人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

波照間島の祭&祀【2】

2018年06月25日 00時00分04秒 | 日記

  祭祀を行う場所を、沖縄本島では「御嶽」

宮古・八重山諸島では御嶽を「オン」

波照間島では「オン」を「ワー」と呼ぶ

 

島には「ウツィヌワー」と呼ばれる「ワー」は各集落には必ずある

この拝所から、集落から遠く離れた場所に「ピテヌワー」と言う

ウヤーン(神)が鎮座すると考えられるワー(御嶽)が

三ヶ所、東側と、南側、南西側に存在し

そこに向かって祈るウツィヌワ-である

 

富嘉ムラにある、アースクワーから、ピテヌワーである

ワトールワーに向かって祈り

 

前ムラのブスクワー・名石ムラのブイシワーからピテヌスワーでる

アバティワーに向かって祈り

 

南ムラのアラントゥワー・北ムラのミスクワーからピテヌスワーである

シィサバルワーに向かって、それぞれ祈願をするのである

 

ワーの構造は、石垣と福木に囲まれた、その中を聖域・神域と考え

この聖域の中に、ソヌーミ(神座)があり

シカー(神女)以外立ち入る事は出来ない

 

奥の正面には、神の依り代である、珊瑚石の、ブーがあり

その前には香炉が置かれている

 

またワーヌヒー(籠り屋)が建てられ

シカーが祭祀の時に待機し宿泊する建物である

 

ウツィヌワーは、常にピテヌワーを意識し

見通す事が出来るようになっている

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波照間島の祭&祭【1】

2018年06月20日 00時02分24秒 | 日記

  波照間島は、沖縄県八重山郡竹富町波照間

日本最南端に位置する島、沖縄本島から南西約400㎞

石垣島から63㎞、面積12.73k㎡、

人口490人(2017年3月末現在)

 

島に人が住み始めたのは、西表島に次いで

二番目に早く、3700年前頃とされている

 

西側にフカ(富嘉)ムラ・中央部にメーシ(名石)ムラと

メー(前)ムラ・東にニシ(北)ムラ・ペー(南)の

二集落で、五つムラが形成されている

 

波照間は、オヤケ アカ八・長田大主などの

歴史に登場する英雄を排出している

 

1500年に、オヤケ アカ八の乱に敗れ八重山諸島は

琉球国の支配下に入った

 

1637年、宮古諸島・八重山諸島にだけに人頭税が導入された

この過酷な人頭税に耐えかねて、ヤグムラ住民、四十人から五十人が

琉球王府の貢納船を奪い、パイパティローマ(南波照間島)へ

脱島したと云う伝承がある

 

波照間は強い信仰深いことで、よく知られている

島内には、ワー(御嶽)と言う拝所が、各集落にあり

住民はいずれかの、ワー(御嶽)に所属し

 

シカー(神女)もいずれかのワーに所属している

このシカーが全ての祭祀・神事を執り行う

 

波照間島には、始祖伝承、プーリン(豊年祭)、シチ(節祭)

ムシャーマ(盆祭)など、年間四十以上の祭祀があり

継承され大切に守り行われている

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与那国島の祭&祀【6】

2018年06月15日 00時01分34秒 | 日記

  マチリ(カンブナガ)は旧暦十月庚申日に

クブラ(久部良)マチリがクラビディリと

ミドゥドウと言うウガン(御嶽)で行われる

 

クブラマチリは外敵・異国人退散を祈願が行われる

与那国島は諸外国からの侵略や海賊の侵入が多かったことから

 

大きな草鞋を作り海に流し、巨人が居るように見せかけて

外敵の侵入を防いだとされて、始まったと伝えられている

 

ウラマチリ(東ムラ)は、辛酉の日に、牛馬繁殖を祈願

ンディマチリ(比川ムラ)は、甲子の日に子孫繁栄・婿嫁取りの祈願

ンマナガマチリ(島中ムラ)は、壬午の日に五穀豊穣の祈願

ンダンマチリ(西ムラ)は発未の日に航海安全の祈願の順で

マチリが行われた

 

全てのマチリが終わると、アンダドゥミ(明へのとどめ)と

呼ばれる儀式が行われる

 

ハイナグのビディリ(霊石)でカンバガリ(神分かれ)

チラクンダでヌチバガリ(主分かれ)を行い儀式は終わる

 

ここでッカブ(司)は神依を脱いで人間に戻り

期間中の禁食・殺傷も全て終わる

 

マチリが終わると、全員で手を繋いで輪を作りドゥンタ踊る

各地域の祭りの終わるたびにドゥンタを踊る

 

現在でも運動会でも必ずドゥンタが踊られる

輪の中には島外の人も入ることが出来

老若男女問わず全ての人が一つの輪の中で

 

ドゥンタ(巻き踊り)をする事によって

島全体が一体である事を体感するのである

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与那国島の祭&祀【5】

2018年06月10日 00時02分06秒 | 日記

  与那国島は古代より受け継がれている

祭りは数多くある中で一番大切にされている

最大の祭りは、マチリ(カンブナガ)である

 

カンブナガとは神の節と言う意味

神が降りてくる、カンヌティ(神の月)の

旧暦十月の庚申日から二十五日間の長期に渡って行われる

 

マチリは奇祭として知られている祭は

与那国島の繁栄を願い島の存続と

牛馬繁殖・五穀豊穣・航海安全を祈願する祭りである

 

ッカブ(司)始め与那国島の人々は、マチリの期間中は

四足の動物の食肉を禁じ殺傷行為も禁じられている

 

マチリは各ムラ事に行われる

ッカブ(司)が黄色の神依を着衣して神人になり

各村のウガン(御嶽)拝所を巡り御願をして行く

 

ッカブが祭事の日時から祈願などを取り仕切る

与那国の、ッカブは現在三人いると聞いている

以前は十人余りいたと言われている

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与那国島の祭&祀【4】

2018年06月05日 00時01分07秒 | 日記

  与那国の、ウガンフトゥティ(豊年祭)は

毎年旧暦の六月以降の吉日に行われる

その年、島全域の豊作を感謝し祝うと共に来年の

五穀豊穣を祈願する、ウガンフトゥティである

 

チマティ(前夜祭)が行われる

ッカプ(司)が、神酒、料理、島で獲れる物などを供え

感謝と来年の豊作祈願を行う

 

十山ウガン(御嶽)を始めに十三のオン(御嶽)に

供えるため、十三の膳が十三回供えられる

 

祈念の後、各集落の旗頭が集まり

棒踊りや舞踊などの奉納、大綱引きが行われる

 

夜には与那国島のウガン(御嶽)の最も神聖とされる

十山オンで、ドゥンタ(巻き踊り)が賑やかに行われる

全員で手をつないで輪を作り踊るドゥタンをする

 

輪の中には島外の者でも入ることが出来

老若男女を問わず全ての人が一つの輪の中で

 

ドゥンタする事によって島全体が

一体である事を体感するのである

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与那国島の祭&祀【3】

2018年06月01日 00時01分09秒 | 日記

  ドゥガヌヒ(海神祭)

与那国のドゥガヌヒは

一年の豊魚や海の安全を祈願する

ウガンハーリ(御願ハーリ)は

ウミンチュ(漁業する人)の最大の伝統行事、神事である

 

久部良ムラが中心になって久部良漁港に

島民総出で毎年旧暦五月四日、盛大に開催さでる

 

ウガンハーリは様々な種目のサバニ(爬龍船)競争が行われて奉納し、

一年の感謝と航海安全、豊魚の感謝を奉じる

 

また、ナーマ浜にある杜に集まり

海上の安全と豊魚を祈願し

その後、奉納相撲大会が行われ海神祭もある

 

与那国島ではドゥガスヌヒの鐘がなると

梅雨があけると昔から言い伝えられている

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