人生黄昏時

 老いを心身ともに感じ

  日々の生活で思った事を記す
  

バナナの歴史

2023年03月26日 00時02分12秒 | 日記

     バナナの原産地と世界への伝播

 

バナナの原産地は東南アジア

パプアニューギニアと言われている

 

バナナの栽培は手間がかからず 多収量で

栄養豊富で1年中収穫でき

 

食べても 美味しく

そのため 瞬く間に世界中に広まっていく

 

バナナの伝播は

マレーポリネシア系 

 

民族が太平洋の島々に

移住して行くに連れ

 

太平洋の島々に

バナナは広がっていたとされている

 

また、インドにも伝わり 中東へ 

さらに西アフリカ大陸 大陸の東へと伝播し

15世紀頃にはアフリカ全域広がっていった

 

南米大陸への伝播

大航海時代、アメリカ大陸が発見され

ヨロッパ諸国から移民が始まり

 

バナナの伝播の一つに

奴隷貿易によって

 

彼ら(奴隷)の主食として根付いていた

バナナは南米大陸や

 

南米の島々の亜熱帯地域に広まり

 

世界中の亜熱帯地域を中心に広まっていった

 

日本には

1500年頃琉球国は

東南アジアと盛んに貿易が行われていたので

 

その時期に導入されたと言われているが

確かな記録が無い

 

日本へのバナナの伝播は

1770年頃と推定されている

 (バナナの伝播には諸説あり)

 

 

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バナナ

2023年03月20日 00時00分23秒 | 日記

   バナナは

英語でBanana、学名Musaspp

 

バナナの名称は

ウォロフ語のバナナ(banaana)であるが

 

アラビア語の指をさす意味の

バナアナ(banaana)とする説もある

 

和名では芭蕉

日本では古くから芭蕉と呼ばれ

 

主に日本では

糸芭蕉、実芭蕉、が栽培され

生食用の 実芭蕉が主に栽培されている

 

糸芭蕉は偽茎(樹木)から繊維をとって糸にし

芭蕉布を織るため 沖縄では多く栽培されている

 

よくバナナの木と言われるが実際は 草本で

植物学上 果物ではなく

野菜の仲間に分類され

 

高く木のように伸びた茎のような

部分は偽茎(木)と呼ばれ

 

葉鞘が幾重にも

重なり合っているものである

 

バナナの花(花序)は偽茎の先端から出

1本の果軸の果房(果段)が付き

 

各果房には 7本から20本程の果指から成る

花弁に見えるのは苞葉で

果指の先の部分が本当のバナナの花である

 

果指は一本一本のバナナに成長し

果房がバナナの房と成る

 

偽茎(樹木)に実をつけるのは一度のみで

バナナの根本から吸芽(新芽)が出て

偽茎は自然に枯れてしまう

 

吸芽(新芽)が成長し

バナナの実をつける

 

 

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バナナ 収穫

2023年03月13日 11時36分15秒 | 日記

      バナナ植え付けから収穫まで

 

裏庭に約3坪の土地にバナナを植え

毎年収穫して9年目 今年も収穫する

 

  バナナの苗2021年11月24日植える

    12月20日撮影する

 

  2022年6月2日 成長する

 

   年8月芽株取り除く そのままにしておくと

  小さな庭 バナナの木(仮茎)で占領されてしまう

           1年間に 12本の芽株取り除く

 

 

   9月 バナナの花咲く

 

  10月初め 果実 多く付ける

 

   10月28日 果実付け終わり 花弁 切落とす

 

 

 12月 かなり果実成長

 

   2023年3月12日 熟しかけているので 収穫する

 

 

  全房7房あり 1果房に12本 6,200kgある

 

 

1房 熟していたので試食してみた 美味し

 

 

バナナの木(偽茎)1回のみ 実を付けないので

1本の吸芽を残し 切り倒す

 

      来年5、6月頃収穫予定

 

 

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硫黄鳥島

2023年03月07日 00時00分32秒 | 日記

   硫黄鳥島は

沖縄における最北端の島

 

県内唯一の火山島で硫黄の産地であった

行政区は沖縄県島尻郡久米島町「鳥島」となっている

 

北緯27度線は鹿児島県与論島と

沖縄本島北の端国頭村との中央(海上)が境目

 

硫黄鳥島(いおうとりしま)は

鹿児島県奄美郡島徳之島の西約65㎞

両県の境目より遥か北に位置しているのに

 

何故か

沖縄県島尻郡久米島町に属している

 

それも 北側の国頭郡ではなく

南側の島尻郡に属している

 左下が久米島       赤丸が硫黄鳥島

沖縄県は明治以前 独立国 

琉球国であった

 

中山王蔡渡は明の洪武帝から朝貢するよう迫られていた

1372年に蔡渡王は応じて入貢する

 

南山王承察渡、続いて北山王羽地も1383年に入貢した

硫黄と馬、摺貝など琉球から貢物としていた

 

特に火薬の原料として硫黄が重宝された

この硫黄は硫黄鳥島から採取された物である

 

琉球国は1609年に薩摩藩の侵攻を受け

以後は薩摩藩による 実質的な支配に入る

だが対外的には独立国として存在した

 

そうして 北緯27度線から北側奄美群島は

割譲し薩摩藩の直轄領とした

 

だが硫黄鳥島は琉球国の領地として存置した

明国との進貢貿易を存続させるたである

 

1903年と1959年、1967年の大噴火により

採掘従事者や住民は島外へ移住する

撤退以降 硫黄鳥島は完全な無人島になる

 

久米島に「鳥島」と言う集落がある

硫黄鳥島住人が久米島に

移住した 鳥島集落である

 

第二次世界大戦後も米国軍は

北緯27度線以南を米軍の領土とし

 

硫黄鳥島は沖縄県の存置とした

沖縄県島尻郡久米島町鳥島となっている

 

 

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あんま~

2023年03月01日 00時01分48秒 | 日記

    あんま~(母)

母の生家は400年以上続く今帰仁ノロ殿内(ノンドゥンチ)

今帰仁城跡門前にある400年以前の今帰仁ノンドゥンチ(ノロ殿内)の居住地跡

        現在は御願所(拝所)になっている

 

1609年薩摩藩の侵攻により

今帰仁城は焼き払はれ

 

城下にあった集落も焼き払はれ、400年前

現在の今泊集落に移住したと言われている

 

母は6人兄弟の次女として

1919年(大正8年)3月20日に生まれる

 

19歳の時紡績工として大阪に

22歳の時に結婚

23歳で長男誕生(私)

 

  離婚

三人の子供を連れ生まれ故郷に帰る

当時私は6歳 戦争で沖縄は 焼け野原だった

 

結婚も離婚も2度繰り返し

5男、2女7人の子供を儲ける

 

戦前、戦中、戦後の困難な時代を生き

次男(4歳)、三男(56歳)を 先に送り

 

母は大変な苦労を重ねた

人生を送ったと思う

 

でも、母の人生、

生きたいように生き

 

積極的に行動し  

悔いのない人生だったと 思う

 

2014年3月12日

95歳の時この世の勤めを終えて行った

 

母の遺言で仏壇は設置していない

(母はクリスチャン)

 

今年3月12日9年目の命日

息子家族と墓参りの予定

墓参りは 毎年行っている

 

 

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