はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その19

2013年08月19日 10時27分27秒 | 習作・井戸のなか
「そ、それは、おれが倒れていたあの女から衣を剥いで、見つからないように死体を井戸に放り投げたからでしょう」
「なに? なんだと? 女はもうすでに死んでいたというのか」
「そうでございます、そうなんでございますよ、ほんとうに。おれがあの女を見つけたのはたまたまなんです。おれは、襄陽の南の小路にあります、大きな櫟のある廃屋を根城にしていたんです。ところがどうもさいきん、その廃屋を使っている別客がいるようでして」
「別客?」
「はい。おれは朝から昼間にかけてはそこで寝て、夜になると出かけてひと働きします。なので、入れ違いになっていたようなのですが、夜になると、その廃屋を使っているやつがいたようなのです。そいつらはおれのことを気づいていないようでしたが、おれのほうは、そいつらが落としていった信(手紙)を拾ったことが何度かありましたので、すぐにそれと知れたんです。で、それがどうも訳ありの男女のようでしてね、そうなると、こっちとしても好奇心というやつが芽生えてくるじゃありませんか、いったい、どんなやつが逢引きしていやがるんだろう、って」
へへへ、と同意を求めるように笑う追いはぎに、孔明は侮蔑に満ちた顔を向けた。
「要するに覗き見じゃないか。で、その男女を見たのか」
「雨が降ってきたのもありまして、仕事を切り上げて、早めに根城に帰ってきたんですが、そうしたら、女が井戸のそばで倒れていたんですよ」
「死んでいたのか」
「そうです、そのとおり。若い女が事切れて、井戸のそばで倒れていたんです。でも見事なべべを着ておりまして、これは渡りに船。どうせ死んでしまったら、上等な衣なんぞは必要ないだろうとおもいまして」
「衣を女から奪って、その死体を井戸に放り投げたのだな」
「そうです」
「そうです、じゃない、なんてやつだ! おまえをあやかしの手から逃れさせるのではなかったぜ」
徐庶が吐き捨てるように言うと、追いはぎは亀のように首を縮めて、それから言った。
「正直にお上にしゃべったんだ、もうあの女はおれを許してくれますよね?」
「さて、それはどうかな。女がほんとうに、すでに死んでいたかどうかは、おまえの話ばかりで確かめようがないじゃないか。おまえがきれいなべべ欲しさに女を殺したのではないと、だれが証明できる? むしろ、女を殺したからこそ、女が化けて出たとかんがえるほうが自然だろう」
「冗談じゃありませんぜ、ほんとうに女は死んでいたんだ。脈をはかってたしかめたんだから、まちがいありませんよ」
「待て。女はどういうふうに死んでいたのだ」
「どうって、首を絞められたみたいです。首のところが黒く色が変わっておりましたんで」
徐庶は追いはぎを注意深く観察していたが、かれは嘘をついているふうではなかった。
市場のたぬき親父とはちがって、答えるときも、真実を言おうと注意深くことばを探っており、それに連動して、眼球が上のほうに何度もあがった。
顔全体が赤くなっているが、これは必死なためだろう。

つづく…

井戸のなか その18

2013年08月18日 08時54分31秒 | 習作・井戸のなか
徐庶は孔明とともに、男の様子を外から注意深くながめていた。
劉のほか、刑吏も、不安そうに男の寝顔を見守っている。
これほど多くの男たちに囲まれてもなお眠ることができるのだから、追いはぎの度胸は、たいしたものだったといえよう。

自分の腕を枕代わりにして眠っていた追いはぎだが、しばらくたつと、その安らかだった表情に、あきらかに変化があらわれた。
点々とした眉毛はきつく寄せられ、唇はゆがみ、肌からは汗が噴き出す。
夢を見ており、その夢のなかで会話をしているのか、ゆがんだ唇は、しきりになにかをしゃべっているように小刻みに揺れ始めた。
そのことばを聞き取ろうと、徐庶が牢のなかの男に近づこうとしたそのとき、異変が起こった。
男の太いのどのあたりに、くっきりと、細い指が押し当てられている痕が浮かんできたのである。
男は手足をバタバタさせながら苦しみはじめた。
男が苦しめば苦しむほど、のどの、見えない手の痕は濃くなっていく。

「いかん、あやかしが男を殺そうとしているぞ!」
徐庶は牢のなかに入ると、男の上から衣を引っぺがし、そして、苦しんでげほん、げほんと咳をする男の頬を、軽く、二、三度叩き、目を冷まさせてやった。
男は目をひらくと同時に、ひどく汗をかきはじめ、さきほどの余裕綽々だった態度もどこへやら、すっかり縮みあがってしまっている。
「おそろしい夢をみたようだな。どんな夢だった」
「あ、雨の中で、い、井戸が」
「井戸があって、そのそばに女がいたんじゃないか」
男は返事のかわりに、ごくりとのどを鳴らした。
そののどには、細い指が怪力で締め付けただろう痕がくっきりと残っている。
そして恐怖に見開かれた目は、徐庶が引っぺがして牢の隅っこに丸めてある上衣を見つめていた。
「こいつを着ていた女だろう、え?」
徐庶が衣を手にとって、男に突きつけると、男は両手で自分の身をかばうようにして、衣を見ないようにしようとした。
「勘弁してください、勘弁してください」
「この衣に見覚えがあったはずだな、おまえが追いはぎをして女から奪った衣、そうだろう」
「う、ええ、そ、そうでございます」
起きていたころの威勢のよさはどこへやら、男は半べそをかきながら、衣からわが身を隠そうとしつつ、答える。
「女を殺して、井戸に放り込んだな。井戸はどこだ。女は何者なのだ」
「そ、それは誤解でございます」
「なにが誤解だっていうのだ。お前は女を殺し、衣を奪った。そしてその殺した女を井戸のなかに放り入れた。それに相違あるまい」
「ですから、それは誤解でございます。たしかにおれはみなさまお探しの追いはぎでございます。ですが、人を殺したことは一度もございません」
「なにをしらばくれているのだ、では、なぜ女がおまえを殺そうとした」

つづく…

井戸のなか その17

2013年08月17日 10時49分57秒 | 習作・井戸のなか
孔明と年の差のほとんどないこの若い公子は、徐庶のことばに無邪気にうれしそうな顔を見せた。
それを見て、徐庶はよいことをしたとおもうと同時に、かれの置かれている複雑な環境に、これからかれ自身が耐えていけるのかどうか、ふと不安にもおもった。
劉は乱世の英雄の子としては、性格が柔弱すぎるのだ。
かれを支える家臣たちのなかに、有能な人間がいればいいのだが。

そうおもいつつ、劉と気のあっている孔明のほうをちらりと見る。
しかし孔明はそんな徐庶の目線に気づいたか、逆に知らぬ顔を決め込んでいる。
どうやら、孔明もまた、劉表とその一族の下につくことを良しとしていないようである。
料理屋で語ったとおり、孔明は、自分の性格をつかみかねているので、まだ仕官をしたくないのだろう。
それに、万が一、劉表のもとに仕官したとしても、古だぬきがいっぱいいて、それこそ生意気な孔明をよってたかって潰そうとするにちがいない。
かといって、年若く、経験も浅い孔明をいきなり引き上げてくれるような物分りのいい男が、この世の中にいるだろうかと、徐庶は心配にもなるのだった。

いや、ひとの心配をしている場合ではない、
徐庶とて、孔明と似たり寄ったりで、だれかの下につくことはあまり好きではない。
世の中の男子で、好んで人の下に付きたがる者がどれだけいるだろうか。
自分を深く理解し、信頼し、なおかつ全権を与えてくれる男。
そんな男があらわれたとしたら、徐庶にとっては、まさに奇跡だ。
そして、そんな奇跡は、奇跡というだけになかなか起こりそうにない。





「あの野郎が、おれの売った衣にケチをつけたもんだから、ついカッとなって刺しちまったんだ。それだけだよ、あの野郎は生きていやがるんだろう。だったらそれでいいじゃねえか、鞭打ちでもなんでもさっさとして、おれを自由にしてくれよ」
男は悪びれずに言い放ち、劉が追及しても、追いはぎの罪については頑として認めなかった。
男の語るはなしの筋はこうである。
男も古着を商っている。
そのため、各地を転々としているのだが、その途上で、孔明が手にした上衣も手に入れた。
それを行商人仲間の親父に転売したところ、翌々日になって、これは盗品だろうと詰め寄られた。
その勢いがあまりに一方的でひとりよがりなものだから、男もついカッとなって、身に隠していた匕首でもって、親父を脅かすつもりで、つい、ぐさっとやってしまった。
上衣を手にした経緯については、あまりよくおぼえていない。
それこそ、どこかの村のお大尽から手に入れたものだったかもしれない、という。

おまえが追いはぎをしているところを見た者がいるのだ、おまえが追いはぎをして、その盗んだものをみなに売りさばいていたのだろう、と劉や刑吏が迫っても、男はよほどこうした修羅場に慣れているらしく、そ知らぬ顔をして、知らねえ、知らねえ、とくりかえすばかり。
業を煮やした刑吏が、拷問にかけたほうがよいのでは、と言い出したところで、孔明が横から口を出した。
「半端な拷問よりも、よほど効く方法がございます。公子、お許しいただけるのであれば、その方法を試してみたいのですが」
気弱な劉としても、壮絶な拷問に立ち会うのはいやだったようで、孔明の言う方法をすぐに承諾した。
方法とは単純である。
男を牢に閉じ込めて、ひと晩、寝かせる。布団代わりにあの上衣をつかって寝るのだ。
一見、平和的に見えるこの方法の、どこに効果があるのかわからない劉たちは、孔明と徐庶の確信に満ちた顔に怪訝そうにしていた。
男のほうはというと、肝が太いのか図々しいのか、上衣をかけて寝るように命じられると、くだんの碧藍色の衣を見て、いっしゅん、ぎくりとしたようだが、つぎの瞬間にはまた憮然とした。
そして、くだらない、とか、ばかばかしい、などなどぶつぶつ言いながらも、ごろりと牢に敷き詰められた藁のうえに横になり、半刻もしないうちに、くうくう寝息をたてて眠りはじめた。

つづく…

井戸のなか その16

2013年08月16日 09時25分19秒 | 習作・井戸のなか
男が追いはぎだと知れた時点で、徐庶は、市場の古着屋の親父が嘘をついた理由がわかった。
古着屋の親父は、おそらく自分の仕入れたものが訳ありの盗品だったことを知っていたにちがいない。
だから、下手な嘘をついた。そして、自分が追及されそうになったので、追いはぎの男に品物を突っ返して、仕入れ値を取り返そうとした。
たぶん、そんなところだろう。

あの夢のなかの女を、井戸のなかに放り込んだのは、この男なのか? 
そうおもうと、徐庶の体は怒りに満たされた。
男の凶悪そうなぎょろりとした目は、徐庶をまっすぐにらみつけている。
それをしっかり受け止めながら、徐庶は男との間合いを詰めていった。

徐庶は故郷で仇討ちの手伝いをしたことから役人におわれる身となって以来、心を入れ替えて、身に寸鉄も帯びないことにしている。
なので、当然のことながら、護身用の短刀も持っていない。
とはいえ、男相手にひるみはしない。
ゆっくりと息を整えて、男の足取りに合わせて、自分も立ち位置を決めていく。
左に一歩、また一歩。
男もまた、匕首をかざしながら、右に一歩、また一歩、と移動する。
と、男が無言のまま突進してきた。
心臓を狙おうというその一撃を、徐庶はするりと水のようにかわし、男の背後に素早く回った。
あわてて振り返ろうとする男よりも早く、徐庶は男の片腕に自分の腕を絡ませると、そのまま、くるりと男の腕をひねって、匕首を握る男の手首をぎりぎりと押さえ込んだ。
男はその怪力に呻きつつ、匕首を地面に落とした。
ちょうど路地では、このさわぎに窓を開いて覗いていた中年女がいたので、その女に縄を借りて、男を縛り上げると、表通りに出た。
例の宿屋兼料理屋の方角から、孔明が駆けてくるのが見えたので、徐庶は軽く手を振ってこたえた。





「たいしたものでございます、まさか賊を捕らえておしまいになるとは。おかげさまでわたしも役目を果たせそうです。父にも、徐元直殿が賊を捕らえたのだとしっかり報告いたしましょう」
「いや、それには及ばず。この賊は、公子が捕らえたことになさってください」
興奮する劉にそういうと、劉はなぜだ、というふうに顔をしかめた。
徐庶としては、説明のむずかしいところである。
おそらくここで手柄を立てたと劉表に上奏されれば、仕官の道が一気にひらけてくるだろう。
しかし、徐庶は、劉表の支配する荊州を第二のふるさとのようにおもっていたが、かといって、劉表に仕えたいとはおもっていなかった。
劉表は年老いてきてから、とくに判断力がにぶっているという悪い噂も聞こえてきていたからである。
体の弱い劉にわざわざ捕り物を命じているところからして、噂はほんとうのようだ。
もっと悪い噂も流れていて、劉表は年若い後妻の蔡夫人の言いなりになっていて、前妻の産んだ劉より、劉を跡取りにしたいとおもっているということでもある。
もしそれがほんとうだとするならば、劉にとって、今回の捕り物で手柄を立てられたということは大きな意味を持つだろう。
劉本人は、そのことをあまり深く考えていないようで、手柄を避けようとする徐庶のことをふしぎそうにしながらも、言った。
「わかりました、それでは、おことばのとおりにいたしましょう。でも、それでほんとうによいのですね?」
「よろしいですとも。公子のお役に立てただけで、おれはうれしいのです」

つづく…

井戸のなか その15

2013年08月15日 09時19分15秒 | 習作・井戸のなか
「ぜひそうしろよ。せっかくきれいな顔を親からもらったのに、その顔に毎日生傷を作っているというのもどうかとおもうわけだよ、おれは」
「でもだいぶ顔も鍛えられて、頑丈になってきたとおもわないか」
「ちがう。おまえが喧嘩慣れしてきて、顔を狙われてもうまく避けられるようになっただけの話だ。みんなは腕っ節がつよくないし、ある程度は手加減しているみたいだからいいが、そのうち、勘ちがいした莫迦があらわれて、鼻でも折られたらどうするんだよ。一生が台無しだぜ」
「徐兄にしてみれば、わたしたちの喧嘩なんて、子犬がじゃれているみたいなものなんだろうね」
「まあ、そんなところだ。そうじゃなかったら、本気で止めるよ」
笑いつつ答えて、ふと件の席を見ると、親父の前に、顔のまわりをぐるりとほっかむりして隠している薄汚れた男があらわれた。
「おい、孔明、親父さんに客が来たぜ」
「ずいぶん怪しい男だな」

店先でおこなわれている闘鶏の賑やかさにまぎれて、遠くの席のふたりの話し声まではなかなか聞き取れない。
しかし、見ていると、親父のほうは、背負ってきた着物やかもじを店の卓にならべて、相手の男にしきりに文句を言っているようである。
ときどき、親父は興奮して、どん、どん、と卓を拳で叩く。
しかし相手の男は、微動だにせず、我慢して親父のことばを受け止めている、というふうだ。
が、やがて、男のほうがゆらりと起き上がった。
なんだろうと注目していると、親父の目が恐怖で見開かれた。
男の手に、匕首が光っているのだ。
あっとおもった瞬間には、男は親父を刺して、そのまま弾丸のように店の外に飛び出していた。

「孔明、親父をたのむ! おれはあいつを追う!」
孔明がわかった、というのを背後に聞きながら、徐庶は男を追って、店を飛び出した。
男の足は鹿のように早く、すでに雑踏の向こうに点になりつつあった。
とはいえ、徐庶も負けてはいない。
ふだんこそ、水鏡先生の私塾において用務の仕事をしたり、学生といっしょに書物に取り組んだりしておとなしくしているが、もともとは重い剣を背負って山野を駆け巡って足腰を鍛えていたのである。
腿を高く上げて、両腕を思い切り振り、男を追いかけていく。
男が、ふっと立ち止まり、うしろを振り返った。
そこではじめて、男は徐庶の追跡を知ったようだ。
男が全身でぎくりとしたのが見えた。
男が路地に入っていく。かつて徐庶は、襄陽が攻められた場合の防御戦はどうなるかを塾生たちと議論したことがあった。
そのため、市街図をほとんど頭に叩きいれていたから、男が向かったさきが、行き止まりだということを記憶していた。そこで、足をいくぶんゆるめて、路地に入っていくと、案の定、匕首を持った男が、猟犬に追い詰められた猪のような顔をして、徐庶を待ち受けていた。

男の顔の輪郭を隠していた布は、いまははだけて、顔の全体があらわになっている。
点々とした眉毛、ぎょろりとしたまなこ、ぼてっとした丸い鼻、そして、顎のところにある特徴的な黒い大きなほくろ。
劉が探している、追いはぎである。

つづく…

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