チハル(青春の幻影)


その翌日、僕はあの少女に会えるかも知れないというバカげた考えと、いつもの習慣で、古本屋で見つけた『ハイネ詩集』を片手に砂浜へ向かった。昨日の場所まで行くと、ベージュ色のカーディガンを纏った彼女が白い砂の中に立っていた。
そんなことがあってから、チハルという松葉杖の少女との黄昏時の散歩が僕の生きがいの全てになっていた。僕はチハルと連れ立って、何回も何回も名曲喫茶や映画にいった。シューベルトやチャイコフスキーを聴いたし、『慕情』や『ローマの休日』も観た。
チハルのまだ蒼い籠には、いくつもの素敵な果実が入っていて、デートのたびに熟れていった。僕たちは、その蜜のように甘い果実を二人だけで食べた。
しかし、嫉妬深い運命の神様が、残酷にもチハルと僕を不幸のどん底に陥れたのだ。

ね、チハルの足を見てちょうだい。ほら、こんなに歩けてよ。シゲルさんの好きなルンバも、きっと上手に踊れるよ。ね、一緒に踊らない?・・・でも、もうダメなの。みんなみんな遠くへ消えてしまった夢なの。今からチハルは、あの水平線のずっと向こうまで泳いでいきます。そして、もっともっと足のほっそりした、コロコロと芝生の上を飛び跳ねるようなチハルになって戻ってくるわ」



これは、以前、地元誌「文芸妙高」に寄稿した短編小説『黄昏』の一部を切り取ったものです。最後の部分は、このブログに載せたかも、です。ご訪問ありがとうございました。😊 (ゆ~)