人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

今帰仁 【20】

2016年01月25日 00時03分25秒 | 日記

 今泊 <1>

今泊は、今帰仁村の19の字の一つで

西側に位置し本部町に隣接している


親泊(エールマイ)ムラと

今帰仁ムラ(あざ)は

明治36年に合併

同39年に分離する


昭和48年再び合併し

現在に至っている

二つのムラは合併したが

神アサギは統合されず

祭祀は一体となっている


昔は、今帰仁阿応理屋恵(三十三君の一人)

共のかねノロと

今帰仁ノロが存在したが


現在は今帰仁ノロ(代理ノロ)のみ存在し

今泊の神事、祭祀を執り行っている


親泊は、大きな船が出入りする津(港)で

あったと言う、名称であると考えられる


今泊には、世界遺産に登録されている

北山グスク(今帰仁城)がある王の居城で


500年以上の歴史があり伝説が多く残っている

ムラ内にフパルシ(コバテイシ・県指定)と言う

大きな老木があり


樹齢推定300~400年とも言われ

シマのシンボルとなっている


世帯数 429人口 975人(外国人含む:2014年12月現在)

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今帰仁 【19】

2016年01月20日 00時25分16秒 | 日記

 諸志

諸志シマ(あざ)は

明治36年に諸志と志慶真シマが

合併してできた諸志シマである

そのため二つの神アサギがある


国指定の、亜熱帯地域の石灰岩の上に形成された

植物群落の極相状態の森がある

そこは諸志シマの御嶽となっている


諸志には、中城殿内があり

中城ノロは、崎山、中尾次、与那嶺、兼次

諸志の五つのシマの祭祀を掌るノロである


シマ内に焚字炉(ふんじろ)があり佐田浜には

初代国王尚円王の弟と言われる

上間大親(うえまうふえ)の墓、赤墓がある


世帯数 187

人口 390人(外国人含む:2014年12月現在)

 

 兼次

兼次シマ(あざ)は

山手の古島原と糸川原あたりから

現在地に移動してきたシマである


シマのあった場所に御嶽や

神アサギ跡やイビガーなどを残している


御嶽に行く途中に金満殿内と彫られた祠があるが

シマの人達は神アサギ跡だと言う


御嶽に向けて香炉が置かれている

神アサギもシマとともに移動し

シマの中央にある


現神アサギの香炉は古島原に向けて置いてある

ノロに関わる祭祀は中城ノロが執り行う


世帯数 144 

人口 339人(外国人含む:2014年12月現在)

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今帰仁 【18】

2016年01月15日 00時02分55秒 | 日記

 中尾次 (なこーし)

中尾次は古くは「中城」と言われ

1668年の布令によって中尾次と表記されるようになる


移動してきたシマ(あざ)で元の場所は

平敷地番のスーガ御嶽付近であった

そこは中尾次の御嶽となっている


公民館前には、神アサギ、ヌル道がある

崎山の東側の海岸に

ウドゥバンタ(踊崖)があり


そこれ中尾次の豊年祭のとき

願踊りが行われ雨乞いの祈願でもある


中尾次シマは中城シマのときから

中城ノロを排出したが継承者がなく


中尾次、与那嶺、さらに

緒喜田シマ(現在の緒志)へと移っていたが


名称は中城ノロと今もそう呼んでいる

中城ノロは、崎山、中尾次、与那嶺、諸志、兼志の

祭祀神事の場合中城ノロが執り行う


中尾次はスーガ御嶽、神アサギ、崎山のヌルドゥンチ

などの拝所で神事祭祀を行なっている

世帯数128 : 人口295人(2014年現在)

 

 与那嶺

与那嶺の北側は海に面して長浜があり

公民館前広場にかなり年輪を重ねた

大木な赤木がある


付近には神アサギがあり

その広場に舞台があり豊年祭などが行われる

アサギ、ミヤー回りには

松やアコウ、福木、ユシギなどの老木が目立つ


シマの前方の前田原は

以前は水田が広がりユナンガー(湧水)がある


ノロの関わる祭祀は

中城ノロが執り行う


世帯数 164 

人口360人(外国人含む:2014年現在)

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今帰仁 【17】

2016年01月10日 00時00分09秒 | 日記

 平敷

平敷の北側に御嶽があり

その南側は遺跡になっている


御嶽の中に神アサギやイビなどの

拝所がいくつもある


これらは、シマ内に散在していたものを

1966年に現在の場所に移してきた


シマ内の拝所、ウッチ(掟)殿内

ペーフ殿内・大主殿内

シマダ殿内

ニーケーグラなどがある


神事は神人、親神、女神が以前行っていたが

現在は古式の祭祀は行われていないと言う


ノロが行う祭祀は

玉城ノロが執り行う


世帯数 208

人口 512人(外国人含む・2014年12月現在)

 

 崎山

崎山はヒチャマとも言う

崎山の神アサギは古くからの形を保っている


茅葺屋根(県指定)で軒が低い建物である

周辺にあった拝所がお宮内にまとめられている


シマの北側をクシスクミチがあり

沿って松並木があり


ヒチョナガーラ沿いに崎山の古い墓

池城墓やウフトゥル墓がある

港原があり炬港に面している


崎山は野菜の栽培が盛んでスイカも有名


崎山の拝所

崎山殿内・諸田殿内

掟神殿内・御嶽・ウドゥイバンタなどがある


ノロが関わる祭祀は

中城ノロ(中尾次)が執り行う


世帯数 164

人口 398人(外国人含む:2014年現在)

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今帰仁 【16】

2016年01月05日 00時03分24秒 | 日記

 玉城 (たもーし)

玉城シマ(字)は

玉城・岸本・寒水の三シマが合併してできたシマである


その名乗りが三つの神アサギに見ることができる

三つのシマが合併したが

元からノロ管轄が異なるため

合併後100年になるが祭祀は一体化していない


玉城シマの山手にスムチナ御嶽があり

そこは玉城ノロの管轄で

玉城・謝名・平敷・仲宗根の

四つのシマの御嶽である


現在でも玉城ノロが祭祀を行ない継承されている

神事は多く失われつつあると言う


世帯数 316 

人口827人(2014年12月現在)

 

 謝名 (じゃな)

謝名の古い集落は大島原(うぷしまー)にあり

後方に御嶽があり

その南斜面にシマが発達している


その下は前原で

以前は水田があった場所である

現在ではキクや砂糖キビなどが栽培されている


国道505号線沿に祭温松と

呼ばれる松並木がある


謝名は越地と分轄したので海がない

謝名シマ内に御嶽

神アサギ・ニーガドゥンチ・神社(宮)

地頭火神などの拝所がある


ノロが関わる祭祀の場合は

玉城ノロが謝名来て執り行う


世帯数 247

人口599人(外国人含む・2014年12月現在)

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寿春

2016年01月01日 00時05分26秒 | 日記

謹んで迎春のお慶びを申し上げます


皆様には素晴らしい一年となりますよ


心からお祈り申し上げます


今年もこのブログでお会いしましょう

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