水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

雑念ユーモア短編集 (70)蜃気楼(しんきろう)

2024年05月10日 00時00分00秒 | #小説

 我が国ではそうお目にかかれない蜃気楼(しんきろう)と呼ばれる自然現象がある。砂漠などでオアシスのヤシの木などの遠くのものが見える現象だ。
 この男、野畑健一は、旅になど出なくてもいいのにアフリカのとある国へと旅に出てしまった。その訳は、なんとも美味(うま)そうな砂漠のヤシの実を食べる原住民の姿を夢で見たからである。そのなんともジュ~シィ~なヤシから滴(したた)り落ちる樹液・・田所は夢から覚めたとき、口の中が唾液(だえき)でベトついているのに気づかされた。毛布がベチャベチャになっていた。そして、その半分に切り裂かれたヤシの実を口元へ流し込む原住民の姿がどうしても忘れられなかった。野畑のアフリカのとある国へ旅に出たいと思う雑念はその朝以降、強くなっていった。
「課長、十日ばかり休ませていただきたいのですが…」
 気真面目(きまじめ)な野畑が休暇を申請するなどということはまずなかったから、課長の漆戸(うるしど)は驚いた。
「いったい、どうしたというのかね、野畑君?」
「どうもねしやしません。ただ、ふと、旅に出たくなったんです…」
「そりゃ、止めだてはしないけどね。なにせ、君が休暇の申請をするなんてことは、天変地異だからね。勤務年数分だと…君、半年は休める計算になる。ははは…そんな休職するような長期休暇は会社も困るがね。よし、分かった! いつからか知らんが、休暇届を出しておいてくれ」
 野畑は居ても居なくても、そう勤務に支障はない…と瞬時に判断した課長の漆戸は、雑念を湧かすことなく、いとも簡単に野畑の有給休暇を承認した。
 アフリカのとある国へ旅出った野畑は灼熱(しゃくねつ)の砂漠の中にユラめいて立ち昇る蜃気楼を現地人のガイドが運転するジーブの中で見た。ああ、あのジュ~シィ~なヤシの実が食べられるぞ…と思った途端、野畑の車は砂にタイヤを取られて横転した。そのとき夢は覚め、野畑はベッドから転げ落ちていた。すべては野畑が夢で見た蜃気楼だった。
 美味しいものは現実では食べにくいもののようです。雑念は、ほどほどにしましょう。^^

                   完


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