斬剣次郎の鉄道・バス斬り2

管理人が撮影した鉄道・バスの写真をUPします。

1835HS

2019-04-14 18:56:50 | 関東鉄道
 先日、関東鉄道波崎車庫に所属していたKK-RJの
 1835HS
 が廃車回送されたのことですが、1835HSは新製当初は水戸に所属していましたが、鹿島(当時)へ転属し、更に竜ケ崎、潮来、波崎と転々し、波崎で最期を迎えた感じになりますね。個人的には鹿島時代が印象深かったです。



 鹿島時代の1835KSです。水戸にいたのはごく短期間で、すぐに竜ケ崎へ貸し出され、そして2003年に鹿島へ転属したわけですが、鹿島にとって初のワンステでした。しかし、鹿島時代は専ら
 鹿嶋市循環バス
 で活躍し、一般路線には入ってなかったようです(よくわかりませんが・・・)。この鹿嶋市循環バスは現在も鹿嶋コミュニティバス中央線として池田交通が運行されていますが、ルートは少し変わっています。
 当時はせっかくワンステ入ったのだから、一般路線にも入れてあげれば・・・と思ったものです。何せ、鹿島唯一の低床車でしたから・・・。


 鹿島時代の車内です。バリアフリー法に適合したワンステでありながら次停留所表示器がありませんでした・・・。


 一般路線に転用することなく2007年に
 竜ケ崎
 に転属し、1835RGになります。この時に土浦ナンバーに変更されました。この間に塗装更新を受け、前面のワンステ表記が消えました。


 そして、2011年に
 潮来
 転属しました。潮来は鹿島営業所が移転して改称されたものなので、ある意味出戻りになります。今度は一般路線用としての転属となりましたが、潮来にはワンステの1956ITがいたので鹿行地区の低床化に貢献した感じになるのでしょうか・・・。潮来転属後にラッピングされていますが、撮影できたのはラッピング後でした・・・。
 この転属で1835ITは鹿行地区から出ることなく足を下ろした形になります。


 そして、2018年?に
 波崎
 に転属し、今年に入ってラッピングが剥がれて最期を迎えます。写真は今年の1月に撮影したものです。この時は県南地区からの低床車の転入が相次ぎ、ツーステを全て追い払い、全車低床化を達成していました。時代が変わるのは早いものです。

 振り返ってみると、生涯の半数以上を鹿行地区で過ごした形になりますが、1835と一緒に水戸に配置された1833・1834は水戸一筋で活躍しているに対し、1835は流転の人生を送っていたということになりますね。
 やっぱ、鹿島時代が印象強いですね・・・。
 車庫内での撮影は貸切会及び事務室での許可を得て撮影しております。
 以上です。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 京都鉄道博物館プラレール展 | トップ | ひばりヶ丘駅北口バスターミナル »
最新の画像もっと見る

関東鉄道」カテゴリの最新記事