人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

八重山 【14】

2017年04月25日 00時03分06秒 | 日記

  沖縄・宮古・八重山諸島の人々のルーツ <2>

沖縄列島の島々に

人間が適応出来たのは

縄文中期後半から後期以降であると言われている

 

10世紀頃に九州地方から、沖縄に移住したと

北里大学統計数理研究所の共同研究グループが

コンピュータで計算した結果一万年以降と推定している

 

沖縄本島の港川人(1万8千年前)の人骨は

琉球列島の人々の先祖ではないかと、関心を呼んだが

 

沖縄諸島の人々の主要な先祖ではない

可能性が高いことを示していると、推測している

 

また、宮古島のビンザアブ洞穴人(2万6千年前)の人骨

八重山白保竿根田原洞穴人(2万年前)の人骨が発見されているが

 

現在の宮古・八重山諸島の人々の

先祖ではない可能性が高いと発表している

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八重山 【13】

2017年04月20日 00時02分03秒 | 日記

  沖縄・宮古・八重山諸島の人々のルーツ <1>

 琉球大学院医学研究科の佐藤寛博士研究委員と

木村亮介准教授、北里大学統計数理研究所との

共同研究グループは

 

琉球列島に住む人々の、核ゲノムDNAを解析した結果

隣国台湾や大陸の人々との繋がりはなく

日本本土に最も近いと発表した

 

沖縄諸島の人々は

東南アジアや台湾・大陸とは別系統であり

 

地理的に近い、八重山諸島の人々も台湾先住民との

間に直接の遺伝的繋がりがないと結論付けた

 

また、宮古諸島・八重山諸島の人々の先祖はいつ頃

北方系の人々が沖縄列島・宮古・八重山へ南下したのかは

比較的新しく数百年から数千年だと推定され

 

検証した結果、古くても

1万年前よりも後の時代に移住したと推定している

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八重山 【12】

2017年04月15日 00時01分21秒 | 日記

  人頭税 <5>

与那国島に、人升田(とうんぐだ)と言う

人頭税にまつわる伝承と遺跡がある

 

現在与那国島には、祖納・久部良・比川の三つの集落がある

以前は九程の集落があったと言われている

 

祖納と比川集落の中間に、人升田(とうんぐだ)があった

一万㎡程の田園である

 

この人升田で過酷な人頭税のため人口制限が行われた

残酷な遺跡である

 

そこに15歳から50歳の男子を招集し

合図と共に田園(人枡田)に我先に争って入った

入りきれなかった者は殺されたと言われている

 

当然のことながら、病人・障害者が

間違いなくその対象にされ淘汰された

 

また、人頭税のもっとも痛ましい伝承として

伝えられているのは、産んだ赤ちゃんを埋め殺したと言われる

 

重税を少しでも軽くするため

我が子嬰児を埋殺と言う残酷な人減らしが多くあったと言う

 

この痛ましい嬰児殺しは、明治の始め頃まであり

体験者の証言も多く残っている

 

八重山諸島の人々を苦しめた人頭税は

1637年に始まり1903年(明治35年)まで

 

実に266年続けられた

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八重山 【11】

2017年04月10日 00時01分29秒 | 日記

  人頭税 <4>

与那国島にも人頭税にまつわる、伝承と遺跡がある

人升田(とうんぐだ)と久部良割(くぶらばり)

 

久部良割は、久部良集落の久部良小・中学校の裏側にある

 

久部良割とは、幅約3メートルの大きな岩場の裂け目のことで

深さは7メートルもある

 

この割れ目に、島全ての妊婦を集め

妊婦を飛び越えさせた

 

無事飛び越えた妊婦だけが

母子共に生きることが出来た

 

飛び越えられなかった妊婦は転落死するか

流産したと言われている

 

人頭税の重税を少しでも軽くするため

人口制限が行われた

 

この悪税の過酷さ悲劇を伝える場所である

 

くぶらばりの近くの岩の上に供養した跡がある

お賽銭とお線香を上げた跡、最近供養した跡である

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八重山 【10】

2017年04月05日 00時01分43秒 | 日記

   人頭税 <2>

 パイパティローマ (2)

方言でパイは南、パティローマは波照間島を意味する

 

波照間島富嘉村の南西側に

パイパティローマ(南波照間島)の伝承にあるヤグ村集落跡がある

 

このヤグ村のアカマリと言うお男が

各島々で人頭税の粟や米・海産物などを積み込んだばかりの

琉球王府の貢納船を奪い

ヤグ村の住民40から50人と

南の楽園パイパティローマを目指し集団離島した

1648年のことである

これは人頭税が導入されて11年目の事件である

 

アカマリと島民は

理想郷パイパティローマは実在する島として目指したのか

伝説上の島として、信仰を持って目指したのか

 

そしてパイパティローマに着くことが出来たのか

出来なかったのか不明である

 

1907年に沖縄県が二度にわたって探索したが

何の手掛かりも得られなかったと言われている

 

海南小記の著者民族学者の柳田國男が

その著書に、アカマリは扁く洋中を漕ぎ求め

ついにその島を見つけ我が島にちなんで

南波照間島と名付け事前にその存在を知っていたと言う

 

アカマリと島民は理想郷南波照間島に着き

きっと幸福に暮らしたれあろうと思う!!

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八重山 【9】

2017年04月01日 00時03分40秒 | 日記

   人頭税 <2>

  パイパティローマ(1)

パイパティローマ伝説とは

琉球国が宮古・八重山諸島にだけ導入した税制は差別的な人頭税であった

 

この過酷な人頭税、また役人たちの私利私欲による

島民への不当な搾取などに耐えかねて

 

今から、368年前にヤグ村の住民が

理想郷パイパティローマへ脱出したと言う伝承である

 

この伝承は八重山年来記(15世紀後半から18世紀後半の八重山史)に

1648年「波照間島平田村(ヤグ村)の百姓男女50人程が

大波照間島(南波照間島)へ欠落した」と言う記述がある

 

南波照間島(パイパティローマ)が

他の神話や伝承と違うのは史実として記録されていることである

そのため八重山諸島の人々の間では事実として語り継がれている

 

ヤグ村のアカマリと言う男が過酷な重税に苦しむ村人を救うため

理想郷パイパティローマに向けて脱出したとされている

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