狐の日記帳

倉敷美観地区内の陶芸店の店員が店内の生け花の写真をUpしたりしなかったりするブログ

芍薬(シャクヤク)その7。

2020年05月11日 23時42分23秒 | お花に関する日記
 本日5月11日は、コンスタンティノポリスがローマ帝国の首都となった日で、大津事件が起こった日で、3日前に破綻したオーストリア最大の銀行クレディット・アンシュタルトが取引を停止した日で、満州国とモンゴル人民共和国の間に軍事衝突が起こった日で、民間人1300人以上が乗った客船大洋丸が米潜水艦の雷撃により沈没した日で、連合国軍が京都御所を空襲した日で、ブエノスアイレスに潜伏していたアドルフ・アイヒマンがモサッドによって拉致された日で、松浦輝男・植村直己がエベレストに日本人で初登頂した日で、足尾鉱毒事件で公害等調整委員会の調停が成立して古河鉱業が初めて鉱毒事件の責任を認め被害者に補償金を支払った日で、無限連鎖講の防止に関する法律が施行された日です。

 本日の倉敷は晴れでありましたよ。
 最高気温は二十八度。最低気温は十三度でありました。
 明日も予報では倉敷は晴れとなっております。



  上の写真に写っているお花は、「芍薬(シャクヤク)」です。

 芍薬のお花に関しては、2019年5月2日の記事2018年5月5日の記事2016年5月13日の記事2013年5月18日の記事2010年6月7日の記事2009年5月6日の記事もよろしかったら御覧下さいませ。
 2019年と2018年と2016年と2013年と2010年と2009年の芍薬のお花です。



 芍薬のお花の花言葉は、「恥じらい」或いは「はにかみ」です。

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作品というのは考えのデスマスクである。

2020年05月11日 11時33分46秒 | VSの日記
 絵を描いてみよう。そうしよう。と、ふと思ってしまい、描き始めてみたのです。
 んで、例の「あれ」を題材にしてみようと思ったのです。
 描き始めてみて「この題材は思っていたよりもはるかに難しいじゃん。めっちゃ難しいじゃん」となってしまったのです。
 3本足でしかも魚の鰭みたいな足……。
 鱗だらけの躰……。
 「あれ? これはどのように書けばよいのか?」となってしまったのです。

 それでも、資料を集めて、描き始めたのです。
 お仕事の時間以外の殆どを費やしてがりがりと鉛筆を走らせたのです。
 現在、パソコンで彩色作業中。
 楽しい。楽しすぎる……。
 まぢで食事の時間や睡眠の時間が惜しい。







 本体の彩色が一応完了。
 背景の彩色を終えた後に微調整をする予定。
 背景は波型と水泡以外の余白の部分の処理に迷っている。
 ノープラン。
 海の中のイメージなのだが……。
 手前を暗く中心を明るくしたいというイメージがあるのだが……。
 イメージを具体化する方法論が見つからない……。



 波型と水泡と影の部分の彩色が終了。
 本体にも微調整を行っている。
 背景の余白の部分は何も思いつかない。
 これはこのままで良いのではないか? 
 そして、これ以上、手を加えても良くなるイメージがわかない。
 イラストが上手い人はもしかするとこの段階からさらに手を加えていくのかもしれないが、私はもはや何も思いつかなくなった。
 嗚呼。終わった……。
 ここで終了。
 完成です。




 イラストを描くという習慣がほとんどなく、超初心者ではあったのだけれども、描いてみると面白かったし楽しかった。
 勿論、出来は満足のいくものではない。
 しかし、満足のいくものではある。
 現状で、イラストを描くことに関して超初心者である私が全力で持てる力を全て使って描いてみた結果は、満足のいくものは描けない、という結果であったことが満足のいくものであったと言える。
 何より、楽しかった。
 この楽しかったということが分かったことが満足であるともいえる。


 「アマビエ様」を描くという課題ならば、この絵は不合格だろう。
 例えば、学校の美術の課題ならば、「この絵はアマビエ様っぽくない」という点で大きなマイナス評価となるだろう。
 頭身のバランスの問題は最後まで悩んだ。
 人を描くならもっと足を長くしなければならない。
 この頭身にしたのは理由があるけれども、説明が要る時点で表現しきれていないということになる。
 足先が異様に長いのも理由があるのだけれども、同じく説明が要る時点で表現しきれていないということになる。
 目の周りの模様に関しても、同じ。

 そもそもが描き始める前の準備が圧倒的に足りなかった。
 一応、準備をしたつもりだった。
 しかし、全く準備が足りていなかった。
 それ故に的を外し続けた。
 意図が明確になっていなかった。
 漠然と無意識で描いていた。
 どこにも存在していないものを描くなら描く前にくっきりとイメージを固める必要があった。
 その上で描くのに難しいと感じる部分を先に練習しておく必要があった。
 彩色に関しても、きちんと考えておく必要があった。
 せめて、何を使ってどのような塗り方をするのか? それくらいは先に決めておく必要があった。
 段取りは重要である。

 
 顔は最後まで安定しなかった。
 先に、「何歳くらいに見えるのか?」、「どんな表情に見えるのか?」、「どんなことを考えているのか」、くらいは考えておくべきだった。
 ほぼ何も考えずに描いていたので、描く度に顔が変わってしまう……。
 頭身のことを考えるのならば、デフォルメしたフォルムを考えるべきだったし、「何歳くらいに見えるのか?」は非常に重要な要素であったにもかかわらず、線画が完成するまではそのことに気が付いていなかった。
 例えば、




 以前、線画を描いた中で最も幼い顔に見えるリテイク26修正1を更にラフにではあるが修正した上の絵の方が、アマビエ様っぽくないか? 
 アマビエ様の絵という意味ではこちらの方がよかったのではないか?
 勿論、これはこのままではまだ使えない。
 上半身にレース模様の入ったドレスを着せてみた。
 でも、レース模様をどのように描いてよいのか分からない。
 他にもいろいろ問題はある。
 しかし、こちらの方がアマビエ様っぽい。ような気がする。

 つまり、線画の最終稿を決定する際の吟味という点でも甘かったような気がする。


 まあ、これはもう過ぎたこと。
 振り返るとあんな作業工程で彩色はマウスを使って一応とはいえよく完成まで持って行けたものだ、と自分で驚いてしまう。
 その点は評価しても良い、と思う。
 色々と反省点を見つけたし、現時点で出来ることと出来ないことも分かったし、ほとんどしたことがないことをしてみて自分の性格が改めて今更ながら分かったこともある。
 何より楽しかった。



 では、最後に現在の状況の終息の祈りを込めて、拙いながらも一生懸命描いてみたアマビエ様の絵を大きい版で貼ってみよう。
 色々とバレて恥ずかしいのですが、これが現在の私の精一杯であります。
 御笑覧ください。







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