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(登場するストーリーは、全てリアルフォトとノンフィクションのみで綴られています)

南方熊楠、お墓参りと 『南方熊楠顕彰館』。

2015-08-16 19:26:28 | 熊野

和歌山田辺にお墓はあります

 

 

「高山寺」。

 

 

田辺の高台に在る、何万年前からもずっとぽっかりと海に浮かんでいた古い場所です。

 

 

観音堂、真ん中には猿?

 

 

奥まった所には大師堂もありました。

 

 

もちろん、熊楠師は高野山とも深い交流がありました。

 

 

墓地に向かうと、

 

 

昭和天皇が、これまでに唯一個人名を挙げて熊楠を詠んだ句です。

当時、粘菌研究をされていた皇太子殿下は、

その第一人者の熊楠師に、昭和天皇陛下となられた直後に軍艦に乗って神島に会いに来られる事になります。

熊楠師が陛下にマッチ箱で粘菌の標本をお渡した話は有名で、

熊楠師にとっては、奇跡が起きていた事と想われますが御付きの者も不謹慎と想う中、

陛下は、研究者の誠意として大変感動されたという事です。

 

 

そして師はこの地に眠られています。

 

 

定番の、田辺海鮮「銀ちろ」で刺身を喰らい、

 

 

【南方熊楠顕彰館】へ、

 

 

熊楠が世界旅行を終え、田辺に居を構えた住いが今もそのまま残っています。

 

 

まだ住んでる感じがします。

 

 

羅に藻を生やしたといわれる、

有名な竜宮城の蓑亀の標本。

何匹もいて、熊楠亡き後もずっと生きていた様です。

 

 

膨大な粘菌のスケッチ、

 

 

酒呑みの先生には、

土間のこのセッティングが必須でした。

 

 

語り部の方が沢山いろいろ教えてくれました。

この引き出しにも、発明好きな師の便利なひと工夫が施されています。

 

 

井戸もそのまま・・・

 

 

シダが植えられ、

 

 

軒下を進んで行くと、

 

 

居間にも生活の匂いが・・・。

 

 

そして広い庭、

 

 

その庭で、新種の粘菌を発見した柿の木です。

 

 

書斎。

 

 

冬も裸で寝っころがって研究を続けたといわれています。

 

 

新しい「顕彰館」と旧家屋。

 

 

納屋にも膨大な資料のデータが残されていました。

 

和歌山が胸を張って、

今も世界に誇れる知の巨人です!

 

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