孫権の居城たる柴桑城《さいそうじょう》のなかには、あふれんばかりの熱気が籠っていた。
いま、百を超す目線が、孔明たちを射抜いている。
目線が仮に力を持っていたなら、孔明たちも刺し殺されていただろう。
予告なくやって来た劉備からの使者。
それが、孔明と、その主騎たる趙雲だ。
空気が悪いなと、孔明は率直に思った。
秋も深まり、いまは十月の末。
しかし、この部屋の熱気によって、すこし衣の下が汗ばんでいる。
脚を動かすたびに、熱気と敵意が高まってくる。
ああ、なつかしいな、これは。
どこかで味わった雰囲気だなと思ったら、劉備に連れられて、はじめて新野城《しんやじょう》にきたときの雰囲気だ。
孔明はそんなことを考えて、おのれの心をほぐした。
ざわめきが徐々に波のように広がっていく。
だれだ、あいつらは。
そんな声があちこちから聞こえてくる。
先頭を進む魯粛は堂々としたもので、あからさまな敵意を一身に向けられても、まったく動じる様子がない。
孔明もまた、無人の部屋を行くように、悠然とした足取りで魯粛のあとにつづく。
孫家の家臣たちが、こちらを敵視してくるのは理解できている。
曹操と戦った劉備の使者。
つまり、降伏か、開戦かに揺れる江東において、劉備の使者を受け入れるということは、開戦するという意志をあらわしたも同然ということ。
まだ話がじゅうぶんにまとまっていないうちから、よそ者に引っ掻き回されるのはごめんだと、誰もが思っているようだった。
迷う気持ちはよくわかる。
曹操はすでに、荊州牧・劉表の主だった遺臣たちを厚遇して、天下に寛大さを示さんとしている。
徐州《じょしゅう》や冀州《きしゅう》のときのように、虐殺だの穴埋めだのといった残虐な行為をしていない。
だが、それはあくまで曹操の天下統一のための計算づくの行動にすぎないことは一目瞭然だ。
曹操は、どこまで行っても曹操だ。
揚州の出す答え如何《いかん》によっては、容赦なく牙をむくだろう。
状況を踏まえれば、答えは明瞭。
開戦する。
その一択しかない。
なのに、ここにいる百は超える家臣たちのほとんどは、心を決めかね、降伏か、開戦かで揺らいでいるのだ。
それほどに、保身に走ろうとしている者たちが多いということでもある。
孔明はそんなかれらに取り巻かれている孫権に同情したし、保身に走らんと考える家臣たちを軽蔑もした。
なにせ、自分たちはあの曹操と戦って、生き残って来た者たちの代表なのだから。
肩で風を切って歩く孔明と、その傍らで家臣たちに目を光らせる趙雲と。
二人には、前に進む以外に道はない。
なんとしても、孫権と同盟を結び、曹操と対抗する。
そして、北へ、曹操軍を追い出すのだ。
つづく
いま、百を超す目線が、孔明たちを射抜いている。
目線が仮に力を持っていたなら、孔明たちも刺し殺されていただろう。
予告なくやって来た劉備からの使者。
それが、孔明と、その主騎たる趙雲だ。
空気が悪いなと、孔明は率直に思った。
秋も深まり、いまは十月の末。
しかし、この部屋の熱気によって、すこし衣の下が汗ばんでいる。
脚を動かすたびに、熱気と敵意が高まってくる。
ああ、なつかしいな、これは。
どこかで味わった雰囲気だなと思ったら、劉備に連れられて、はじめて新野城《しんやじょう》にきたときの雰囲気だ。
孔明はそんなことを考えて、おのれの心をほぐした。
ざわめきが徐々に波のように広がっていく。
だれだ、あいつらは。
そんな声があちこちから聞こえてくる。
先頭を進む魯粛は堂々としたもので、あからさまな敵意を一身に向けられても、まったく動じる様子がない。
孔明もまた、無人の部屋を行くように、悠然とした足取りで魯粛のあとにつづく。
孫家の家臣たちが、こちらを敵視してくるのは理解できている。
曹操と戦った劉備の使者。
つまり、降伏か、開戦かに揺れる江東において、劉備の使者を受け入れるということは、開戦するという意志をあらわしたも同然ということ。
まだ話がじゅうぶんにまとまっていないうちから、よそ者に引っ掻き回されるのはごめんだと、誰もが思っているようだった。
迷う気持ちはよくわかる。
曹操はすでに、荊州牧・劉表の主だった遺臣たちを厚遇して、天下に寛大さを示さんとしている。
徐州《じょしゅう》や冀州《きしゅう》のときのように、虐殺だの穴埋めだのといった残虐な行為をしていない。
だが、それはあくまで曹操の天下統一のための計算づくの行動にすぎないことは一目瞭然だ。
曹操は、どこまで行っても曹操だ。
揚州の出す答え如何《いかん》によっては、容赦なく牙をむくだろう。
状況を踏まえれば、答えは明瞭。
開戦する。
その一択しかない。
なのに、ここにいる百は超える家臣たちのほとんどは、心を決めかね、降伏か、開戦かで揺らいでいるのだ。
それほどに、保身に走ろうとしている者たちが多いということでもある。
孔明はそんなかれらに取り巻かれている孫権に同情したし、保身に走らんと考える家臣たちを軽蔑もした。
なにせ、自分たちはあの曹操と戦って、生き残って来た者たちの代表なのだから。
肩で風を切って歩く孔明と、その傍らで家臣たちに目を光らせる趙雲と。
二人には、前に進む以外に道はない。
なんとしても、孫権と同盟を結び、曹操と対抗する。
そして、北へ、曹操軍を追い出すのだ。
つづく
※ たいへんお待たせいたしました!
本日より、「赤壁に龍は踊る・改」、連載開始です!(^^)!
前作よりも、人物設定、解釈、ストーリー、すべて大幅に変わっています。
こう来たか! と楽しんでいただけたなら、さいわいです(^^♪
ではでは、また明日をおたのしみにー(*^▽^*)