ダイヤモンド編集部 岡田 悟:記者
経済・政治 Close Up
2020.5.14 5:32
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「全庁横断型で一つのサイトに(新型コロナウイルスの情報を)一元化すること、そしてデータ中心で見せる」――。“爆速経営”で鳴らしたヤフー前社長の宮坂学副知事の意気込みは空回り。東京都で発覚した新型コロナウイルス感染者数の111人分もの報告漏れは、手書きやファックスによる超ローテクな集計の結果だった。だが、多忙を極める保健所や都の担当者ばかりを責められまい。自己アピールに血道を上げる小池百合子知事や、都庁全体の“IT革命”を任された宮坂副知事は一体何をしていたのだろうか。(ダイヤモンド編集部 岡田 悟)
月刊誌に寄稿して都のサイトの見やすさを自賛
都と保健所の業務改善とは無縁の宮坂副知事
都と保健所の業務改善とは無縁の宮坂副知事
東京都副知事「感染症 VS. IT」戦記――。月間総合雑誌の「文藝春秋」6月号に、こんな寄稿をしたのは、ヤフー(現Zホールディングス)の社長を退任後、昨年9月に東京都副知事に就任した宮坂学氏だ。
日本の行政機関はIT化が進んでいないと従来から指摘されており、東京都庁も例外ではなかった。次世代通信規格の5G対応などを担うため、小池百合子知事に請われての鳴り物入りの就任だった。
宮坂副知事は新型コロナウイルスをめぐる対応で、都のウイルス情報サイトの取りまとめを指揮。PCR検査の実施件数や陽性者数をグラフで示すサイトをわずか1週間で完成させたのだという。
またGitHub(ギットハブ)上にサイトのソースコードを開示し、他の行政関係者らが同様のサイトを作成できるオープンサイトと呼ばれる手法を採ったことも話題を呼んだ。宮坂副知事がヤフー時代に掲げた「爆速経営」をもじって「『爆速開発』世界が称賛」と、文字通り称賛する記事もある。
ところが――。
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累計111人の報告漏れ、35人の重複はなぜ起きた
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都は5月11日、PCR検査で判明した新型コロナの感染者数について、3月22日から5月6日までの間に累計111人の報告漏れがあったと明らかにした。またこれとは別に、35人について重複して人数を数えていた。このため、都は差し引きで計76人について、5月10日まで実際よりも少ない感染者数を公表していたことになる。この集計ミスで宮坂副知事肝いりのサイトにも誤ったデータが表示されていた。こちらは12日までに修正されたという。
なぜ、こうした問題が起きたのか。都福祉保健局感染症対策課によると、PCR検査の結果は、検査を実施した医療機関から23区などの保健所に報告され、そして保健所から都に送られる。その際、結果を紙に書き込んでファックスで送るという、“爆速”とは程遠いなんとも悠長な手法が採られていたのである。記入用紙には一定のフォーマットがあったが、手書きで記入されたケースもあった。
ファックスを使用すればままあるように、送信エラーで送ることができていないのに気付かなかった、などといった事態が111人の報告漏れにつながった。また35人の重複については、都の担当者がファックスで送られた紙のデータを見誤って集計したことが原因だった
誰もが知る現場の多忙と混乱ぶり
都は「保健所は都の部局ではない」と回答
都は「保健所は都の部局ではない」と回答
国内外では現在、外出禁止や自粛からの「出口戦略」をめぐり議論が交わされている。国内ではただでさえPCR検査数が少ないことをめぐって百家争鳴状態だが、感染者数の正確な把握が出口戦略の重要な判断基準となる。そもそも感染者数を間違いなく把握し、公表するのは行政の重大な責務であることは言うまでもない。
今回の感染者数の報告漏れや重複の一義的な原因は、各保健所や都の担当者のミスによるものだ。しかし、彼らだけを糾弾するわけにはいかないことは、多くの都民がすでに知っているはずだ。
というのも、国内で本格的な感染拡大が顕在化した3月下旬以降、全国の保健所にはPCR検査を求める電話が殺到し業務がパンクしていると、新聞やテレビでこれでもかというほど報じられてきた。
加えて過去の保健所そのものの統廃合や、人員や予算を削減された状態で、職員は昼夜を問わず多忙な業務に追われていた。どんな人材であれ、ヒューマンエラーが起きない方がむしろおかしい状態であったことは容易に想像できる。都の感染症対策部門も同様である。
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「なぜもっと早くデータベースを活用しなかったのか」
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「全局長が出席する対策本部会議で、小池百合子知事から『広報を強化しましょう』と提案があり、ついては、私に担当してほしいと直接話がありました」――。宮坂副知事は、冒頭で紹介した都のサイトの制作のきっかけとなった2月26日の新型コロナの対策本部会議の模様を、寄稿の中でこう振り返っている。
そして「このサイトが注目をいただいた要因は、『陽性患者数』や『検査実施人数』『検査実施件数』などが一目でわかるグラフの見やすさ、わかりやすさだと思います。『日別』と『累計』のボタンをクリックするだけで、グラフが入れ替わり、視覚的に推移を理解できるところは当初から、歓迎されていました」と自賛している。だが、元のデータとなる数字が誤っていれば、いくらグラフの見栄えが良かろうが何の意味もないし、誤った情報を拡散するだけだ。
さすがに保健所から都への報告の方法については5月12日以降、データベースに入力する仕組みに切り替えた。ある都幹部は「なぜもっと早くデータベースを活用しなかったのか」と不満を示す。
鳴り物入りで都庁内の”IT革命“を担うはずだった宮坂副知事。情報サイトの作成に当たって「私が最初に考えたのは、部局ごとに発信したのでは全体像がつかみにくいものになってしまうので、政策企画局を中心として全庁横断型で一つのサイトに一元化すること、そしてデータ中心で見せることでした」と振り返っている。
全庁横断型を目指すのであれば、サイトの見栄えやIT業界の評判だけでなく、なぜ多忙を極める都の感染症対策部門と保健所のやり取りを改善することに意識が回らなかったのか。都政策企画局政策調整課はダイヤモンド編集部の取材に「保健所は都の部局ではない。ご意見として承る」と回答した。
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自己アピールの果てに記者会見で“けん玉”
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自己アピールの果てに記者会見で“けん玉”
コロナをきっかけに築地再開発の先送りに成功
コロナをきっかけに築地再開発の先送りに成功
もっとも「広報を強化しましょう」の有言実行、初志貫徹ぶりがあまりに際立つのが小池知事である。
朝夕の入退庁時の都庁2階でのぶら下がり会見、毎週金曜日の定例記者会見以外に、時にはスーパーでの買い物時の注意事項を伝えるといった、緊急性に疑問符がつく内容を含む頻繁な緊急記者会見と、メディアへの露出だけは“爆増”している。小池知事自身が手洗いなどを求めるテレビCMも目に付いた。
加えて、YouTubeで夕方に始める「ライブ配信」では、当日の感染者数を読み上げNHKの首都圏ニュースでその模様が速報される。自身が日々、読み上げる感染者数の集計方法の把握と改善に思いは至らなかったのだろうか。感染者数の報告漏れを公表したのも、5月11日のライブ配信だった。
ただ、ライブ配信の場では記者が質問することはできない。小池知事は同日夜の内閣府が入る建物でのぶら下がり会見で、新型コロナの抗体検査と抗原検査に取り組むと突然ぶち上げて、集計ミスの件をけむに巻いた。
また感染者の集計ミスを都が公表する3日前の5月8日の記者会見では、玩具の業界団体から新型コロナのホテルでの療養者向けに寄贈されたとして、突然けん玉を取り出したことも記憶に新しい。もちろん、新型コロナはこのような空疎なパフォーマンスや広報戦略で乗り切れる問題ではない。
小池知事は、東京五輪の延期をめぐって安倍晋三首相を抱き込み、不倶戴天の敵である都議会自民党会派を抑え込むなど、新型コロナをむしろ政治的に利用している節さえある。
さらに5月5日の記者会見では、当サイトが昨年、記事『小池発言を“新旧対照表”で検証、「築地は守る」の変質とごまかし』で指摘したように詭弁に詭弁を重ねるしかなくなった築地市場跡地の再開発計画について、その手続きを「当面休止」すると明言した。小池都政の“鬼門”ともいえる市場問題の弥縫策を、新型コロナを奇貨として先送りすることに成功した瞬間だった。
5月13日の東京都内の新型コロナ陽性者は10人と、政府が緊急事態宣言を出してから最少となった。このまま減少すれば、小池都政の成果として7月の知事選で大いに喧伝されることになるのだろう。だが、これまでに生じた問題は決して見過ごされるべきではない。