人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

パイパティローマ【1】

2018年07月25日 00時03分36秒 | 日記

  波照間島にパイパティローマと言う伝説がある

琉球国が宮古・八重山諸島にだけ導入した税制は

差別的な人頭税であった


この過酷な人頭税や、また役人たちの私利私欲による

島民への不当な搾取などに耐えかねて


今から、370年前にヤグ村の住民が

理想郷パイパティローマへ脱出したと言う伝承である


この伝承は八重山年来記(15世紀後半から18世紀後半の八重山史)に

1648年、波照間島平田村(ヤグ村)の百姓男女50人程が

大波照間島(南波照間島)へ欠落したと言う記述がある


南波照間島(パイパティローマ)が、他の神話や伝承と違うのは

史実として記録されていることである


そのため八重山諸島の人々の間では事実として語り継がれている

ヤグ村のアカマリと言う男が過酷な重税に苦しむ村人を救うため

理想郷パイパティローマに向けて脱出したとされている

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波照間島の祭&祀【7】

2018年07月20日 00時02分12秒 | 日記

  波照間には、仏教としての宗教はないが

仏事としての、十六日祭・旧盆などの

祖先祭祀が先祖供養として行われている

 

個々の家と、ムラ(集落)全体の盆行事が行われている

盆は旧暦の七月十三日から十六日まで行われる

 

十三日には、シルキビン(先祖を迎える日)

十五日は、ウグリビン(送る日)まで

先祖と共に飲み食いし楽しく過ごす

 

中日十四日のムシャーマは、島民総出で

祭が行われ、島最大の賑わいになる

 

このムシャーマ(世願い)は、豊年祭と盆行事が共に行われ

八重山諸島の中でも特異である

 

先祖供養をし、豊作・豊漁・航海安全・子孫繁栄なども祈願するのである

 

盆行事の中心となる、ムシャーマには

来訪神ミルク(弥勒)ガナシを先頭に

ミルクタマ(弥勒の子供)仮装行列が連なる

棒術・獅子舞・太鼓・マミドーマ・ニンブチャー(念仏踊り)など続き

オーシャンに着くと、そこで披露される(奉納)

最後にアーラーヨの歌と曲に合わせて全員で巻き踊りが行われる

 

八重山の島々には、ミルク(弥勒)は一人だが

波照間島では、東組(南ムラ・北ムラ)、前組(前ムラ)

西組(富嘉ムラ・名石ムラ)と、三神の、ミルクがいる

 

十五日に先祖を、ウークイ(送る)し翌日十六日に

イタシクバラの行事が行われる

 

これは盆が終わっても帰らない

迷い霊や悪霊を獅子舞の霊力で追い払い

島民に無病息災と繁栄を祈願する祭祀である

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波照間島の祭&祀【6】

2018年07月15日 00時01分14秒 | 日記

  八重山諸島の島々では

数多くの伝統的祭祀・神事が現在でも行われ

内容自体は時代と共に、ずいぶんと簡略化されているが

まだ古代の信仰が深く、祭祀は行われ、仏事も共に行われている

 

波照間島では年間神事として、四十回以上行われている

半期事の、祭祀日程表が発行され、張り出されている

 

波照間は農歴で沖縄本島とは異なり、冬歴とも言われている

 

秋の、シチ(節祭)、種取り祭での種蒔きに始まり

初夏の収穫を受けたトマニゲー(豊年祭)で終わる

神事のサイクルである

 

トマニゲーとシチの間の旧暦七月は

アシビ(遊び)月と言われ神事は一切行われない

島民は、結婚式などおめでたい事などしないと言う

 

波照間島の神は自然の中に存在する様々な神と

祖霊神であるとされている

 

先祖が祖霊神と成り、その神へ島の守りと

豊穣・航海安全・子孫繁栄などを祈願し、崇拝し、敬うのである

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波照間島の祭&祀【5】

2018年07月10日 00時02分04秒 | 日記

  ゲート・ホーラー

波照間島にはゲート・ホーラーと言う伝承がある

島の南西方に、リーフに、オランダ船(西洋諸国の意)が座礁遭難した

迎えの船を待っている、三か月間滞在している間

 

島の女性と相通じて、生まれたのが、ゲート・ホーラーである

ホーラーは赤毛の髪で、鼻が高く、巨体で怪力を持つ人物だったとある

 

島では抜きんでた、力強い人をムシャ(武者)と呼び

ホーラームシャと呼ばれた

ホーラーは怪力の持ち主として、数多くの伝承が語り継がれている

 

また若い時には唐に渡ったとか、国王に拝謁したとか、など伝えられている

1983年に国文学者永積安明によって聞き取り調査が行われ

ホーラーの子孫の二人と

島の歴史に詳しい人の語った伝承を詳しく記録されている

 

子孫の本家の位牌には、乾降元年赤頭伊勢と記されている

元年は、1736年にあたる、彼が赤毛だったと言う根拠となっている

 

島に「ホーラー武士の石」として、揚田原に大きな墓がある

現在の子孫の三代前から、神として祀られるようになり

 

一族は墓を聖所・拝所として、当主が祭祀を執り行っている

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波照間島の祭&祀【4】

2018年07月05日 00時03分21秒 | 日記

  始祖伝承

波照間島富嘉ムラに始祖伝承が継承されている

昔、大昔の島民は道徳心が乱れ

乱れきった世を天の神は罰するため

 

生きるもの、全てを焼き殺す、熱い油の雨(アバーミ)を

降らし全ての生き物を焼き殺した

 

バショーチィと言う洞窟に逃げ隠れた

兄妹だけが生き残った

 

そして、生き残った二人に最初の子供が生まれた

海水で洗うと、ホーブと言う魚になった

 

また、二番目の子供が生まれ

海水で洗うと海のムカデになった

 

それから、二人は洞窟を出て住まいを

ヤグ(富嘉)のミシクに片屋根の小屋を建てて住まいとした

 

その後シライシ(出産の石)の近くで、三番目の子供を産んだ

その子供を清水で洗うと最初の人間の子となった

 

その子供はアラマリヌパーと呼ばれ

波照間島の人々の祖先となった

 

アラマリヌバーとは、新生の女性と言う意味である

アラマリヌパーを祀ったと言われる墓が

保多盛家に言い伝えられている

 

保多盛家はアラマリヌパーの子孫であると言われ

富嘉ムラの宗家とされ、その血筋の女性が代々シカー(司)を

受け継ぎ、アースクワー(阿底御嶽)のシカーとなっている

 

波照間島には十種類の始祖神話が存在している

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波照間島の祭&祭【3】

2018年07月01日 00時02分33秒 | 日記

  沖縄本島では、この神職を「ノロ」と呼び

神に仕え祭祀・神事を司る神職は

宮古・八重山諸島では、ツカサ(司)・カンツサ(神司)と呼ばれ

波照間島では「シカー」と呼ばれている

基本的には女性で、その地位は血縁者によって継承されている

 

ワー(御嶽)と、シカー(神女)は

尚真王(1474~1526年)治世に

すでにあった拝所を整備し御嶽とし

 

祭祀を行う神女を(ノロ)と言う呼称はその時に

神職の正式名称として制定された

 

ノロの頂点とする聞得大君(王の妹)始め

国家的祭祀組織として整備されたものでる

 

石垣に置かれた大阿母(おおあむ)は

八重山諸島のツカサ、シカーの任命権があり

この制度は明治まで存続された

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