ラテン音楽は好きだが、ついぞやろうとしないできてしまった。
キューバの音楽を教えてくれたKさんにハワイのアルバムをお貸ししたことがある。
ハワイ音楽漬けだった私は、お借りしたLP、キューバの「Taboo Combo」などの素晴らしいグルーヴに魅了された。
一方でラテン音楽の評を書くKさんは「The Invitations」のコーラスとラテンパーカッション、オーケストレーションにはまってしまった。
あの頃1枚しか持っていなかったが、LPレコードを彼にあげればよかった。
そのあとでライ・クーダーのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの映画を見て、またキューバの魅力に出会うことになる。
司馬遼太郎の「アメリカ素描」という紀行文、エッセイを眺めて、戦争を体験した日本人のアメリカ観というものを感じた。
いや日本という国と精神文化を研究した人の冷静な見方が窺えて軽いショックを受けた。
アメリカという大国が移民文化の国であり、様々な括りで綴られていることへの認識をする。
大戦後、良くも悪しくもアメリカの圧倒的な影響下で復興した日本は傷つきナーバスな気持ちを隠せないでいた。
インタビューをするとアメリカと日本が戦争をしたことを知らない若者がいた。
「へーっ! それでどっちが勝ったの?」
それくらいアメリカは広いし、混淆の極致か。
黒船でやってきたペリーは、聖人でもスーパーマンでもなく、命令を遂行する優秀な管理職であった。
むしろ黒船が蒸気の力で自走するのを見た日本人が感嘆の声をあげたこと、つまりそこに日本人のレベルの高さを見たという。
つまり海洋時代には帆船の歴史が長く日露戦争の頃まで軍事的にも帆船が使われていたという。
ペリーの黒船も太平洋を帆船で渡って港内を自走するための蒸気船であった。
日本は帆船の時代を経験しないでいきなり動力による船舶を開発したというのだ。
人種差別という言葉で全てを理解しようとしていたが、黒人の中にも階層的な社会が存在していること、そう単純な話ではないことが描かれている。
文化にしてもアフリカから奴隷船で運ばれてきた黒人たちの持ち込んだ楽器や音楽は白人たちを魅了した。
彼らのように楽しく音楽をやりたい、という思いが様々な音楽を広めたようだ。
アフロ・キューバンという言葉の定義は良くわからないが、素晴らしいリズムの発明家がキューバにいてそのルーツはどうやらアフリカということだろうか。
「Cachao」というベーシストの繰り出すリズムの変化とパーカッションとの絡みは生きていることへの素直な表現と証しのようだ。
こうしたリズムの共同作業がハードルが高いように思えるのは国民性の違いによるのだろうか。
だからこそ憧れるし、挑戦したくなるのか。
CACHAO ANDY GARCIA AHORA SI
CACHAO & PAQUITO DESCARGA
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CACHAO ANDY GARCIA CAMBIO DE SWING
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