人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

パイパティローマ【2】

2021年05月25日 00時00分15秒 | 日記

  方言で、パイは南、パティローマは波照間島を意味する     

直訳すると、パイは=南

パティは=果て

ローマは=うるま(サンゴ礁)

 

波照間島富嘉村の南西側に

パイパティローマ(南波照間島)の伝承にある

ヤグ村集落跡がある

 

このヤグ村のアカマリと言う男が

各島々で人頭税の粟や米・海産物などを積み込んだばかりの

琉球王府の貢納船を奪い

 

ヤグ村の住民40~50人と

南の楽園、パイパティローマを目指し集団離島した

1648年のことである

 

これは人頭税が導入されて11年目の事件である

 

アカマリと島民は

理想郷パイパティローマは実在する島として目指したのか

 

伝説上の島として

信仰を持って目指したのか

 

そしてパイパティローマに着くことが出来たのか

出来なかったのか不明である

 

1907年に沖縄県が二度にわたって探索したが

何の手掛かりも得られなかったと言われている

 

海南小記の著者民族学者の柳田國男が

その著書に、アカマリは扁く洋中を漕ぎ求め

 

ついにその島を見つけ 我が島にちなんで

パイパティローマと名付け

事前にその存在を知っていたと言う

 

アカマリと島民は、理想郷 パイパティローマに着き

きっと幸福に   暮らしと思う !!

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パイパティローマ【1】

2021年05月20日 00時00分15秒 | 日記

  波照間島にパイパティローマと言う伝説がある

琉球国が宮古・八重山諸島にだけ導入した税制は

差別的な人頭税であった

 

この過酷な人頭税や

また役人たちの私利私欲による

島民への不当な搾取などに耐えかねて

 

今から、370年前にヤグ村の住民が

理想郷パイパティローマへ脱出したと言う伝承である

 

この伝承は八重山年来記

(15世紀後半から18世紀後半の八重山史)に

 

1648年、波照間島平田村(ヤグ村)の百姓男女50人程が

大波照間島(南波照間島)へ欠落したと言う記述がある

 

パイパティローマ(南波照間)が

他の神話や伝承と違うのは

史実として記録されていることである

 

そのため八重山諸島の人々の間では

事実として語り継がれている

 

ヤグ村のアカマリと言う男が

過酷な重税に苦しむ村人を救うため

 

理想郷パイパティローマに向けて

脱出したとされている

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ゲート・ホーラー

2021年05月15日 00時00分15秒 | 日記

  波照間島にゲート・ホーラーと言う伝承がある

 

島の南西方の、リーフに

ウランダ船(西洋諸国の意味)が座礁 遭難した

 

迎えの船を待っている

三か月間 滞在している間に

 

島の女性と相通じて

生まれたのが、ゲート・ホーラーである

 

ホーラーは赤毛の髪で、鼻が高く

巨体で怪力を持つ人物だったとある

 

島では抜きんでた、力強い人をムシャ(武者)と呼び

ホーラームシャと呼ばれた

 

ホーラーは怪力の持ち主として

数多くの伝承が語り継がれている

 

また若い時には唐に渡ったとか

琉球国王に拝謁したとか

等々伝えられている

 

1983年に国文学者永積安明によって

聞き取り調査が行われ

 

ホーラーの子孫二人と 

島の歴史に詳しい人の語った

伝承を詳しく記録されている

 

子孫の本家の位牌には

乾降元年赤頭伊勢と記されている

 

元年は、1736年にあたる

彼が赤毛だったと言う根拠としている

 

島に「ホーラームシャの石」として

揚田原に大きな墓がある

 

現在の子孫の三代前からゲート・ホーラーを

神として祀るようになり

 

一族は墓を聖所・拝所として

当主が祭祀を執り行っている

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アンガマ

2021年05月10日 00時00分15秒 | 日記

  アンガマとは

アンガマは八重山地方で行われている
独自の伝統的祭りで

ソーロン(旧盆)期間中に行われるため
ソーロンアンガマと呼ばれている

アンガマとは先祖霊を供養するため
グソ(あの世)から、使者ウシュマイ(翁)とンミー(媼)が

ファーマと呼ぶ子と孫達(10〜20人)を連れて

この世(現世)に現れる

ウシュマイとンミーは
木の板で作った仮面を付けて、顔を布で覆っている

ファーマ達も花笠をかぶり布で顔を隠している
これは、この世の人ではない事を現している

声も甲高く裏超えの方言交じりで、独特である
ウシュマイとンミーは先祖供養のため各家に招かれ

その家の仏壇にある、先祖の位牌にウートート(拝む)し
帰ってきた祖霊を慰め

 

家人と家族を祝福し豊作・豊魚を授け
ニンブジャー(念仏踊)や歌、ファーマ達の踊りを披露し

華やかな賑わいである

家主から酒やご馳走でおもてなしを受ける
アンガマの見どころは

 

何と言ってもウシュマイとンミーの珍問答である
家人や観客から、いろいろな質問を受け

 

少しひねって面白おかしく
滑稽な答えをし、ダジャレな答えもする

グソ(あの世)の先祖たちのことや

仕来りや生活などをコミカルに応える

そして最後に家主の家族も見物人も一緒になって

カチャーシーを踊ってお開きとなる

一行は、ホーイ・ホーイと唱えながら、次の家に行く

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マウガン

2021年05月05日 00時00分15秒 | 日記

  マウガンとは

宮古島で信仰されている

個人の守り神

 

マウと言う語は「霊」「魂」を意味し

ガンは個々の人の守護神を指す

 

マウガンを持つことを、マウを共にする

またはマウをカミルとも言う

 

宮古では、子供が生まれて

生後八日目か十日目に

 

ナージキ(名前を付ける)の儀礼が行われ

ヤーヌナーと呼ぶウラビナー(童名)が付けられる

 

ナージキの儀礼では、スマ(集落)内にある

どの御嶽(拝所)に帰属するかは神籖よって決められる

 

神籤には、祖母、父祖が帰属する

御嶽の神名を書いた紙を振り落とし

 

三回同じ神名を書いた紙が落ちてきたとき

その神名に決定する

 

決まった自分が帰属する御嶽は

マウウムトゥと呼ぶ

 

その御嶽の神が

マウガンと呼ばれる

 

この神を自身に

マウガンとして共にするのは成人に成ってから

 

特に運気が無くなる場合とか

体調不良をきっかけとして

マウを共にするのが一般的である

 

各家の仏壇とは別に個人用の

マウダナ(神棚)を作り香炉を神体として

 

毎月一日と十五日に

かかさず礼拝をする

 

自身が死亡すると

香炉はマウダナから降ろし

そうして マウガン も無くなる

 

マウガンの祭祀は以前活発に行われていたが

現在では時代と共に

ナージキの儀式は行われないのがほとんど

 

マウガン祭祀は継承されず

衰退に向かっている

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門中 【12】

2021年05月01日 00時00分15秒 | 日記

  沖縄は明治以前琉球国として

独立国家であった、160の島々の集合で、

 

人口、108.958人(1632年頃)

1729年頃は173.969人

1879年頃は286.787人であった

 

沖縄は、中国・東南アジアとの交易で入る文化,人々の交流など

特に日本文化(宗教・文字文化)などの影響を強く受けて

 

沖縄独自の文化を築きあげて来た

宗教(祭祀・神事)・系図そして門中制度などなども

他の都道府県とは違う沖縄の独自の物である

 

しかし、現在、沖縄社会全体の都市化、核家族化

人々の日々の営みの価値観の変化・多様化して来た

 

昔から続いて来た神事 祭祀

先祖祀りなど徐々に失われつつある

 

今、書いている門中制度も例外ではない

私の父の代までは、皆男子には名乗り頭は「森」が付き

母方の男 兄弟は、「清」が付いていた

 

私の代は、私も、弟も、父母方の従兄弟達も付いていない

ちなみに、私・弟・従兄弟の子供たち

 

最近生まれた子供たちにも付いていない

皆、現代風の名前が付いている

 

古い時代から受け継がれて来た伝統は

先祖を知り、先祖を敬い、そして自分のルーツを知る

 

伝統は残しておきたい 沖縄独自の文化だと思う

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