花咲く丘の高校生

平成時代の高校の授業風景を紹介したり、演歌の歌詞などを英語にしてみたり。

ナナ子(ショートショート)

2024-07-19 | 思い出
ナナ子(ショートショート)

「あのセミでっかいぞ。シゲちゃん、登って捕ってこねか」
仲間に煽てられて、シゲルはその大きなカラマツの木に飛びついた。真上から照り付けてくる太陽の光線は、カラマツの枝で多少は遮られてはいたが、その熱気は下生えまで達して、ムンムンと子供たちの周りを囲んでいた。
「シゲちゃん、逃がさねとうに、そっと登れや」
  仲間たちは、真夏の昼下がりのギラギラした耀っぽい日差しを小手で遮りながら、シゲルの一挙一動を見上げていた。
 こっくりと頷いて、シゲルは丈夫そうな枝に手を掛けながら、抜き足差し足でアブラゼミに近づいていく。セミは、鳴いている間は逃げないものだ。息を止めて右手をヒョイと伸ばした。
おーい、捕ったぞ」
「でっかいか。気いつけて下りてこい来いや」
仲間たちも、皆、自分がそのセミを捕った気分になって、はしゃぎながらカラマツの林の藪から出てきた。意気揚々と、ダラダラ坂の野道を下りていく。道端のミヤコグサや立葵、そして・・・ヒナゲシの花。
 あれ、れ、ヒナゲシのお花畑に女の子が・・・。女の子、田舎の子には珍しい麦わら帽子の下に長く垂らしたおさげ髪。白いドレスの両肩が膨らんでいて、西洋のお人形のようだ。赤いソックスに、白いズックのスニーカー。
シゲルは慌ててセミを掴んでいる右手を後ろへ隠した。
「なあに?」
「ほら、アブラゼミだ。俺が捕ったんだぞ」
「あら、翅をバタバタさせているわ。かわいそうだわ」
 シゲルは女の子の顔をじっと見た。まん丸い顔に黒い瞳。日焼けのしていない薄紅色の頬。なんだか悪いことをしているような気になって、つき出していた右手を引っ込めて、きまり悪そうに、仲間の方を見た。 
 微かに吹いて来た風にヒナゲシが揺れて、女の子のドレスも揺れた。
あのね、セミって七日鳴いたら死ぬのだって。お母さまがそう言ってたわ」
 セミが七日しか生きていないなんて、シゲルは知らなかった。というよりもセミの命なんて考えたこともなかったのだ。
 「ねえ、逃してあげなよ。そのセミ放してあげてよ、ねえ」
 シゲルはぶっきらぼうに「嫌だい」と言った。
 「なら、あたいにちょうだいな」
 もし、周りに仲間の視線がなかったなら、素直にセミを渡していただろう。
 「ねえ、そのセミちょうだい。ナナコにちょうだい。ねえ」と言って、女の子はシゲルの手を掴んだ。柔らかな手だった。
 「嫌だい!」
 女の子の手を振り払うと、シゲルはアブラゼミを道端に投げつけた。セミは裏返しになって、「ジジジ ジジジ」と悲鳴をあげて、バタバタと両翅を地面に打ちつけながら、お腹を見せたまま独楽のようにぐるぐるスピンしていたが、やがて動かなくなってしまった。
「意地悪!」麦わら帽子の下で長い眉が「ぴくっ」と動いて、まん丸の瞳が「きっ」とシゲルを睨みつけた。
 誰かが「わあい」と言った。すると、皆が「わあい」と叫んだ。シゲルは黙っていた。
 女の子が「わっ」と泣き出した。その白い指から涙が落ちた。
 辺りが急に暗くなった。西の空を見上げると、妙高山の方から、夕立が迫っていた。
 「夕立が来るぞ、早くに逃げろっ!」
 仲間たちが我先に走り出したので、しかたなくシゲルも全速力で坂道を下って、神明社の軒下に駆け込んだ。(続く)

これは、妙高市図書館が年1回発行している「文芸妙高」に投稿した短編小説『蝉しぐれ』の一部です。次回もよろしくお願いします😍 (ゆ~)
 


コメント (2)
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