厳しい経済制裁で経済が壊滅的な打撃を受けているはずの北朝鮮だが、不思議なことに経済がプラス成長しているという報道が相次いでいる。だが経済の安定をよそに、金正恩(35)体制の政治的な安定の実態は「恐怖政治」のうえに成り立っている。
労働党や政府の幹部はいつも銃殺の恐怖に怯えている。それでなくとも、金正恩政権の足元は揺らぎ始めている。反体制運動により政権が打倒される条件が整いつつあるからだ。「恐怖政治」は金正恩の焦りを反映しているのだ。
刑法にない犯罪の増加
犯罪は社会の実情を反映しているといえる。そこで、現実に発生している様々な犯罪に加えて刑法を分析することで、金正恩がどのような犯罪に危機感を感じているのかをうかがい知ることができる。
北朝鮮は1980 年代前半までは、高度な組織社会を構築して統制制度を機能させることにより、国民を厳格に統制し、社会秩序の安定に一定の成功を収めてきた。つまり「洗脳」がしっかりと機能していたのである。
「洗脳」による社会統制が完璧に機能していれば、理論的には犯罪はごく少数に抑えることができるはずだった。ところが現実には1980 年代中盤から犯罪が徐々に増加を始めた。さらに1990 年代には経済危機の深刻化などにより急速に増加し、1990 年代中盤には、夜道を1 人で歩けなくなったと脱北者が証言している。
若者の凶悪犯罪の増加
北朝鮮では若年層の犯罪が増加して社会問題化している。北朝鮮にも刑法があるのだが、その刑法は2000年以降、細かなものを含めると20回も改正されている。これは異常事態だ。これだけ頻繁に改正されているということは、北朝鮮の治安が、法律が追いつかないほど急速に悪化していることを意味するからだ。
頻繁な改正の背景には、青少年で構成された犯罪組織による強盗、窃盗、強姦などの急増がある。これは、社会への不満が若者の間で高まっていることを意味する。
破壊活動と要人暗殺
改正の回数だけでも尋常ではないのだが、2004 年の改正刑法では、既存の犯罪の細分化・具体化及び追加が行われた。反国家犯罪ではデモや襲撃という用語が使用されていることから、犯罪の凶悪化・組織化を当局が憂慮していることがうかがえる。
また、社会主義文化を侵害する犯罪として、従来1つの条項であった麻薬関連の条項が、不法阿片栽培・麻薬製造罪、不法麻薬使用罪、麻薬密輸・密売罪などの条項に細分化された。
筆者は2009 年の改正で、最高刑が「無期労働教化刑(無期懲役)」から「死刑」に厳罰化された「破壊・暗殺罪」(第64 条)に着目している。以前から、(1)国家転覆陰謀罪、(2)テロ罪、(3)祖国反逆罪、(4)民族反逆罪、(5)故意的重殺人罪については「死刑対象犯」となっていた。
「破壊・暗殺罪」については2009 年になって「死刑対象犯」に追加されたという経緯がある。これは、それまでに起きていなかった破壊活動や要人暗殺という事件の発生が現実味を帯びてきたことを、少なくとも2009年の段階で金正恩をはじめとする指導層が認識していたことを示唆している。
金正恩も認める反体制勢力の存在
2012年11月には、金正恩が全国の分駐所(警察署)所長会議出席者と人民保安省(警察)全体に送った祝賀文で、「革命の首脳部を狙う敵の卑劣な策動が心配される情勢の要求に合わせ、すべての人民保安事業を革命の首脳部死守戦に向かわせるべきだ」「動乱を起こそうと悪らつに策動する不純敵対分子、内に刀を隠して時を待つ者などを徹底して探し出し、容赦なく踏みつぶしてしまわなければならない」と発言した。これは事実上、金正恩が反体制勢力の存在を認めたことを意味する。
ヤミで出回る大量の携帯電話
一般国民がインターネットを使用できない北朝鮮では、パソコンで接続したSNSによる情報の拡散は起きにくいが、携帯電話が400万台普及している。さらに、政府に登録していないヤミの携帯電話が大量に出回っている。
携帯電話の普及により(盗聴はされているが)音声による情報交換が可能となった。ただし、基地局が少ないだろうから使用できる地域は限定されているだろう。とはいえ、ヤミの携帯電話のなかには、中国の電波を使用しているものもあるので、北朝鮮政府により携帯電話の電波が遮断されても、中朝国境地帯の人々は携帯電話を使用することができる。
つまり、中朝国境地帯では国外へSNSを通じて北朝鮮国内の情報を拡散でき、逆に国外からの情報を得ることができるというわけだ。もちろん、こうした行為を北朝鮮は取り締まっているが、取り締まりが追い付いていないのが現状のようだ。
1989年のベルリンの壁崩壊の要因のひとつとして、東ドイツでは言論統制が敷かれていたにもかかわらず、西ドイツのテレビを視聴することができていたことがある。つまり、東ドイツの市民は、自分たちの国で何が起きているのかを、国外からの情報で知っていたのだ。
北朝鮮国民も国外からの情報(例えば、米議会が設立した北朝鮮向けの短波ラジオ放送、ラジオ・フリー・アジア)で、自分たちの国で起きていることを、ある程度は知っている。つまり、ラジオ放送の内容やSNSの情報をタイムリーに得ることができれば、国内の一部地域で反政府運動が起きていることを知った人々が、連鎖的に各地で反政府運動を起こす可能性があるのだ。
北朝鮮で「アラブの春」は起きるのか?
2010年から2012年にかけてアラブ諸国で発生した民主化運動「アラブの春」では、民主化運動が起きた国のうち、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンで政権が打倒され、旧政権を支えた人々の亡命や投獄が相次いだ。これらの国の共通点は、北朝鮮と同じく長期政権だったことだ(チュニジアは23年間、エジプトは30年間、リビアは42年間、イエメンは33年間)。盤石に思えた政権だったが、短期間の反政府デモであっけなく崩壊してしまったわけだ。
「アラブの春」の要因の一つは若年層の失業率の高さだった(チュニジア27.3%、エジプト21.7%、リビア27.4%、イエメン18.7%)。そして、「アラブの春」の大きな特徴は、若者によるインターネット、とりわけフェイスブックに投稿された画像や映像が民主化運動を拡散させたことだった。
北朝鮮でも若者が全国規模の民主化運動を起こすかもしれない。北朝鮮の若年層の失業率は9.7%(ILO基準・2012年)とアラブ諸国よりも低いが、社会主義国家は本来、失業者が存在しないことが建前となっている。北朝鮮が社会主義国家なのかどうかは見解が分かれるところだが、いずれにしても9.7%という数字は、見過ごすことができない数字だ。
長期政権でもあっけなく終わる
北朝鮮もルーマニアのチャウシェスク政権のように、何かの拍子に一気に崩壊するかもしれない。チャウシェスク政権崩壊のプロセスは謎の部分が多いが、チャウシェスク(1918〜1989)と金日成(1912〜1994)は親交があり、金日成の影響を受けてチャウシェスクは北朝鮮式の統治手法をとっていた。それにもかかわらずチャウシェスク政権は崩壊してしまった。北朝鮮とルーマニアは地政学的な環境が大きく異なっているが、北朝鮮式の統治手法にも限界があることを示している。
大量のビラを散布したとしても、国内全域で一気に反体制運動を起こすことは簡単なことではない。起爆剤となる何らかのきっかけが必要となる。きっかけを作る手段として、密輸された小型ラジオによる呼びかけという方法がある。呼びかけを行うのは中国を拠点とした脱北者支援団体が最適かもしれない。
ともかく、現時点でできることは大規模な反体制運動を起こすための素地を作っておくことだ。極度な生活苦になった人々が外国のラジオを聴いたり、反体制運動を呼びかけるビラを見て運動に呼応する人々が出てくるかもしれない。つまり、「金正恩に不満を持っているのは自分だけではないのだ」と国民ひとりひとりに認識させることが大切なのである。
金正恩体制の崩壊へのカウントダウンは既に始まっているのだ。
取材・文/宮田敦司(北朝鮮・中国問題研究家)
以上、週刊新潮WEB取材班 2019年1月2日 掲載
>金正恩も認める反体制勢力の存在
>金正恩体制の崩壊へのカウントダウンは既に始まっているのだ。
北朝鮮に反政府勢力が存在するということに期待を持ちたいですね。
仲良しだったルーマニアのチャウシェスクのように銃殺されて金正恩は打ち殺される運命のようですね。