とおいひのうた いまというひのうた

自分が感じてきたことを、順不同で、ああでもない、こうでもないと、かきつらねていきたいと思っている。

『イラクとアメリカ』酒井啓子氏著をざっと読む  1

2008年01月31日 16時26分03秒 | 地理・歴史・外国(時事問題も含む)
序章 「テロの背後にはイラクがいる」
 
    もうひとつのWTC
「世界貿易センタービル(WTC)の爆破事件は、かってなく野心的なテロリストの攻撃であった」と、アメリカ出版のある本は、こういう言葉で始まる。2001年9月の事件のことではない。1993年に起こった同ビル地下駐車場の爆破事件のことである。その後、この本の著者は、以下のように続ける。
 「もしこの試みが計画通り成功していたら未曾有の死者と破壊をもたらしていただろう......なぜならノースタワーがサウスタワーに倒れ掛かるように計画され、しかもノースタワーには青酸カリが仕掛けられていたからである....さらには、実行犯の一人はその後、12機のアメリカ民間航空機の爆破を計画していた」
 あたかも9・11の同時多発テロを予言したかのようなこの本『報復の研究』は、アメリカのイラク研究者のローリー・ミルロイ女史が、2000年に発表したものである。彼女は読者を一つの結論に導こうとする。「事件の背後にはイラクがいる」
 ミルロイ女史の指摘は、1993年の爆破事件参加者のパスポート真偽、クウェイト生まれのパキスタン国籍となっている彼のパスポートは、イラクで改ざんされたものであり、イラクがクェイトを占領している間に出来たはずだと言うのである。他の実行犯が頻繁にバグダードに国際電話をしていることなども、「全ての指がイラクを指している」ことの一例だとする。
 彼女は、そのことを軽く処理したクリントン政権を厳しく批判し、WTC爆破事件以降の一連のテロは決して(イスラーム原理主義者)の「新しいテロリズム」などではなく、「むしろサダム・フセインが仕掛けた」「新しい戦争だ」と言うのだ。
 「新しい戦争」という意味では、2001年のブッシュ政権は彼女の主張通りの行動をとったと言えよう。だが彼女の「イラク犯人説」は期待したより取り上げられなかった。1993年にはクリントンに無視されたし、「9・11」事件の時にもイラクの直接の関与が疑われることはなかった。1995年のオクラホマ爆発事件までを「イラク発」とするに至って、アメリカ政権筋の信用を失ったと言われる。

       湾岸戦争の遺恨
 なぜ、こういう「イラク陰謀説」が、アメリカで常に浮上するのだろうか。湾岸戦争で徹底的な攻撃を行いイラクの軍事力を破壊しつくしたにもかかわらず、なぜ常にイラクが再軍備してアメリカを攻撃対象にする、と思うのだろうか。
 むしろ、各種専門機関は、イラクの再軍備にさほど警戒視していないものも少なくない。
 にもかかわらず、常に「イラク脅威論」を持ち出すのは、湾岸戦争の時にイラクのフセイン政権をつぶし損ねた、という意識、そしてつぶし損ねたフセインが報復しにやってくるのではないか、という意識をアメリカの政治家たちが強く抱いているからに他ならない。フセインが生きのびている限り、湾岸戦争は終わっていない。
 ある意味でアメリカの危機感は正しかった。サダム自身がやってくるからではない。サダム・フセインが戦った未完の湾岸戦争は、彼の意図にはかかわらず、さまざまな「フセイン的なるもの」を生み出したからだ。
 93年のWTC爆破事件に代表されるように、アメリカを直接攻撃対象としたテロ事件は湾岸戦争以降増えている。アメリカの恐れる対米テロの背景に、湾岸戦争の影響があることは確かであろう。例えば、サウジアラビア生まれのビン・ラーディンが強い反米感情を抱いたのは、まさに湾岸戦争に米軍がイスラームの聖地たるサウジアラビアに駐留したことに反発したからに他ならない。 

        冷戦の遺産
 それではなぜ、「アメリカにとっての脅威」が中東の地に生まれることになったのか。なぜイラクのフセイン政権がアメリカの敵とし、「手に負えない」存在になっていったのか。一つの答えとして、冷戦期のアメリカの対中東外交がそれを生み出したからだ、といえる。
 第二次世界大戦以来、中東、特にペルシャ湾岸地域は、アメリカの対外外交にとっては再重要地域の一つであった。冷戦時は、アメリカは直接出ていかないという方法をとっていた。イスラエルとシャー時代のイランという強力な「代理人」の存在に安心していたのだろう。アメリカが最も守るべき最大の産油国サウジアラビアがイスラームの聖地を抱えているという特殊性に配慮したことにあるかもしれない。いずれにせよ、アメリカは中東地域のみならず途上国全般を親米・親ソの二つに分類して、そこでおこる紛争を二極対立で解釈し処理しようとしてきたが、それは「冷戦」という二極構造のなかでこそ、可能だった。
 だが、少なくとも中東における紛争構造の根幹にあるものは、そうした米ソ二極構造に回収できるものではなかった。それをむりやり冷戦の枠組みに押し込めていくことで、アメリカと中東諸国の二国間関係に矛盾が生まれることになった。その異なる二例が、イランとイラクである。イラン革命で成立したイランの「イスラーム政権」が、「西でもなく東でもない」道を目指したのに対し、アメリカはその「反米性」に激しく反応し、これを国際的に封じ込める政策を取った。一方イラクについては、70年代まで「親ソ」として敵陣に追いやっていたにもかかわらず、この「反米」イランの封じ込めのため、イラクを「親米」の枠組みに取り込み、対処しようとした。が、その枠にイラクを収めることができなかったゆえに、湾岸戦争が発生したのだと言える。
 イランとイラクの二国は、米ソ二極対立のゲームのルールでは対処できなかった二国ということになろう。
 だがイラク問題は、イランのイスラーム政権のようにアメリカ的ルールにそぐわなかったことにあるのではない。逆にアメリカがイラクに対して適用してきた「親米・反米」の二項対立を、逆手にとってイラクが利用してきたことに、問題の根元がある。この域内でイラクを軍事大国化させたのは、アメリカを含む欧米先進国に他ならない。また「イラン・イスラーム革命の輸出」に対抗するためにイラクを盾にしたのは、親米湾岸産油国に他ならない。

   サダム・フセインとビン・ラーディン
 イスラーム主義者であるビン・ラーディンと、世俗民族主義であるサダム・フセインの間には、共通項はない。だが、サダム・フセインの「アメリカを含む西側諸国が作り上げたモンスター」という像は、そのままビン・ラーディンにもあてはまる。ビン・ラーディンは、アフガニスタンでソ連軍と戦い、イラクのフセイン政権はイラン革命政権と戦ったわけだが、両方ともアメリカが自らの敵に対抗するために利用した地域勢力であるという点では、両者は同じ位置に立つ。
 ビン・ラーディンにせよ、フセインにせよ、本来自分の「地域」紛争を戦っていたところに、アメリカは独自の利害に基づいて彼らを起用し、否応なく二極対立構造のなかに組み込んだ。その結果、彼らは単なる「地域勢力」以上の存在となり、国際紛争における過大な主体として浮き上がったのである。
 さらには、彼らは次の点についても同じ志向を持つ。それは超大国アメリカにただ一人、怯みもせずに立ち向かう、という態度をポジティムなイメージとして打ち出している点である。アメリカの攻撃にも屈せず、「殉教」の道も辞さない――。湾岸戦争下に見た光景を、10年後に人々は再びアフガニスタンのビン・ラーディンに見ることになる。
 アメリカと軍事的に直接対峙するという方法もまた、湾岸戦争によって生まれたものである。アメリカに対して敵対的な政策や民衆行動が展開されることは、中東諸国においては日常茶飯であった。だが、それは、アメリカがイスラエルを支援しているとか、自国をアメリカが間接統治していると考え、その象徴としてのアメリカの出先機関を攻撃したりする方法が主であった。
 つまりアメリカと対立する争点は、あくまでもその国の内部や紛争が生じている一定の地域という、限定された「領域」を離れて存在するものではなかった。
 だが、フセイン政権が湾岸戦争のなかで実現しようとしたものは、自らが統治しているイラクという国への物理的被害を甘受してもなお、アメリカに臆することなく対峙する、という態度を貫徹すること、そしてその姿勢を世界に知らしめることであった。イラク・湾岸地域の紛争の領域的利害を、アメリカを相手にしていく過程で飛び越えて、より国際的な舞台で「英雄像」を身にまとうことを目指したのである。
 フセインの国外に支援基盤を求める方法は、単純化して言えば、国家と国民の相互関係の不在のなかから生まれてきたものだと言えよう。
 一方ビン・ラーディンは、サウジアラビアという政治活動を一切認めない体制から「国籍剥奪」という措置を受けることになり、国家に帰属しない個人として、国際社会に浮遊することになった。
 だがこうした個人や国家は、最初から社会と切り離されていたわけではない。イラクのフセイン政権もまた、最初からイラク国内の利害を無視してアメリカを攻撃対象としてきたわけではない。では、なぜ、アメリカに「モンスター」視される存在が生み出されてきたのか。本書は、イラクの現代史を対米関係を軸に見ていくことで、アメリカの作り出した中東世界での諸矛盾を浮き彫りにしていきたい。

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