人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

首里城 【3】

2020年01月25日 02時02分10秒 | 日記

 首里グシクの建築構造は中国の城形式と日本建築様式

両方の特徴を取り入れた琉球独自の建築である

 

首里グシクの中心的存在である正殿は

三階建てで琉球最大規模木造建築である

 

また唐破風とも呼ばれ中国皇帝の居城

紫禁城をモデルにしたと言われている

 

正殿の正面両側に大龍柱がありその前に小龍柱がある

御差床(王座)前の龍柱、屋根の龍像

 

龍は守護の意味と王の権威の象徴として

龍の装飾が至る所に施されその数三十三体の

彫刻され描かれている

 

柱そのものが龍の胴体になっていて

これは琉球独自のデザインであり龍の爪は四本ある

 

ちなみに中国の爪は五本、日本の龍の爪三本になっている

 

正殿の前に御庭(うなー)と呼ばれる広場があり

両側に南殿、向かいに北殿がある

 

北殿は中国の使者や冊封使を歓待する場所で

中国風様式と色彩となっている

 

南殿は日本様式で薩摩藩の役人を接待場所として使われた

 

首里グシク建造物の外観、色彩は中国様式

ほとんどの建造物は木造建築で

 

日本様式建築技術で作られている

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首里城 【2】

2020年01月20日 00時00分27秒 | 日記

 首里グシクの築城年代を示す史料はほとんどない

近年の発掘調査から、最古の遺構は

十三世紀頃からグシクとして、用いられたとされている

 

十四世紀頃に中山王察度が浦添より移り居城とした

その子武寧も王城としたと言う、伝承されている

 

佐敷グシクを拠点に勢力拡大していた

佐敷按司尚巴志が、中山武寧王を攻め滅ぼし

尚巴志の父が中山王に即位する

 

その後尚巴志は1416年北山攀安知を攻め滅ぼした

1429年に南山他魯海も攻め滅ぼし三山を統一した

 

尚巴志は父の死後、中山王二代目に即位した

尚氏第一王統の始まりである

 

首里城は琉球国の王城に成り城は増築されている

琉球は明国とは朝貢外交、日本、高麗、東南アジア諸国との貿易などで

首里グシクは琉球国の政治、経済の中心と成って行く

 

第一王統は七代、六十三年(1406∼1469年)続き

その間首里城は増建され拡大していく

 

城域内には巨大な王族の墓陵王陵(たまうるぅん)

王一族菩提寺の円覚寺、園比屋御嶽門、弁財天堂

龍潭、そして龍通、王宮の生活水、飲料水として使われた

 

首里城は軍事目的よりも政治、外交を担うグシクとして

増建、整備されていく

 

そして第二王統に成り十九代続き四百三年、両王統を合わせて

四百六十六年以上首里グシクは琉球国の中心地であった

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首里城 【1】

2020年01月15日 00時00分30秒 | 日記

 首里城 2019年10月31日火災により

正殿、南殿、北殿、奉神門、八棟焼損

六棟が全焼した、実に残念である

首里城五度目の焼失である

 

2019年10月31日以前の首里城を視る

 

スイグシク(首里城)は沖縄県那覇市首里金城町にある城跡

首里城は標高120m.以上の石灰丘陵に立地し

 

規模は東西約400百m.南北約270m面積47000㎡

城郭構造は山城で、城は内郭と外郭からなる二重構造で輪郭式

 

城壁は沖縄独自の石灰岩で、主に布積み、相方積みで

総延長1000m.以上にも及ぶ

 

外郭には四つのアーチ門(石造拱門)があり

内郭には九つの門がある

 

その内側には正殿を中心に前面に御庭(うなー)と

呼ばれるに広場があり国の様々な儀式が執り行われた

 

御庭(うなー)を取り囲むように

行政施設である南殿その向かいに北殿

 

南殿近くに書院、世ぬ主の執務室

世ぬ主の家族の居住する黄金御殿

鎖之間、系図座、供屋、番所、日時計

 

そして城内に宗教的行事が行われる御嶽(祭祀場)が

十ヶ所ほどあったと言われている

 

首里グシクの発祥の地言われる、スイムイ御嶽(首里森)があり

その近くに ケオノウチ(京の内)があり

首里城を琉球国の聖地とした場所である

 

琉球国の最高位の「ノロ」(神女)聞得大君を始めとする

ノロたちが国の繁栄と五穀豊穣、航海安全を祈願する

 

首里グシクは政治の中心であり、信仰の中心であった

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浦添城 【5】

2020年01月10日 00時00分52秒 | 日記

 浦添城域を戦時中、日本軍は前田高地と呼び

米軍から、ハクソー・リッジのこぎりのような崖と呼称した

 

1945年4月26日侵攻して来た米軍は

この急峻な崖を、カーゴネット(縄梯子)を掛けて

150人ほど登った頂上でそれまで沈黙(作戦)していた

 

日本軍は機関銃などで激しい攻撃をした

堪らず隊は撤退し崖下に下った

 

自力で動けない負傷兵は取り残された

攻撃が続く中デズモンド・ト-マス・ドスは

 

丘の上に止まり負傷兵、一人一人をロープで吊るし

崖下に四時間に渡って繰り返し、

あと一人、もう一人助けたいと神に祈りながら続け

七十五人以上の兵を救出した

 

この銃撃戦で、ドスは足と左腕に銃弾を受け重傷を負い

グアム陸軍病院に移送

 

デズモンド・ドスは五年半入院する

入院中戦時中の悪夢を見続ける

 

心的外傷後ストレス障害(PTSD)

フラッシュバックが起きる症状に苦しんだ

(後に克服する)

 

デズモンド・T・ドスはキリスト教の

一派アドベンチストの敬虔な信徒で

 

聖書の教えを忠実に守っていた聖書の教えの中にある、

「汝殺すなかれ」の教えを守るため

 

銃を携行せずに従軍する事を条件に志願し

衛生兵となった、フィリピン、レイテ、グアムでの戦争

 

そして1945年4月1日に沖縄に上陸し

4月26日に前田高地、ハクソー・リッジでの死闘が繰り広げられた

 

この戦争に衛生兵として従軍した

デズモンド・トーマス・ドスを主人公とした

 

実体験を描いたメル・ギブソン監督によって

2016年に、ハクソー・リッジ題名で映画化され

 

高い評価得た、ヒューマンドラマである

ドスは良心的兵役否定者として初めて

 

アメリカ軍最高位のメダル・オブ・オナーを受章する

 

浦添城は沖縄で起きた幾多の歴史的事件、戦い

沖縄の歴史を大きく動かした浦添グシクである

 

第二次世界大戦は最後の記録となった

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浦添城 【4】

2020年01月05日 00時00分31秒 | 日記

 浦添グシクは、第二次世界大戦で全て

破壊され城壁の基礎のみが残る

 

1945年4月1日連合軍(主に米軍)が

読谷、嘉手納、北谷の海岸から上陸し

一方は北部へもう一方は中南部へ侵攻して来た

 

それに備えて、日本軍は第一防御ラインを

和宇慶、我如古、嘉数、牧港に陣地を置き

主に嘉数高台に野戦築城とした

 

第二防御ラインを我謝、小波津、幸地、前田とした

陣地を置き主戦となる戦力を前田高地に置いた

 

そして前田高地(浦添城)から4キロ南に

首里城地下に1キロから2キロ掘った豪に司令部があった

千人以上の兵が生活していたと言われている

 

1945年4月8日嘉数高台陣地に攻撃が始まり

激しい攻防戦が繰り広げられた

 

4月24日、16日間の戦いで

嘉数高台は完全に占領された

 

4月26日第二防御の前田高地(浦添城)に

侵攻し攻撃開始され激しい死闘になり5月6日まで続いた

 

嘉数高台と前田高地の戦争は沖縄戦最大級の

組織的戦闘としてよく知られている

 

激戦であった、4月8日から始まり5月6日までの

両軍の戦死負傷者は10万人以上だったと言われている(諸説あり)

 

日本軍陣地のある浦添城跡の城域を

日本軍から前田高地と呼ばれ

米軍からは、ハクソー・リッジと呼んでいた

 

激戦死闘であった前田高地での戦いを

2016年メル・ギブソン監督によって

 

ハクソー・リッジ題名で映画化された

この戦争に従軍したデズモンド・トーマス・ドスの

実体験を描いたヒューマンドラマである

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謹賀新年

2020年01月01日 00時10分31秒 | 日記

                              謹んで新春のお慶び申し上げます

              旧年中は当ブログへの訪問有難う御座いました

 

                  皆様には実りある一年と成りますように

                        心からお祈り申し上げます

                                                   

 

 

                     今年もこのブログへの訪問お待ちしております             

             毎月、1日・5日・10日・15日・20日・25日に投稿する予定です

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