人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

いきる 【2】

2022年03月28日 00時05分20秒 | 日記

  生きる 意味 

 

人は言う 

目的は、元々無い

 

何のために生きるかは

まずは、第一に 

生きる事だと

 

自分で

生きる意味を模索し 

探求し考え

 

目的を形成し

価値を創造すること

 

人生の目的は

自分の人生の目的 を探すこと

 

自分だけの目的

生きる意味を見付け出し

 

目的を見付けるのが

人生の目的である

 

人は言う

人は 自分探しの

旅をしている 旅人だ

 

でも 生きる目的意味は

誰も知らないが 

 

ほとんどの人々は問題なく 

人生を 全うしている 

 

前回の投稿にコメント頂き有難う御座います

               大変励みになります

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いきる 【1】

2022年03月23日 00時04分11秒 | 日記

  命 生きることに

意味があるのか

 

生きる目的は 

何か

 

人は言う

生まれたから 生きている

 

いずれ死ぬのに 

なぜ生きる

 

人は生きて

少々の楽しみと

 

苦しみ

悩み

 

身体を病み

老いて死ぬ

 

人生とは何か

人生の意味とは

人生の目的とは

 

生きる意味を知るために

多くの書物読んでも、

 

また、多くの人々に聞いても

答えは得られないと

 

生きる 

意味 目的は

 

人は言う 

元々と 無いから 

 

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いのち

2022年03月18日 00時04分20秒 | 日記

   命は

与えられた ものと 思っている

 

人は自分の意志によって

生まれたわけでではない

 

人類の歴史は

20万年~30万年とも言われている

 

また、これから人類の歴史は

何万年続くのか

 

人は生まれる年代を

選ぶ事ができない、

 

オセアニア・アフリカ・ヨーロッパ

アジア・アメリカと世界は広いが

 

生まれる場所を

選ぶことができない

 

人種、性別、両親

豊かな家庭、そうではない家庭

 

自分で選択して

決めることができない

 

世界で人は 1分で約156人

1日で約22万人 誕生している

 

日本では1日で 約2、371人

1年では約86万5千人生まれる

 

私達は何のため生まれるのか

 

人は言う生まれた意味と

生きる目的は誰も知らないと

 

昨夜の地震で被災された皆様心よりお見舞い申し上げます

      停電、断水等が早く復旧する事を願っています

           まだ、余震の可能性あるとの事

    これ以上被害が無いことを祈るのみです

 

前回の投稿にコメント頂き有難う御座います

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ルエダ【2】

2022年03月07日 00時04分17秒 | 日記

   日本にキリスト教が伝えられたのは

1549年イエズス会宣教師 フランシスコ・ザビエル一行が

薩摩に上陸したのが日本宣教の始まりである

 

1613年には 35万人以上の人が

キリスト教に改宗したと推定されている 

(現在日本のキリスト教徒 約110万人)

 

だが1613年幕府はキリシタン禁教令を発布し

自由な宣教活動は60年ほどだった

 

禁教政策は 約260年間続き

その期間にキリシタンに対する弾圧

 

拷問や処刑を含む極めて過酷な

キリスト教徒 迫害が行われた

 

新井白石の西洋紀聞下巻付録によると

殉教者は20万から30万人にのぼると記されている

 

ラウレス博士によると史料に基づく計算では4、045人

当時の史料に残らないものが多くあり

実際の殉教者総数は数倍にもなると言っている

 

ルエダ神父は、弾圧に苦しむ

教え導いた信徒を励ますために再度日本を目指す

 

1624年 マニラを出港したが遭難し

八重山、石垣島に流れ着いた

 

そこで宮良ジトゥデ(村長)石垣永将に出合う

ルエルダの熱情溢れるキリスト教の教えを

石垣永将始め 一族は 教えを受け入れた

 

だが キリシタンとして訴えられ 王府の知ることとなり

永将、家族も流罪 財産全て没収 弟 二人も流罪

 

10年後に薩摩藩に知ることとなり

永将は火あぶりの刑に、後に弟二人も同じ火刑

 

ルエダ神父は粟国島へ流罪になり 行く途中に

海に投げ込まれ 殺されたと伝えられている

 

スペイン ドミニコ会 宣教会員

フアン・デ・ロス・アンヘス・ルエダ神父

47歳の頃 殉教

 

嘉善姓家譜 ・ 八重山島年代期 、 薩摩旧記雑録 

ドミニコ会殉教禄 この4つの史料から得た記録である

(年月日は史料によって違いがあるので参考程度に)

 

 

       前回の投稿にコメント頂き有難う御座います

                     大変励みになります

          お礼と返事のコメントしたいのですが

パソコンの不具合で 一人一人にコメント出来ません

   ご理解のほどよろしくお願いいたします

       有難う御座います

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ルエダ【1】

2022年03月01日 00時02分45秒 | 日記

  ルエダとは

キリスト教を1604年から1620年まで

日本で布教

 

1624年から琉球で布教活動を行い

琉球で殉教した人物

 

フルネーム 

フアン・デ・ロス・アンヘレス・ルエダ神父

 

スペインのブルゴス県ブルゴス司教区グィリヤサンディノ村で

1578年に ルエダは誕生する

 

1590年ルエダはドミニコ会の学校で学び

1603年ドミニコ会の司祭となり

グィリャドリドのサン・パブロ修道院にいた時

 

1603年東南アジア、東アジア諸国の宣教のため

ドミニコ会が極東宣教会を設立する事になり

 

ルエダは 宣教教師募集に応募し

メキシコのサント・ドミニコ修道院に行くことになり

ルエダは半年近く滞在した

 

1604年6月に極東宣教本部があるマニラ到着

同地で開催された管区会義で

 

日本宣教を命じられ 

ルエダは28歳頃 日本に上陸したとされている

 

1602年からドミニコ会宣教師は

薩摩藩主島津忠恒に招かれ 長浜に滞在していた

 

ルエダも1604年からここに来て日本語を学ぶ

その後河内町に移り日本語を続けて学ぶ

 

1607年肥前国浜町の教会に神父として赴任

佐賀藩の鍋島勝茂領主の助けもあり

 

布教活動は順調に進み会員は増え

修道院や教会堂建設も実現する

 

ところが1613年

徳川幕府のキリシタン禁止令が発布され

 

佐賀藩もこれに従いキリシタン追放令が出され

ルエダも佐賀を出るが  

 

潜伏しながら九州全域で

信徒を励ましながら 布教活動を続けていく

 

ルエダは活動中、見聞きした事を

ドミニコ会宣教会に書簡や報告書に記している

 

この時期のキリシタン信徒に対する弾圧

拷問や処刑の様子は貴重な 資料となっている

 

ルエダは日本を脱出し1620年12月頃

マニラにあるドミニコ会極東宣教会本部に帰る

 

日本での布教活動は16年間だった

 

 

前回の投稿にコメント頂き有難う御座います

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