「そ、それは、おれが倒れていたあの女から衣を剥いで、見つからないように死体を井戸に放り投げたからでしょう」
「なに? なんだと? 女はもうすでに死んでいたというのか」
「そうでございます、そうなんでございますよ、ほんとうに。おれがあの女を見つけたのはたまたまなんです。おれは、襄陽の南の小路にあります、大きな櫟のある廃屋を根城にしていたんです。ところがどうもさいきん、その廃屋を使っている別客がいるようでして」
「別客?」
「はい。おれは朝から昼間にかけてはそこで寝て、夜になると出かけてひと働きします。なので、入れ違いになっていたようなのですが、夜になると、その廃屋を使っているやつがいたようなのです。そいつらはおれのことを気づいていないようでしたが、おれのほうは、そいつらが落としていった信(手紙)を拾ったことが何度かありましたので、すぐにそれと知れたんです。で、それがどうも訳ありの男女のようでしてね、そうなると、こっちとしても好奇心というやつが芽生えてくるじゃありませんか、いったい、どんなやつが逢引きしていやがるんだろう、って」
へへへ、と同意を求めるように笑う追いはぎに、孔明は侮蔑に満ちた顔を向けた。
「要するに覗き見じゃないか。で、その男女を見たのか」
「雨が降ってきたのもありまして、仕事を切り上げて、早めに根城に帰ってきたんですが、そうしたら、女が井戸のそばで倒れていたんですよ」
「死んでいたのか」
「そうです、そのとおり。若い女が事切れて、井戸のそばで倒れていたんです。でも見事なべべを着ておりまして、これは渡りに船。どうせ死んでしまったら、上等な衣なんぞは必要ないだろうとおもいまして」
「衣を女から奪って、その死体を井戸に放り投げたのだな」
「そうです」
「そうです、じゃない、なんてやつだ! おまえをあやかしの手から逃れさせるのではなかったぜ」
徐庶が吐き捨てるように言うと、追いはぎは亀のように首を縮めて、それから言った。
「正直にお上にしゃべったんだ、もうあの女はおれを許してくれますよね?」
「さて、それはどうかな。女がほんとうに、すでに死んでいたかどうかは、おまえの話ばかりで確かめようがないじゃないか。おまえがきれいなべべ欲しさに女を殺したのではないと、だれが証明できる? むしろ、女を殺したからこそ、女が化けて出たとかんがえるほうが自然だろう」
「冗談じゃありませんぜ、ほんとうに女は死んでいたんだ。脈をはかってたしかめたんだから、まちがいありませんよ」
「待て。女はどういうふうに死んでいたのだ」
「どうって、首を絞められたみたいです。首のところが黒く色が変わっておりましたんで」
徐庶は追いはぎを注意深く観察していたが、かれは嘘をついているふうではなかった。
市場のたぬき親父とはちがって、答えるときも、真実を言おうと注意深くことばを探っており、それに連動して、眼球が上のほうに何度もあがった。
顔全体が赤くなっているが、これは必死なためだろう。
つづく…
「なに? なんだと? 女はもうすでに死んでいたというのか」
「そうでございます、そうなんでございますよ、ほんとうに。おれがあの女を見つけたのはたまたまなんです。おれは、襄陽の南の小路にあります、大きな櫟のある廃屋を根城にしていたんです。ところがどうもさいきん、その廃屋を使っている別客がいるようでして」
「別客?」
「はい。おれは朝から昼間にかけてはそこで寝て、夜になると出かけてひと働きします。なので、入れ違いになっていたようなのですが、夜になると、その廃屋を使っているやつがいたようなのです。そいつらはおれのことを気づいていないようでしたが、おれのほうは、そいつらが落としていった信(手紙)を拾ったことが何度かありましたので、すぐにそれと知れたんです。で、それがどうも訳ありの男女のようでしてね、そうなると、こっちとしても好奇心というやつが芽生えてくるじゃありませんか、いったい、どんなやつが逢引きしていやがるんだろう、って」
へへへ、と同意を求めるように笑う追いはぎに、孔明は侮蔑に満ちた顔を向けた。
「要するに覗き見じゃないか。で、その男女を見たのか」
「雨が降ってきたのもありまして、仕事を切り上げて、早めに根城に帰ってきたんですが、そうしたら、女が井戸のそばで倒れていたんですよ」
「死んでいたのか」
「そうです、そのとおり。若い女が事切れて、井戸のそばで倒れていたんです。でも見事なべべを着ておりまして、これは渡りに船。どうせ死んでしまったら、上等な衣なんぞは必要ないだろうとおもいまして」
「衣を女から奪って、その死体を井戸に放り投げたのだな」
「そうです」
「そうです、じゃない、なんてやつだ! おまえをあやかしの手から逃れさせるのではなかったぜ」
徐庶が吐き捨てるように言うと、追いはぎは亀のように首を縮めて、それから言った。
「正直にお上にしゃべったんだ、もうあの女はおれを許してくれますよね?」
「さて、それはどうかな。女がほんとうに、すでに死んでいたかどうかは、おまえの話ばかりで確かめようがないじゃないか。おまえがきれいなべべ欲しさに女を殺したのではないと、だれが証明できる? むしろ、女を殺したからこそ、女が化けて出たとかんがえるほうが自然だろう」
「冗談じゃありませんぜ、ほんとうに女は死んでいたんだ。脈をはかってたしかめたんだから、まちがいありませんよ」
「待て。女はどういうふうに死んでいたのだ」
「どうって、首を絞められたみたいです。首のところが黒く色が変わっておりましたんで」
徐庶は追いはぎを注意深く観察していたが、かれは嘘をついているふうではなかった。
市場のたぬき親父とはちがって、答えるときも、真実を言おうと注意深くことばを探っており、それに連動して、眼球が上のほうに何度もあがった。
顔全体が赤くなっているが、これは必死なためだろう。
つづく…