爺の世間ばなし

思いつくままのお喋り

親譲りの顔

2010年01月31日 | ブログ

年を重ねるごとに父親の顔に似てきたと親族たちから言われることがある、床屋の大鏡に写る我が顔みれば確かに良く似てきなと思う、一般的に女性は母親に男性は父親の姿になってくるようで、顔に限らず性格も声や動作も似てくる、息子たちの細かい動作の中から時々感じることも。

顔には眉、眼,鼻、口、耳が形は違っても、それなりのバランスで配置され、それぞれが重要な役割を果たしている、良く似た顔はあっても、同じ顔がないので社会生活での混乱もないし、見た目も、特上から並まで色とりどり、お喋り爺も若い頃から給料と顔の話は消極的だったかと。

長年、風雨にさらされ続けた顔、丁寧に見れば年相応にシワやシミで散らかっている顔でも、製作者のご尽力で与えられた世界で唯一の顔、月一回の散髪と毎日の髭剃り、メンテナンスは老いても欠かすことなく続けている、最終日は未定だが


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リュックサック

2010年01月25日 | ブログ

若者から高齢者まで利用されているリュックサック、背中の高いところに背負うのが一般的だが、女子高校生達の背負い方は、みんなお尻近くにぶら下げている、当初は違和感もあったが、見慣れたせいか、最近は可愛らしく見える、正月、女子高校生の孫も、やっぱりリュックサックをお尻にぶら下げてやってきたので、訳を聞けば「ファッションの追及」だと言う。

112日付の夕刊紙面半ページにわたり掲載されたリュックの背負い方についての記事の中でも、1020代は低い位置に30代以上は高い位置に背負う、ファッション雑誌で進められたスタイルで女子高校生ならではのおしゃれ感覚らしいと、孫の言う通り。

10年ほど前から低く背負うようになり、ズボンの腰履き(腰パン)などの流行に伴い広まったという、背負う位置で個性を演出できるのが、リュックの魅力でもあり、重さ2キロ以内で1時間程度なら、どう背負っても体にそれほどの負担はなく見た目重視でOKだそうで、万事納得。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

病院でのひと時

2010年01月19日 | ブログ

昨年9月に両眼の白内障手術から4カ月目の定期検診で漸く点眼薬から解放され、ホッとしたところ、最初の1か月は3種類を一日3回、次の3カ月は1種類を一日2回の点眼、余裕ある日々とはいえ時に忘れることもあったが、次回は4ヶ月後の定期検査、視力の回復で近眼鏡は不要になるも必要になった老眼鏡に慣れなくて。

精算待合席で隣に座ったお年寄りから声をかけられ、年齢を聞けば爺と同い年という、頭が悪くて(神経内科らしい)定期的に受診中とのこと、好きな酒を禁じられたボヤキ話の始まり、子供の頃は食糧事情が悪く、食べたいものも食べられず、この年になって、唯一の楽しみである酒を断てとは死ねと言われたと同じだと繰り返し嘆きの弁。

飲酒で命を縮めるのか、禁酒で長生きしたいのか質問、答えは酒も飲みたいし、長生きもしたいという、別れ際に、「お互い健康に気をつけて長生きしましょうや」と言い残して行った彼氏、可哀そうにと思いながら、愚かな質問をしたなと反省。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お犬様の散歩道

2010年01月13日 | ブログ

朝夕2回、15分程度お犬様の散歩道も運転免許検定コースの如く幾つかのコースが自然に固定されてしまう、途中で出会う見知らぬ人への軽い会釈に反応する人,しない人、馴染みの人との会話等々いろいろ。

時々、お持ち帰りを忘れた、お犬様の粗品をお見かけする、犬種により大きさも量も様々、放置場所によっては処埋してくるが、皮肉にも放置禁止の立て札の前に供えられていることが多いのも、お犬様の習性だろうか。

飼い主が自慢げに、綱を使わずに散歩しているお犬様に飛びつかれたことが、普段は飼い主と離れずに、おとなしく行動していても、時には変身することも想定しておかないと、特にお犬様を嫌いな人のために。

殆んど、しつけなし、ゆとり教育で育てた我が家のお犬様も年を重ねるごとに知恵がつき、家から出る時は素直に小走りで走り出すが、家に向かっている時は、所々で方向変換を求め、足で踏ん張りながら散歩コースの変更を強いられる。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昭和ひとけた

2010年01月07日 | ブログ

昭和に換算すると今年は昭和85年にあたる、昭和元年生まれが84歳に昭和9年生まれが76歳に、戦時下では小中学生か志願兵、今や世間では長老格で新聞おくやみ欄にも毎日お見かけする年頃。

同じひとけたでも、前期の人達は学徒動員、予科練、特攻隊などを体験、後期の人達は学童疎開、旧制中学や青年学校での軍事教練を体験している年頃、爺も昭和20年4月~8月の終戦まで旧制中学で配属将校による軍事教練体験組。

戦闘帽にゲートル姿で軍事教練を受けた12歳の爺、記憶にある教練の内容と言えば軍人勅諭の朗読、敬礼,行進、規律など、中学1年生の孫を見ながら、爺も、こんなに可愛らしかったのかなーと当時の姿を想像したりして微笑みが。

少年時代が戦前 戦中 戦後の混乱期だった昭和ひとけた、個々に体験話を語らせれば無限であろう、爺に辛かった体験を聞かれれば,ただ一つ、白いご飯を腹いっぱい食べたかっただけ、学校では弁当盗難事件が頻繁、爺も一度被害者に。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする