うさぎ学園 多趣味部

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夏休みはここだ!!【特別編】そうだ、仙台に行こう! (その8)青葉城址公園の伊達政宗像は超有名だぞ!

2019-07-26 19:59:03 | 67号室 2018年7月 仙台旅行
青葉城址公園は『仙台城跡』です。


『宮城護国神社』境内でのすずめ踊りを見た後、先に声を掛けて色々教えてくれた方にお礼を言いに行ったら・・・「リクエストがあれば城跡のほうでも踊るよ。」と言うので、城跡のほうに行きました。
っていうか、集団について行った感じになりました~。
するとさっきの方がみんなに声を掛けて・・・すずめ踊りが始まった!!
あ、左のほうに『伊達政宗騎馬像』があるの分かりますか?


この写真には踊ってるYOUが3人写ってますよ~。


いつの間にかギャラリーがいっぱいでした。
そりゃあ、観光地だもんね。
観光地で地元の踊りを見れるって楽しいですね~!
でもまあ、100人いれば考え方も100通り。
このすずめ踊りを「うるさい」と感じる人もいるようで・・・。


さてさて、ここ青葉城址公園・・・青葉城(あおばじょう)は雅称で、本来の名称は仙台城(せんだいじょう)なんです。
ここから仙台の街が見えますよ。


仙台城は、現在の宮城県仙台市青葉区(陸奥国宮城郡)の青葉山にあった城です。
あの石垣・・・凄いです。
登れないように表面がデコボコじゃなくフラットなんだね~。


ここで仙台の街並みを眺めながら記念撮影♪
村下孝蔵の『夢の跡』を口ずさんでいたりして。
・・・階段を登れば街並が見える丘 霞立つ夕暮れの古い都町 風の歌が遠くで 泣いてるように響く 港からは最後の フェリーが離れてゆく・・・ってか。


で、仙台と言ったら伊達藩、伊達藩と言ったら伊達政宗でしょ~。
あれが『伊達政宗騎馬像』です。


政宗の300回忌にあたる1935年(昭和10年)5月24日を中心に、5月20日から26日まで仙台市を中心に宮城県内各地で記念事業が開催されたんですが、この時この『伊達政宗騎馬像』も仙台城本丸に建立されました。


1601年(慶長6年)4月に仙台藩祖・伊達政宗が仙台城(青葉城)に入城した姿を写したものなんです。


実は・・・この『伊達政宗騎馬像』は2代目なんです。


初代の騎馬像は、第二次世界大戦時に鉄や銅等金属の回収で撤去されて・・・というか、撤去ってよりも溶かされて弾丸にされた、っとことだよね。


『伊達 政宗(だて まさむね)』は、出羽国と陸奥国の戦国大名で、伊達氏の第17代当主。
近世大名としては仙台藩の初代藩主でした。


幼名は梵天丸(ぼんてんまる)。
没後は法名から貞山公と尊称されました。
幼少時に患った疱瘡(天然痘)により右目を失明し、隻眼となったことから有名な『独眼竜』の異名があります。


仙台に住んでいた経験がある人は、ここで待ち合わせをしたことがある人が多いんじゃないかな?
デートとか♬
私もまさかここで記念撮影をすることになるとは思わなかったなあ~。


これは『昭忠碑』。


昭忠碑は、明治7年(1874)佐賀の乱以来、西南戦争、日清戦争などに従軍した陸軍第2師団所属の戦没者に対する慰霊顕彰碑として明治35年(1902)11月昭忠会により建立されました。
塔頂部に据えられたブロンズ像は、日本書紀において神武天皇の軍を勝利に導いたとされる金の鵄(トビ)をモチーフとしています。
この巨大な金鵄像は東京にて分割鋳造後、鉄道を用いて仙台まで輸送し当地にて組み立てられました。
又塔中央に掲げられた「昭忠」の銘板は小松宮彰仁親王の揮毫によるものです。
設計制作は東京美術学校(現・東京藝術大学)の河邊正夫(全体の設計)、沼田一雅(金鵄像の設計)、桜岡三四郎、津田信夫(金鵄像の鋳造)ら後に各分野を牽引することになる若き芸術家たちの手によるもので、国内ブロンズ彫刻の最初期の作品にして比類なき大傑作なんです。


ここでも記念撮影☆
フェニックス!!・・・って、トビか。
ん~・・・撮影中に笑われてしまった上にスマホで撮られてしまった・・・。


次回、ショップだ!
お楽しみに!