経営理念・
 信条

 ・茶吉庵の決意
  「叡智」と「勇氣」と「情熱」を持って行動する。
  「覚悟」を決め、「感謝」を忘れない。
  茶吉庵を地域のコミュニティとして維持・保
  存・活用していくことに努める

 ・茶吉庵の3信条
  1. 「ほんまもん」や「本気」の人と一緒に取組
     みます。
  1.  集い・憩い・繋がる空間=地域の結び目の
    空間を作ります。
  1.  茶吉庵から世界にアーティストを排出して
    いきます。

 あと、「わたしたち」を、とても大切にされておら
 れます。
 茶吉庵プロジェクトが思う「わたしたち」は「た
 のみ・やってもらう」関係性でもあります。
 
 ①プロジェクトメンバー(10名)
  リノベーションをした時に「出来上がったら、
  こんな楽しいのが出来るね!」とう共通認識
  を深めた仲間達

 ②茶吉庵を借りて取り組んでくれる人
  茶吉庵カルチャー俱楽部の講師や、週に1日
  借りて提供・販売をされる団体・個人など。

 ③来場してもらう方々
 
 
 印象に残ったこと②:萩原さんの経営者の
 一面。

 ・ご本人は謙遜されていると思うのですが、「茶
  吉庵」をリノベーションされるまで、仕事中心
  の生活をなされていたのか、「アート感覚がな
  かった。」と本人がおっしゃったのが、とても
  驚きでした。
 ・でも、アート感覚がなかったからこそ、こだわ
  りなく、ここまで発展したのかもしれません。
  またこだわりがないと言う表現をしましたが、
  前述した「経営理念・信条」でしっかりと
  こだわりを固めたからこそ、「こだわる」「こ
  だわらない」「変えてはいけない」「変えてよ
  い」と言う分別(ふんべつ)がつかれ、運営が
  軌道に乗ったのかもしれません。
 ・さすが、書店経営等をされておられるので、経
  営者の一面を、さりげなく垣間見れた瞬間で
  した。

 印象に残ったこと③:萩原さんのアートへ
 の思い。

 ・あとは、個人の想いが伝わったのは、下記の言
  葉でした(私流の書き方に代わっていたら、ご
  めんなさい)
  「戦後、アートでは生計を立てることができな
   くなった。」
  「そのため、戦後の作家は女性の方が多くな
   った。」
   (近年の女性活躍・女性の社会進出という
    背景ではなく、男性が仕事・女性が家庭
    の認識が強かった戦後の価値観が背景
    にある中での意味合いです)
  「アートでは食べていけない文化になってしま
   った。」
  もう一度、アートで食べていける文化を、この
  茶吉庵から発信・輩出されたい想いが印象に
  残りました。


 印象に残ったこと④:「茶吉寄席」の開催
 のいきさつ


 ・桂福團治師匠が「茶吉寄席」が開催出来たの
  も、三十石船で賑わっている絵を見られ、茶
  吉庵の古民家の件築年数と上方落語の歴史
  の年数が、ほぼ同じ時代であったのをご縁
  に、開催されたお話も奇跡ですね。ご先祖
  さんに感謝ですね。
  多分、三十石船で賑わっていた時代も同じ
  時代だったかもしれませんね。

  ※ 三十石船:近世初期以降、旅客専用の人乗
         せ 三十石船の俗称。この乗合
         船は、京都は伏見、大坂は八
         軒家をそれぞれ始発・終着駅
         とし、昼夜を分たずに就航し
         ていたので、京坂間の旅客に
         愛用されて、数多い淀川水系
         の川船の代表的存在となって
         いた。
    (出典:インターネット「コトバンク」)

 ・あと、「茶吉寄席」の開催に携わっていた小垣
  内(こがいと)さんが、協力していたことも、
  とても嬉しかったです。
  小垣内さんは、ボーイスカウトとして活動を頑
  張っておられ、「つどい」等ともつながりが
  あり、茶吉庵でご活躍されていて嬉しかった
  です。萩原さんと同級生だったことも驚きでし
  た。

   
    落語家の様に、笑いも取ることを意識し
    ながら、お話された萩原さん。

 印象に残ったこと⑤:「茶吉庵」の将来像
 ・「茶吉庵」が将来、芸術文化のひとつの拠点に
   発展していること。
 ・様々な方が「茶吉庵」をご利用いただくことで、
  「茶吉庵」の古民家の修復・リノベーション
  資金として、循環し、100年から300年先まで
  古民家の保存につなげたい。
 ・「活字文化」も文化レベルの向上に大きく影響
  する要素なので、ビブリオバトルなどを開催し
  ながら、活字文化の提供も行っていきたい。



 ③ディスカッション「芸術文化で実現する
  八尾のまち」



 ・ワークショップは、次の4つのグループに分か
  れ、ディスカッションを行いました。
  「芸術文化とふれあう機会のあり方」
  「芸術文化による子どもたちの育み」
  「芸術文化による地域の活性化」
  「芸術文化による八尾の魅力発信」

 ディスカッションの様子は、上の写真や、文頭に
 写真を掲載しているのをご覧くださいませ。

 私は、「芸術文化による子どもたちの育み」
 グループに、オブザーバー参加いたしました。

 印象に残っていることは、「芸術には答えがない
 ので、親がこれだと言わない。」→子どもが大丈
 夫だと思うので、どんどん自由に発想すること
 で、子ども主体性が育まれる点でした。

 先ほどの、趣旨説明で藤野一夫教授からのお話
にあった「多様な価値観を持つ方々と新しい共同
体をつくる」という意味では、芸術文化の分野を
通じて、価値観の違うもの同士が、違うままに共
同体をつくることがしやすい分野なのかと、この
ブログ投稿と振り返りを通じて、私は感じました。

 あと、参加者の中から、「小さな居場所と小さ
な発表会を設けて、小さな満足感を子ども達に提
供したい。」と言うご意見が、素朴で私に中で共
感をしました。そして認識しやすかったです。

 子どもがふらっといける場所がほしいという話
では、参加者全員が同意されました。
 学校の空き教室、図書館カフェ、テーマのない
絵の本広場などなど出て来ました。

 

 


 最後は、各グループ代表者からのグループで話
し合われた内容の発表がありました。

 代表者は、「八尾市芸術文化振興審議会委員」
の皆様です。
 
 プリズムホール・FMちゃおは良く存じています。
高崎さんという方は、大阪市内で活動をされておら
れ、初めて面識を持ちました。あと、大内さんは、
つどい業務運営団体から選出しています。

 大内さんがまとめていた「芸術文化による地域の
活性化」グループから出た意見の中で、「オッサン
データベース」は面白い意見でした。


 最後に、藤野一夫教授から印象に残った点を、
メモした部で下記に示します。
 ・「芸術文化」という言葉が、他の方の参加・
  参画をしにくくしているのではないかという
  意見が出ていた。
  これは、「芸術文化」=「プリズムホール」
  というこれまでの図式が出来上がっている中
  で、エリートのためのハイカルチャー化にな
  っていないか検討していく必要がある。
  (下記の学習用・参考用に触れているポピュ
   リズムに近い考えであったり、「新しい住
   民」「明日への住民」が参画出来ることも
   考えないといけないと言う意味だと思う。)

 ・「非認知能力」が話題に出ていたグループが
  あった。非認知能力とアートはとても深い関
  係だと考えている。 
  非認知能力が高い人は、認知能力も高い。
  教育の貧困連鎖が社会問題になっている、貧
  困家庭が教育を受ける機会を無くしている点
  では、公教育で教育を受ける機会の再生産が
  必要だと思う。
  ※「非認知能力」:目標に向かってがんばる
           力、気持ちをコントロー
           ルする力、他の人と関わ
           る力など、「未来に向か
           う力」と言われ、自分や
           まわりの人たちと、折り
           合いをつける力のことと
           言われる。「社会情動的
           (しゃかいじょうどうて
           き)スキル」とも呼ばれ
           る。
     参考:大阪府教育委員会ホームページ
 
 ・世代間ギャップの話が出た。
  日本中の社会問題として、70代以上と20代と
  のギャップにおいて、40代~50代の中年層
  (団塊ジュニア世代を挟んだ前後の年代)が
  ドロップアウトしており、技術継承が進んで
  いない。
  村社会や世間の同調を望まない、無縁社会が
  現れ、上記の中年層が出ていない点もある。
  誰でもが出入りが出来、風通しの良い居場所
  として、「文化的コモンズ」が必要だと思う。

 最後は、「文化的コモンズ」の必要性に行き
着き、結びとなりました。

 長い文面を最後まで、ご覧いただき、ありが
とうございました。
 (上記行事の背景など、もっと深めたい方は、
  下記の学習用・参考用もご覧くださいませ。)
 


 ここからは、学習用・参考用としてご覧くださいませ。 
 ①趣旨説明「ここまできました!プリズムホール大改修と条例づくり」
 出典:「但馬(たじま)日記-第30回 いま地域共同体に必要なこと」の内容を抜粋


 わざわざ、ここに記すのは、私の勉強用にもなりましたが、みなさんにこの背景を知っておくことで、今回開催された趣旨・目的・取組みの意義がわかる、もしくは感じることが出来ると思います。
 また、今後の芸術文化振興審議会で検討されている「(仮称)八尾市芸術文化基本条例」の策定している意義も理解がしやすくなるのではないかと思い、ここに記しておきます。

 ●地域の一体感を与える「祭り」:新しい形の祭りを求める動き

 ・どの地域にもある新住民と旧住民の対立(それは対立という形で表面化していないものでも、その融和は大きな課題となっている)。
 ・もともと地域には一体感を与える「祭り」が必要不可欠だが、従来の祭りでは宗教色が強く、それを直接行政が支援することができない。
 ・だからこそ、地域は新しい形の祭りを求めるのだ。例示:高知「よさこい鳴子踊り」札幌「よさこいソーラン祭り」函館の野外劇など。


 ●「祭り」のもうひとつの問いかけ:共同体への帰属意識(組織・集団に属するコミュニティ)
 ・自治体が芸術創作に直接介入するということは、新しい祭りを創るのとは別の、もうひとつの問いかけを含んでいるのではないだろうか。
 ・祭りとは、御神輿に象徴されるように、共同体への帰属意識を問うものである。
 ・「この神輿を担ぎますか。担ぐのならばあなたはこの共同体に入れますよ。」という一種の通過儀礼的な要素が、祭りには常に内包されている。
   ※ 帰属意識:特定の組織や集団に属して
          いるという意識。
    (引用:インターネット「MOTIVATION
     CLOUD」)


 ● ひとつの「もの」を創造する問いかけ:価値観を擦り合わせた創造(創造に属するコミュニティ)
 ・芸術作品、とりわけ集団で「もの」を創る舞台芸術には、もうひとつ別の問いかけが含まれている。
 ・もうひとつの別の問いかけ:「あなたと私は、こんなに価値観が違うけど、それでも私たちは同じ作品を創れるだろうか?」
 ・演劇は、異なる価値観を持った人々が集まり、価値観を擦り合せながら、ひとつの「もの」を創造していく営みである。
 

 ●「 異なる価値観を異なったままに、新しい共同体をつくる」という試み
 ・「祭り」とは、明らかに異なった方向性だろう。だから、この問いかけは、こう言い換えることも出来る 
 ・「あなたと私は、こんなに違うけれど、ひとつの共同体を構成していけるだろうか?」
 ・ この小見出しこそが、今まさに地域の共同体、地方自治体に求められている事柄なのではないか。
 ・ またこの小見出しの問いかけは、行政にとっては厳しい問いかけにもなるだろうとも予見している。
 

 ●上の小見出しの試みをしない未来:自治体・地域社会
 ・近代民主主義は、納税者の権利として選挙権を勝ち取るところから始まった。
 ・人口減少が顕著にあらわれると、今の納税者、今の地域住民の短期的な判断だけで自治体の未来を決定していいのかという問題が起こってくる。
 ・ポピュリズムの危険性の本質はここにある。
     ※ポピュリズム:一般大衆の利益や権利を守り、
        大衆の支持のもとに、既存の
        エリート主義である体制側や
        知識人などに批判的な政治思
        想、または政治姿勢のことで
        ある。
        日本語では大衆主義や人民主
        義、平民主義などのほか、否
        定的な意味を込めて衆愚政治
        や大衆迎合主義などとも訳さ
        れている。
     (引用:インターネット「コトバンク」)
 ・昭和・戦後は、地方に雇用を創り、出稼ぎ・集団就職をなくすこと、地域振興政策があった。
 ・その政策が平成になっても、高校教育への進学率の上昇、90年代以降の女性の四年制大学への進学率の急上昇もあり、大学のない地域では18才人口の7割以上が、一旦地域を離れることとなった。


 ●「出て行かない町」から「戻って来たくなる町」へと政策転換をしなければならない。
 ・都会での楽しく便利な生活を経験した20代の若者たちが、それでも帰ってきたくなる「ふるさと」をつくらなければならなかった。
 ・民主主義は、選挙で投票が出来る。しかし上記の転換を行うならば、例えば選挙権のない子ども達、Uターンの可能性がある人々などの意見・投票も反映する事が求められる。現実的には難しいが、そのような「明日への住民」にも問いかけを行うといった思い切った施策が必要になるのではないか。


 ●新しい住民・明日への住民の意見を聴く、コミュニケーションをもった自治体や共同体をめざすこと!
 ・自治体の未来は、明日の住民をいかに受けれ入れていくかにかかっている。
 ・人が誇りを持って生きられる何かを見つけ出さなければ、地方都市に未来はない。
 ・新しい住民・明日への住民の意見を聴く基盤として、コミュニケーションの場を整備し、価値観を擦り合せる習慣を共同体の中に作っていかなくてはならない。
 ・その場所のひとつが、「茶吉庵」なのではないか。


 私の余談:2008年 環境先進事例で訪れた豊岡市とコウノトリを思いながら
 ・上記をまとめる中の動機として、2008年に環境活動の先進事例として兵庫県豊岡市に行きました。
  兵庫県豊岡市は、コウノトリをシンボルにした環境と経済が両立するまちづくりが行われ、それを学びました。
 ・コウノトリが棲む環境づくりとして、通常は冬場の田んぼは干上がった状態にするのですが、田んぼに水をはらせ、そこにエサになるドジョウを放ち、コウノトリが冬を過ごせれる環境づくりを行っていました。
 ・春になり田植えを行い、コウノトリが棲まう田んぼで実った米は「コウノトリの舞」というブランドとして、通常の米よりも高い価格で販売され購入されます。

 ・豊岡市の環境保全が進みながら、かつ豊岡市の経済も発展する。
 ・これまでの「環境」と「経済」が対立の関係であったのが、両立・生成発展する関係が生まれていることが、当時としては画期的な先進事例でした。

 ・八尾でもニッポンバラタナゴをシンボルに、このような取組ができないものかと、当時の私は思いを馳せていた頃を思い出します。
  (後年、NPO法人ニッポンバラタナゴ高安研究会さんが、「キンタイ米」の生産・販売をされ、現在に至っています。)

 ・さて、訪問した際に、お話・プレゼンをされたのが、当時市長をつとめられいた中貝さんでした。
 ・アナウンサー口調でのお話・プレゼンがとてつもなくうまく、そしてとてつもない共感を生むプレゼンは、今でも昨日の事のように覚えています。
 
 出典の「但馬日記」を読みながら、その事を思い出しました。また自分が携わったイベントも振返りながら・・・
 出典に掲載していた祭りの概念は、市民活動として、神社の祭りのような生活に結び付いたイベント開催を無意識ながらに心に持ちながらも、私自身は、新しい共同体をつくるイベントには直接結びつかなったなぁと思い、反省をしています。
 携わらせていただいたい「いきいき八尾環境フェスティバル」や「アートやっちゃお!(やお市民活動まつり)」などの開催が、一歩でも近づいていればなとも思いました。
 今思えば、新しい共同体をつくる実験だったと思います。

 これまで手探りで20年間多かれ少なかれ市民活動(中間支援・環境活動)で実践していた人間として、この出典内容は、実践から基づいた理論をまとめていただいていることに、共感・理解をすることが出来ました。
 これからの20世紀を知らない平成生まれ(戦後の価値観の無い人達)に、引き継げていけるように、人づくり・人育てに貢献できればと思います。