郷土教育全国協議会(郷土全協)

“土着の思想と行動を!”をキャッチフレーズにした「郷土教育」の今を伝えます。

私の重大ニュース (1)

2024年12月31日 | 日記
①「能登半島地震」

これが起きた時、都内の某所で呑気に「一人新年会」していました。

実は、職場の同僚が、能登地方に帰省してることを知っていたので、安否が気になり、すぐにメールで連絡したのですが、音沙汰なく。

翌日、職場に行くも、管理職はもちろん、誰も学校には来ず、仕方なく、私が学校からの電話連絡で安否確認するものの、留守電サービスのまま。

さらにその翌日になり、本人から無事のメール返信があり、安心しました。

結局、無事ではあったものの、停電により、携帯の電源維持のため、能登から無事に離れるまでは、電源をきっていたとのこと。

ともかく、始業式の日(6日)に無事に出勤してくれた時は、本当にうれしかったです。

その後、地震発生時の生々しい体験を聞くことができました。

後日談ですが、本人の帰省先の自治体に、「ふるさと納税」をして、支援になればいいなと思いました。




②「水戸ホーリーホック」

これは、サッカーJリーグのチームです。

実は、前の成田市の職場で出会った当時の児童が、選手として2025年から、同チームに入団することになりました。

そのことを、2023年の大晦日に、チームがアップして、それ以降、情報をチェックしていたのですが、いよいよ、どんなチームなのか見てみたくなり、2月24日、開幕戦を見に行きました。

そうしたら、チームは試合に勝つし、選手やスタッフの人柄に触れて、一気に「推しチーム」になりました。

水戸に通うこと、11回。千葉で1回、通算で12回、私が観戦したJlリーグの試合は「4勝4敗4分」でした。(チームは20チーム中、15位で、来季もJリーグ2部(J2)でたたかいます。

今年になって、新たな「推し」ができたことを素直に喜んでいます。

ALE! HOLLYHOCK!

※千葉で9月7日に、試合をしたときは、職場の同僚が「当日は、千葉の応援席で見るから。」と言ってもらい、話題が合ったことで、夏休み明けの1週間ずっと、毎日「水戸 vs 千葉」の話題で盛り上がりました。残念ながら、試合は「0ー4」と「完敗」でしたが。




③「成田市での勤務を終えて」

2014年当時、自分では全く予期していなかった、成田市への異動することになりました。

「J小学校」という学校に10年勤めました。

たくさんの出来事があり、この場では割愛しますが、今のご時世で「10年」勤めるというのは、何か相当の事情があると、後になって言われました。

ただ、ともかく、着任当時の、児童、保護者、地域の方々の温かい人柄、そして、私たち、その時に着任した者への期待は、私自身は「半端ないもの」と、感じました。

そこから、10年。私より後からきて、私より先にいなくなる人もたくさんいました。

「長くいること」と「ほとんど担任をしなかった」ことで、最後のほうでは、全ての児童に一度でも教科を教えたことがあり、全校児童とお互いに知り合って、関係をもつことができました。

10年いたことで、兄弟、姉妹だけでなく、3兄弟、3姉妹総ての卒業式に立ち会うことができ、そのことで感謝されたときは、「長く居続ける」というだけでも、人の役に立つことができるのだと、大いに自信を深めました。
(7年目を過ぎて以降、4月になって「まだいるの?」と言われるよりは、3月に「もういっちゃうの?」と言われることのほうが多かったです。苦笑。)

「もっといてほしい。」という言葉も頂きながら、公務員としての悲しい性というか、今年の3月末で成田市から、居住している佐倉市に転勤しました。

今の私の年齢(54歳)から考えて、「J小学校」が私の教員としてのキャリアの中で、最も長く過ごした学校になるのは、間違いないようです。





-K.O-

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