マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

木津川市吐師・正月迎えの簾しめ縄かけ・丸型砂撒きを終えた大宮神社に満願お礼参り

2024年05月31日 07時57分05秒 | もっと遠くへ(京都編)
この日の午前中は、写真家のKさんとともに、同行取材していた。

これまで、幾たびか訪れては、拝見していた京都府木津川市加茂町銭司の・銭司(ぜず)宮小谷に鎮座する春日神社。

正月迎えに設える砂撒き作業。

氏子たちが、みなそろって整える境内一面に撒く砂の筋。

すべてが格子状態の撒き方だった。

実は、拝見していたのは、砂撒きをした後だった。

平成30年は1月6日


令和3年は1月3日に拝見した格子状の砂撒き。

併せて拝見した勧請縄もまた格子状に編み上げる様式に感動していた


氏子たちの作業は、どのようにされるのか。その状態を拝見したく、写真家Kさんのお奨め取材を了承した。

宮司を勤める中岡宮司は岡田国神社の宮司。

ここ銭司の春日神社も兼務されている、とわかり承諾を得て村行事を取材した。

お昼の食事を済ませて、さて午後はどちらへ。

私が訪れたい神社は、銭司より西方の地にある木津川市吐師(はぜ)宮ノ前に鎮座する大宮神社である。

大宮神社にはじめて訪れたのは、昨年の令和2年の正月過ぎ。

1月10日に訪れた目的は、御田祭の調査
であったが、どなたにも逢えなかった。

ただ、簾型のしめ縄の確認はしたが、鳥居から下して座小屋の床下付近に置いてあった状態。

それだけでも十分な調査になったわけだが、今日は12月30日。

もしか、とすればその簾型しめ縄が拝見できるのでは、と思って車を走らせた。

到着時間帯は、午後1時過ぎ。



な、な、なんとな遭遇である。

簾型のしめ縄も架けているし、神社下の道に、数多くの砂撒きが見つかった。

そのカタチは、すべてが円形から円形をつないでいく形態であった。



この形態は、同じ京都南部の民家の習俗に拝見していた同様の様式である。

取材地は、木津川市山城町・上狛(かみこま)。

平成28年12月31日の取材先はO家

終えてすぐさま取材したご近所のM家もまた同様の円形様式

砂の撒き方は、まったく同じ。

本日、拝見した吐師(はぜ)も同様の円形仕様。

加茂町銭司(ぜず)・春日神社は格子状仕様。

地域が違えれば、仕様も異なる、ということだが、2例だけでは判断できない暮らしの民俗である。

砂撒きの痕跡から、おそらく午前中に済まされたのだろう。



素晴らしき伝統を拝見させてもらった吐師(はぜ)の大宮神社に参拝する。

ふと、狛犬の下を見た視線にあった賽銭玉。



銅貨の十円玉を捧げたのはおそらく参拝者であろう。

本社殿右の建物。

たぶんに社務所と思われるが、軒下から吊っていた果物は干し柿。



熟し具合から判断した干し柿。

そろそろ食べどきか。

あくまで可能性か、の話であるが、この干し柿は、神前に供える鏡餅に飾る縁起物では・・

「中にこにこ睦まじく」の呼称もある10個の干し柿を串に刺した串柿にするのでは、と思った次第。

撮影していたそのときである。

一人の女性が参拝された。



拝礼する前に拝殿前においたお酒。

参拝を終えて伺った女性,Uさんの話によれば、目出度い祝いの奉納。

息子さんが、司法書士試験に合格したお礼である。

母親は、合格祈願に、ここ大宮神社に参拝し、願掛けしていた。

その結果、息子さんが合格した。

つまりは願満お礼に奉納した献酒であった。

そうこうしているうちに、また一人の女性が参拝していた。



その女性、Tさんは高校生。

実は、と話してくれた女高生。

空手の全国試合に優勝したので、お礼参り。

ずっと一人で、大宮神社に参拝し続け、願掛けしていた結果が優勝に繋がった。

ほぼ同時刻に満願のお礼参り。

ここ大宮神社は願掛けの来訪が多い、とみた。



去った跡にみた狛犬・牛像に、小銭賽銭が増えていた。

いい場所に、いい神社。



そして出合えた満願お礼の人たち。

私たち撮影者は、さらに頭を深く下げた。

ところで、砂撒きは何時ごろにされたのだろうか。

砂の乾きは、日陰と日当たりによって異なる。

日のあたる場所であれば、乾きに白くなる。

日陰であれば、まだ水分を含んでいるから、やや黒っぽい。

赤い橋は、おそらく宮前橋。

その前に見えた砂山。

そう、軽トラかなにかの運搬装置によって砂を持ち込み、そこに落とした。

そしてはじめた作業が、同市内の山城町上狛の円形砂撒きと同じように象る。

砂山から運ぶのは一輪車か。

なんらかの運搬道具に砂を積んで運び、所定の位置に撒く。

その状況は、平成28年12月30日に拝見していた京田辺市宮津宮ノ内・白山神社の正月飾りを参考にしていただきたい。

今の時間帯は午後2時。

そろそろ引き上げるが、砂撒きの地は車の往来もある参道の道らしい。



車輪の轍は、赤い橋から北に抜けるまで、ずっと続く痕跡があった。

(R3.12.30 SB805SH/EOS7D 撮影)

美味しい食が届いた④歳暮送りの白謙かまぼこセット

2024年05月30日 07時49分49秒 | もらいもの・おくりもの
遅くなって申しわけない、と贈ってくれた実弟次男からのお歳暮。

おふくろの介護療養に、と贈ってくれたお歳暮は、美味しい食。

これまで、何度も実弟次男が、おふくろに食べてもらいたい、と贈ってくれる。

おふくろも、かーさんも、私もみんな。

3人が揃って嬉しい声をあげる宮城県仙台土産の石巻白謙かまぼこ

詰め合わせセットの蒲鉾は、メインに極上笹かまぼこ。

野菜入りの白謙揚げ。

紅しょうがなんて、関西人なら誰しもぱくつく美味し天ぷら。

そう、ある地域からしれば、魚のすり身でつくった食べ物はさつま揚げ。

ところが、私も含めて関西人なら、天ぷら呼び。

箱入りセットに、いつものチーズ入りミニ白謙かまぼこもある。

晩食の前であろうが、後でもテーブルに出てきたら、ぱくぱく食べてしまう、その旨さが白謙かまぼこセット。

(R3.12.30 SB805SH 撮影)

美味しい食が届いた③3人が続けざまに送ってくれたおふくろへの歳暮

2024年05月29日 07時50分44秒 | もらいもの・おくりもの
16日に届いた箱入りみかん。

ぎゅうぎゅう詰まった甘みの和歌山・有田みかんの送り主は、従妹のきみちゃん。

数回の圧迫骨折の部位はそれぞれ。

その都度に入院加療した医院は、大阪から離れた奈良・大和郡山。

退院後は、大阪居住地に戻ることなく、今では我が家で暮らす安静加療。復帰にデイサービス利用。

本人も諦めた大阪復帰

来年になれば、早々に手配、さまざまな手続きに撤去作業。

気持ち的にも慌しくなるだろう。

その療養期間中、見舞い・面会も、コロナ渦中に動きかとれなかったきみちゃんが美味しい有田みかんを贈ってくれた。

同一日の16日に届いた贈り物は、実弟三男夫妻。



二人も、コロナ禍中に感染したくない、と判断し送ってくれた佃煮などの詰め合わせ。

丹波ぶどう豆に栗甘露煮、どんこ椎茸。

右列に筍の土佐煮、蕗の土佐煮、お多福豆煮。

左列は、昆布巻きにたたき牛蒡、田作りの9品目。

ご飯の友に、または酒の肴に・・

また、数日後の18日に届いた贈り物は、従妹のHちゃんから。

きみちゃん、Yちゃんとともにみな姉妹みたいに・・。

従妹たちは、おふくろから見れば姪っ子。

おふくろの兄、姉たちの子ども。

だから姪っ子。

我が家は、長兄の私に実弟の次男、三男。

男ばかりの3人に、姪っ子たちはまるで娘のように・・・生まれたときからずっと、今も、娘のように・・



贈ってくれた詰め合わせ。

熱いお湯を注いだら、殻容器も中身もみな溶けて汁もの料理になる上等もん。

左上から、紅鮭、湯葉ととろろ昆布、浅草海苔と豆腐、ふぐときぬさや。

中段に、茎わさび、ミネストローネ、緑黄色野菜、じゃがバター。

下段は、梅干、油揚げとほうれん草、しらすと白菜、豆腐と昆布。

ありがたく、3人でごちそうになります。

(R3.12.16、18 SB805SH 撮影)

大晦日の夜は除夜の鐘とともにえび天のせ武生製麺の越前そばを喰う

2024年05月28日 07時47分48秒 | だんらん(正月編)
今年も、もうすぐ除夜の鐘が鳴る。

遠く、さらに遠い寺院が打つ鐘の音が聞こえてきそうだ。

以前は、もっと近くに聞こえていたのでは?

尤も、撮影に撮っておきたい〆の年中行事。

奈良では必ずと、いっていいほどに、除夜の鐘は・・・

東大寺の梵鐘は名鐘(別称”奈良太郎”)。

音色がちゃうで、という人たちも多い。

一度は、撮っておきたいと思って出かけた東大寺の鐘突きは平成19年に

地元大和郡山市の寺院といえば、修行している子どもたちが一休さんの姿で鐘を突く松尾寺がある。

東大寺に続いて平成20年の鐘突き作法を撮っていた


大和郡山市は、もう1カ所。

前段に鐘突く音が聞こえる話をした。

そう、毎年に聞こえてくるご近所の鐘。

市内、柳町大織冠の地にある仲仙寺。

大阪から奈良県大和郡山市に転入し、早くも40年。

毎年の除夜の日に聞こえていた鐘打ちの音色は、仲仙寺だった。

一度は、直に聞きたい。

そう思って、カメラ機材を担いで自宅から歩いた平成27年。

その年の7月に壊れた心臓の大手術。

リハビリを兼ねて歩いた夜


そういえば、年越しの蕎麦を食べただろうか。

今も、猛威をふるうコロナ渦中。

どことも密集を避け、打つ除夜の鐘。

午後の11時45分、自宅で食べていた今年の年越しそば。

前日に買っていた蕎麦にのせるえび天は、冷凍食品のえび天。

ご近所スーパーの奈良店・業務スーパーで買ってきた5本売り850円。

1本が170円のえび天は、小さくもなく、大きなものでもないそこそこの大きさ。



ちなみにご近所スーパーのハッスル5で売っていた特大の海老天は、一尾で199円。

特大も嬉しいが、我が家が求める金額ではない。

年越しそばは、2人前が299円の武生製麺の越前そば・旨味



ハッスル5価格だが、これは買いだ。



冷蔵生麺タイプの生そばに自家製つゆが付いている武生製麺の越前そば・旨味

かーさんが調理してくれたえび天のせの越前そば。



熱いうちに食べやー、と云われてがっつき、しょっつき年越しそばが旨い。

好みの麺に、美味しいそばつゆが旨い。

えび天も上々の味に、家族一同がご満悦。

年明けは、もうすぐだ。

(R3.12.30、31 SB805SH 撮影)

晩酌に食べる酒の肴が旨い吉帝食品の味付けほたて貝にあかにし貝つぼ焼き

2024年05月27日 07時54分11秒 | あれこれテイクアウト
度々、出かけてはなにかと買ってくる旬の駅トドロキタウン売りの食材。

箱入り、500円売りパッケージを見ただけで、これ旨いやろ、と思った”あかにし貝”のつぼ焼き

買ってきた日は、この月の3日。

同時購入に味付け”ほたて貝”がある。



先に食べたのは、そりゃぁ旨いに決まっとるほたて貝。



パッケージから皿に移して食べた1個目の味に、めっちゃ美味いやん。

製造・販売は三重県松阪市・豊原町が所在地の㈲吉帝食品

箸が停まらんほどに旨い味付け”ほたて貝”

内容量は100g。

とろける味に、すぐになくなってしまうがな。

そう思って、数箱買ってきたが、あっという間に消えてしまう旨味、絶品味。

やわらかく調理している味付け”ほたて貝”。



一週間後、”味付けほたて貝”の旨さに、これも旨いだろうと開封した”あかにし貝”のつぼ焼き

あかにし貝は、回転寿司チェーン店でも提供している実績ある貝。

歯ごたえがあるのに、これも柔らかい調理済商品。

食卓の一品に、なんとおせち料理にも一品のお奨め。



ほんま、納得できる味だわ。

ちなみにあかにし貝は、兵庫県の”魚の棚(うおんたな)”に売っていたソレも旨かったよなぁ。

また、伊賀のドライブインやお伊勢さんのおかげ横丁にも売っていたほたて浜煮もめちゃ旨い。

(R3.12. 3、23、31 SB805SH 撮影)

再訪、都祁馬場の老婆の休日に食彩求めて買い物

2024年05月26日 07時56分33秒 | あれこれテイクアウト
願掛け祈願・満願に奉納供物調べに奈良県東部山間の各地を巡っていた。

月ケ瀬月瀬旧松福寺子安地蔵の乳房を拝見し、次に向かった奈良市別所のぬくんど地蔵の草鞋。

次の行先は奈良市南庄町・腰痛地蔵


その道中に出合った小規模的な道の駅?

つい、先月のことだ

売り子は、みな女性。

都祁馬場に住む中高年齢の女性たち。

なん、と。

その売り場のネームが「老婆の休日(ろうばのきゅうじつ)」。

この近くにゴルフ場がある。

そのゴルフ場によくプレーをしにくる男性がドヤ餅を買ってくれた。

売り子女性と会話していた、ゴルフ好きの男性はドヤ餅を食べながら、ふと発した。

ここは高齢者ばかり。

そこから発想したお店のネーム。

名付けた店名が「老婆の休日」。

正式に取り入れた都祁馬場の売り子たち。

看板をあげて売るようになった、とか・・・

立ち寄ったからには、なにか一つでも美味しい食材を見て回る。

店舗を埋め尽くす食材。



もち米に白米粉もあれば、私の大好きなそうめんのふしも。

柑橘類に自家栽培のにんにく。

甘くて美味しいスクナカボチャに人参、野菜などなど。



甘党にはよだれがでそうなつぶあん、こしあん仕様の草餅にだんご餅も。



買ったのは150円売りのそうめんふしとおふくろもかーさんも食べたくなるうるち米でつくったどや餅。

5分搗きのどや餅もあれば8分搗きのどや餅。

あのつぶつぶ食感が嬉しいどや餅。

5分、5分搗きなら半分搗き。

そこから名付けられた「半ごろし」。

おっとろし名称だが、それはそれは美味しい粳米(うるちまい)に糯米(もちごめ)を混ぜたどや餅。

あぁーまた、食べたくなった。

もう一品は、甘党の人なら必ず口にしたい小豆餡を蓬(よもぎ)餅で包んだおやつ。

都祁馬場の隣の村になる荻町の「荻の風」がつくった手造り餅。

ちなみに4分がうるち米を混ぜたそうだ。



何度も足を運びたくなる地産地消のお店。

昨今は、要望を受けて他の地区に出向き、出張販売にも応じているようだ。

なお、「老婆の休日」は、平日が休日のようだ。

まさに老婆の休日であった。

(R3.12.25 SB805SH 撮影)

願掛け祈願・満願に奉納供物調べに各地を巡る②伝えたい民俗の映像

2024年05月25日 07時50分29秒 | 奈良市(東部)へ
短時間に、よぉまぁ動いた一日だった。

昨日の24日は、独り調査に走った奈良県内。

東部山間各地の民俗を拝見していた


帰宅したら、どこか身体も緩―くなり、どっと疲れてぐったり。

一晩、寝込んだ翌朝の今日は、民俗を主に取材、記録している写真家のKさんとともに行動する“願掛け祈願・満願に奉納供物調べ”。

伝えたい民俗をとらえる撮影行脚。

調査対象は、私が以前に取材した地域。

数年間の経過に、民俗のあり方は変化している可能性もある。

現在は、未だコロナの渦中だけに中断、中止はなおさら。

現地に到着するまで、どれほど期待に応えられるか、そればかりが気になる撮影行脚。

意外に見つかった地区の民俗もあったが、逆に・・・

疲れもなく、達成感に包まれた撮影行脚。

その途中に、たまたま出合えた老婆の休日に買い物もした。

さまざまな地の民俗に会話も弾んだ。

南庄町と大柳生のデータをふりかえり。

まずは、昨日に出かけて確認してきた奈良市の東部山間地。

旧月ケ瀬村の月瀬に向かう。

出発地からほぼ1時間弱。

初春に咲かせる月ヶ瀬の梅の花。

大晦日に近い日に、色を求めて車を走らせる。

見つかったこの場。枯れ木にポツンとあった赤い実。

この季節に相応しい自然の営み。

野鳥が喰い遺した渋の落ち柿が冷たい季節に映える。

橋脚に「こやすばし」の名がある橋に向かう。

由緒書きがある旧松福寺子安地蔵に参拝。

そして、事前に確認した願満成就のカタチ。

奉納はずいぶん前であるが、今なお残されていた布製の乳房の所在地に案内した。

拝観、拝ませてもらった奈良市月ケ瀬月瀬の旧松福寺子安地蔵。

すぐさま撮影に取りかかった写真家Kさんは、どの被写体に向けて、どの角度からとらえるのだろうか。

午後1時の光を、どう活かせるか。

技術もカメラ機器も異なれば、映像描写も・・・期待される。

その結果は、翌年の令和4年2月23日から1カ月の期間。

奈良県立民俗博物館・県立大和民俗公園内併設施設の古民家にて展示される「私がとらえた大和の民俗(10)」写真展にお披露目されるだろう。

旧松福寺子安地蔵に奉納された満願のカタチ(※乳房を模した)については、昨日に予備調査をしているので参照されたし。



本日、私がとらえた映像は2枚組。

詳しくは、前日に走った予備調査記事を参照願いたい。



次の調査地は、奈良市別所のぬくんど地蔵。

何年か前に願掛けされた、と推定されるぬくんど地蔵に吊るしていた草鞋を案内。

到着時間は午後1時45分。

数年前に工事を終えて完成した新道ができてからは、車の往来も増えたであろう。

土埃も増えたのでは、と思ったぬくんど地蔵に吊るした願掛け草鞋。

色合い、風合いが、逆に自然体の色をつくっていた。



その地蔵尊の傍に道がある。

別所の里道であるが、ついこの前までは西の田原の里から抜ける伊勢街道。

旧道風情が、旅の雰囲気。

左の新道は、旧き古道に相反する。



曇天の日のこの時間。

辺りはうす暗い。

この場に見た赤い実。



地蔵堂を建てた地は丘のようだ。



その周りを覆い尽くす赤い実をつけた常緑植物は、背丈の低い藪柑子(やぶこうじ)。

千両、万両、百両に続く、愛でたい十両。



もう少しの光があれば、美しさがわかってくれるだろうに・・

次の行先は、奈良市南庄町。

満願お礼の自作横槌(※ヨコヅチ)を収める腰痛地蔵に向かいたいところだが、途中に立ち寄った奈良市都祁・馬場にある老婆の休日(ろーばのきゅうじつ)店

午後2時に着いて、直ちに選んだ数点を購入し、目的地の奈良市南庄町に再びハンドルをにぎる。

そして、午後2時45分。

往路・復路になんども往来するが、たんび、たんびの参拝はなく通過してきた。

今日のような取材でなければ、素通りしてしまう腰痛地蔵。


足、腰、膝の痛みに難儀している人たちがお願いする願掛けに、満願のお礼に何人もの人たちがお礼参りされる腰痛地蔵に奉る横槌がある。

満願のお礼にどなたが、いつ奉納されているのか、さっぱりわからない。

村の管理はそこまでしていないが、年に一度はすべてを綺麗にするため、と溢れている横槌を整理する。

古くなった横槌は供養し焼却処分。

あたらしいと判断した横槌は、埃払いに水洗い。

きれい、さっぱりした横槌を地蔵堂に収めているが、ほぼ一年で、また繰り返す満杯溢れ。

いわゆる民間信仰であるが、後を絶たない願掛け/満願成就のお礼に奉納する優しいこころ。

それは、感謝の気持ちを込めたたくさんの横槌を拝見し、そう思った。

平成28年7月18日。

たまたま走ってきたそこに見た腰痛地蔵の地蔵祭りに急遽、お願いした取材許可をいただき撮影に入った。

当時、取材したブログ記事を参照していただきたい。



この日、私がとらえた映像は2枚組。



記事と合わせて見ていただければ幸いです。

さて、奈良市南庄町には、縄暖簾のように垂らす戸隠神社の勧請縄がある。

今日の目的である“願掛け祈願・満願に奉納供物調べ”から外れるが、この機会に当記事内に纏めておく。

かつて戸隠神社の勧請縄は12月31日にされていたが、現在は近い日曜日。

天気予報によれば、明日の日曜日は積雪になると判断され、本日の土曜日にされたのでは、と思う戸隠神社の勧請縄掛け。

さまざまな地域の地蔵尊を巡拝し、民俗を探る旅にでた。

旅といっても時間的な制約がある。

午後の時間はわずか。

冬至は過ぎたが日暮れが訪れる時間は、遅々として動かない。

走行していた南庄町の集落過ぎたそこに、まさか・・・・・。



緊急停車した車を下りて、てくてく歩く参道道。

走行中に、ちらっと見えた勧請縄は、見間違いじゃなかった。



樹齢数百年にもなりそうな大杉にかけた勧請縄から思いだした平成16年の大晦日に取材していた出来事。

早朝から行われた勧請縄をつくり。

午前中いっぱいかかった縄つくり。

太い縄は、数人が力を込めて撚りをつけて結った。

一年の月数をあらわす12本の簾縄。

つまり、一年間も村を守る勧請縄である。

それぞれに杉、檜、アオキの葉付き枝を括りつける。



太い縄に挿し竹の御幣もまた12本。

一年間に亘って村を守る月数である。

取材を終えたころである。

少し前から降り出した雪。

あれよ、あれよという間に道路に積もった積雪状態。

ノーマルタイヤに、さてどうするか。

雪がやむまでに道路に降り積もった雪は10センチ以上にも・・・。

それから数時間待って車を動かす。

何台も通った車の轍。

外すことなく、そろり、そろり。

途中に見た路上放置の車。

滑った車は路肩にはまったまま。

その数多いなか、なんとか自宅に戻った。

その一部始終は、今でも記憶にある18年前の平成16年の大晦日。

その取材から数年後。

村の人から聞いた勧請縄かけの日。

31日の大晦日前の日曜日に移した、と話していたことを思い出した。

今日25日は、最終日曜日。

そうか、今日の午前中にされたんだ。

その戸隠神社に、本日同行調査していた写真家Kさんとともに参拝する。

と、同時に社殿や境内の様相を撮っていた。

参道を塞ぐ長く紡いだ勧請縄。



土にも届くような長い勧請縄。

奈良県ではほかに見ることがない。

唯一、特殊な事例であろう。

どの方向から見ていても、飽きない勧請縄。

勧請縄に差した12本の御幣が、また美しい、というか神々しい。

勧請縄を潜った参詣道。

奥に坐います本社殿。

朱の色が美しい鳥居をくぐり拝礼。

18年ぶりの参詣にありがたさを感じた南庄町に鎮座する戸隠神社



本社殿に祭神・天手力男命(あめのたじからおのみこと)。

境内社は、並びに若宮神社(伊邪那岐命)・小碓神社(日本武尊)・奥院神社。



いずれも朱塗りが美しく、眩しいほどに耀きが。

可能性として、考えられる要素は、数十年に一度、神社を美しくする造営事業がそうであろう。

東部山間地だけでなく、ここより南寄りの南部地域。

宇陀、吉野でも同じようにされる“ゾーク”事業。充てる漢字は”造営“。

一般的な読みは”ゾウエイ”であるが、どの地域であっても氏子たちは”ゾーク“と呼んでいる。

”ゾーク“の規模は、氏子たちによって決まるが、社殿をまったく新しく築造する場合と、塗り替えに留めるケースもある。

その規模は予算の多寡により、範囲を決める。

いずれにしても氏子たちの総意によって決定される。

奈良県内、十数例を取材してきたゾークのあり方

一例紹介に、奈良市都祁小山戸・山口神社で行われた上棟式をあげておく。

参拝してわかった塗りの綺麗さから、そう判断したがどうだろうか。

この戸隠神社の佇まいにずっと浸っていたい、というワケにはいかない。

ふと、振り返ったソコにみた木の切り株。



苔むす老いた切り株の周りは、神域の雑木がもたらす枯れ葉で埋めていた。

気になるのが、白い塊。



自然観察会でも見たことがあるような気がする大きなキノコではないだろうか。

思いがけなく自然の産物をシャッターに収めて、もどり参道にみた勧請縄。



表から見ても、裏からみてもすごさを感じる勧請縄にさよならした。

今の時間帯は午後3時過ぎ。

まだまだ余裕のある時間帯に、案内したい勧請縄の地がある。

とは、いっても今の時季は、日暮れる時間が早い。

ここ南庄町からほど近い地。

奈良市の大柳生を行先に走った。

大柳生の勧請縄といえば、そのカタチから名付けられたと思われる蛸勧請縄。

そう、大柳生の勧請縄の房は、海に住む蛸。

生のカタチではなく、茹でたタコそのもの。

この日に立ち寄っても蛸勧請縄は見られない。

だから、蛸勧請縄をかける地区がどこであるのか。

同行する写真家Kさんに伝えておきたい現地案内。

大柳生タコの勧請縄探すも記憶が遠ざかりすっかり向かう道を思いだせない。

なんせ14年間の空白にその地・北の川にかけていたときの記憶と合致しない。

南の川も同様。

川に下る道さえ、すっかり失念していた大柳生の勧請縄を架ける地。

少し、はっきりしてきた大柳生の地区中央。

こちらの坂の上では・・・

架ける場は、もうすぐ。

直前に出合えた集落住民の話によれば「大柳生の蛸勧請縄は、元々1月7日だったが、現在は正月月の第一日曜。ただ、正月明けに行われる村行事の新年会が終わってからになる。決まった日の朝の9時から、4垣内(塔坂・大西・西・下脇)の人たちが村の中心地にあたる塔坂集会所に集まって縄つくり。つくったらそれぞれが垣内に戻って所定の位置に架けにいく」と・・

そう、伺った集落は塔坂垣内。

蛸勧請縄は、ここから急坂を登ったところに見られる。

平成20年の1月7日に拝見した塔坂垣内

まさに蛸。

そう、蛸勧請縄である


両サイドに下げた農具を模したミニチュアは、鋤と鍬。

この映像は、著書『奈良大和路の年中行事』の14〜15頁に特集「カンジョウカケ」に掲載

前述した南庄町・戸隠神社の勧請縄など、数点の事例を掲載している。

本日の案内に見失った大西垣内や西垣内の蛸勧請縄は、参考までにリンク先を示しておく。

狭い川堤を探したが、見つからなかった北隣村の坂原寄りの大西垣内

蛸は、不思議なことに逆さかけ

川に下りる道がわかりにくい西垣内の下脇

なぜか、西垣内の蛸も逆さかけだが・・

案内もいよいよこの地で終えたが、見つからなかった映像をとることさえ失念していた。

案内を解散した名阪国道の針テラス。

地産地消の商品をいくつか買って帰路に就いた。

ちなみに、購入した店舗は、つげの畑 高原屋

リニューアルされて、ずいぶん様相を替えられて・・・戸惑う店舗になったが、それはそれ。

好物の食材を見つけたときの美味しい顔。

この日の収穫は、3本180円売りのハヤトウリに140円のレンコン。

何度も食卓に並べる美味しい豆腐。

まさか、ここ針テラスにも売っていたとは・・



ここでは270円売りの吉野山林豆腐店が製造販売しているざる揚げ出し豆腐。

めちゃ旨いおからは、別売り100円であるが、買っちゃった。

ようやく針テラスから離れて西名阪自動車道を西に向かって走っていた。

眼前に迫る夕陽落ち。

時間帯は、午後4時半。

慌ててハンドルを切って流入した高峰SA

奈良平坦地の向こうに見える山並みは葛城山系。

今、まさに葛城山系の向こう側。



大阪湾に沈もうとしていた落陽を撮っていた。

(R3.12.25 SB805SH/EOS7D 撮影)

元気う・DONの牛すじ料理は消えたがミニうどんといなりも旨いんだよな

2024年05月24日 07時46分49秒 | 食事が主な周辺をお散歩
今日も出かける京都・南部地域の民俗取材。

昨日に行われた砂撒きの場は神社だった。

今日は、お家のカドニワにする、と知って出かける。

食事を済ませてから砂撒きをはじめる、と云われていたから、当方も同じようにお昼を済ませて現地入り。

その前に入店した食事処は、昨日と同じ木津川市にある元気う・DON。

牛すじ丼を食べたいが、な、な、なんと丼類がメニューから消えていた。

店員さんの話によれば、このコロナ禍に提供する商品を見直しした、という。

手間の度合いはわからないが、うどん類とカレーに絞ったそうだ。

あの旨かったミニタイプの牛すじ丼がない。

お持ち帰りに牛すじはあるが丼ぶりも金の牛すじカレーに盛る牛すじが消えた。

あの独特のカレーライス。

フォークで食べる金沢カレーも、今はしていない。

悩んだ末に決めた本日の食事は、小食タイプ。

以前も食べていた定番のメニュー。

210円のミニうどんに160円のいなり寿司。



2個入りのいなり寿司はとてもジューシー。



おにぎりよりも私はこっちが好み。

できるなら持ち帰りできれば、と思うほど旨いいなり寿司。



さて、ミニうどんは・・・・味に変化なく、これも旨い。

一杯が210円のうどんなのに麺の量は少なくない。

さすがにうどん鉢はちっちゃいが、中身は思っているよりも多い。

特にだしが美味い元気う・DON

また、くるからね、と店員さんに声をかけたら、うちは年中無休。

今日のように大晦日も、正月もお盆も、ずっと休まずに営業している年中無休の元気う・DON。

そうやったんや・・・

(R3.12.31 SB805SH 撮影)

元気う・DONの持ち帰り牛すじ肉・唐揚げは家吞み晩食の酒の肴

2024年05月23日 07時51分41秒 | あれこれテイクアウト
取材に同行された写真家Kさんも旨いと言ってくれた木津川市で営業する元気う・DON

牛すじ肉は、やわらこうて味も旨い。

特におだしが美味い、と高評価の味覚あじわいをいただいたKさん。

そ、そうなんですょ。

元気う・DONは、牛すじ肉が特別美味いんですよ、と返答した。

なんせ、食事を摂らずに持ち帰りを、幾度か頼んだくらいの牛すじ肉の塊。

うどん、カレー、丼ぶりのいずれであっても、むっちゃ旨い元気う・DONの牛すじ肉

持ち帰ってお家で食べる酒の肴にしても、いちばん旨いメニュー。

あんかけうどんを注文した際に店員さんに手渡した430円の牛すじ券に400円の唐揚げ券。



ほくほく、ぽくぽくする熱々、温かい牛すじ肉に唐揚げ。

そう、元気う・DONは鶏のから揚げも旨し、だ。



お家に持ち帰って今夜の晩食のお友に。

帰りのついでに買ってきたスーパートライアルの赤いチキンフライ。



つまりはレッドホットチキンもまた旨いが、家人は手をつけない。

レッド感がすごいんで、口にしたら悲鳴をあげる旨辛チキンも酒がすすむんだよなぁ。

(R3.12.30 SB805SH 撮影)

元気う・DONの牛すじうどんとあんかけうどん

2024年05月22日 07時37分36秒 | 食事が主な周辺をお散歩
久しぶりに入店した京都・木津川市にある元気う・DON

何度も入店し、その都度に旨い食事を摂っていた。

もし、よければ食事はここでしますか、と銭司の民俗取材をしていた相方のKさんを誘って・・・。

お店の外観に貼っていた元気う・DONのメニュー。

あれぇ、以前とずいぶん違ったなぁ。

品数が少ないし、価格も替わった。

替わってしまったが、味に替わりないだろう。

自動販売券売機にお金を投入して選んだメニュー。

お目当てのメニューがどこの行の、どの列なのか、いつも悩ませる券売機。

ここ元気う・DONのメニューは、どれもこれも美味しいが、私は牛すじが一番だと思っている。



そう、伝えたら、相方のKさんは牛すじうどんを注文された。



食べ終わってから云われた評価は、美味しいですよ、だ。

特におだしが美味い、と高評価の味に完食された。

私の、本日の注文は、冷え切った身体を温めたく、420円のあんかけうどんにした。

熱々のあんかけうどんにたっぷりのせてくれた刻み葱が、これまた旨い。

だしが利いているあんかけうどん。

コシのある麺。

やや太麵が絡んだあんかけが美味い。

つるっと食べたいが、たっぷりのあんが、飛んでしまうから要注意。

そろそろ食べて完食。

美味しいメニューが、私のこころを掴んだ。

(R3.12.30 SB805SH 撮影)