水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百二十六回)

2010年10月30日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百二十六回
「分かりましたよ、課長。そう向きにならなくてもいいです」
「なに云ってる!」
 私は少し意固地になっていた。そこへ早希ちゃんがタイミングよく、割って入った。
「こちらは?」
「ああ…、会社の部下だよ」
 少し偉(えら)ぶって早希ちゃんに説明する自分がいた。云ったあと、なんだか私自身がちっぽけな人間に見え、嫌(いや)になった。
「あっ、僕、児島っていいます。課長にはいつもお世話になってます」
「そうなんですか? 私、みかんの早希っていいます。是非、お店にいらしてね」
 早希ちゃんは児島君にバッグの名刺を手渡しながら、愛想よい笑顔で云った。誰にもこの笑顔かい…と、私は自分がそう思われている訳じゃないんだ…と気づき、意気消沈した。
「ところでさ、君がなぜここにいるんだ?」
 落ちつくと、最初の疑問がまたぶり返した。
「あー、そのことですか。なあに、友達の家がこの近くだからなんです。寄った帰りに神社があったもんで、そういや初詣してなかったなあと思いだし、お参りさせてもらったんですよ」
「なんだ、そういうことか」
「ええ、そういうことなんです」
 私と児島君は顔を見合せて笑った。どうもこれは、玉の霊力による出来事じゃなさそうだ…と思うと、急に私の心は軽くなった。ところがそれは、玉の霊力が児島君をその気にさせた…というのが事実で、私はまだそのことに気づいていなかった。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第四回

2010年10月30日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第四

残月剣のことのみを慮(おもんばか)っていなければならぬ左馬介なのだが、そういった眼の前に映るもので心を擽(くすぐ)られたりすると、自分は未だ駄目だ…と、思えるのであった。廊下を曲がり小部屋へと左馬介は近づいた。ここも、賑わっていた二年も前は、各部屋とも満杯で、ぎっしりと詰まっていたものが、今は蜘蛛の巣が戦(そよ)ぐ部屋の方が多い有様だった。左馬介の使っている小部屋は、そういうことはない。どれほど暇がなくとも、最小限は整える左馬介だった。寝床に布団を敷いて眠ると、久しくなかった足冷えがした。もうそんな候になったのか…と思う左馬介であった。道場裏で夏場にやっていた隠れ稽古も、残月剣の形(かた)が一応の完成を見てからというもの、少し遠退いていた。と云うものの、皆無というのではない。怠れば、未だ盤石とは云えぬ残月剣の腕が萎える恐れがあった。それは取りも直さず、技の冴えを失するということなのだ。それくらいのことなのだが、流石に左馬介には分かっていた。とは云え、もはや技として上を目指すには、他人を交えての稽古でなければ結果が出そうにはなかった。そんなことで、隠れ稽古を怠っているという訳ではないが、遠退いているのである。裏を返せば、それだけ左馬介の剣技が向上して、冴え渡っていることを意味した。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする