「首をはねられた人は、みんな、悪い人だったの?」
軟児の問いに、趙雲は正直に首を振った。
「わからないな。ただ、俺たちの邪魔をしたから、斬るのだ」
趙雲の言葉に、子供たちは、理解しかねているのか、沈黙する。
「相手が善い人か、悪い人かもわからないのに、斬ってしまうの?」
「物事に、善悪だけで処理できることはじつは少ないのだ。残念だが。
世の中がもっとわかりやすければ、だれも悩んだり苦しんだりしない。
いま、この世の中の皆が…おまえやおまえの家族たちも含めて苦しんでいるのは、世の中がわかりにくいからだ。
では、ここで質問をしようか。
おまえたち、お腹が空いてどうしようもなくなった、畑はみな焼かれたか、掠奪されたかして、雑草しか生えておらぬ。
だが、武器になりそうな鍬《くわ》だけがあり、どうやら隣の村には食糧があるようだ。
さて、どうする」
「隣の村に、食糧をわけてもらいに行くよ」
年長の治平のことばに、ほかの子供たちも、その意見に、うんうん、と肯いた。
「だが、隣の村も人がたくさんいて、自分たちの食べる分しかもう食糧がないと断られた。
こちらは、一口も口にできるものがなにもない、村では、大人も子供も餓死寸前だ。
さて、次にどうする」
「どうしても、っておねがいする」
「駄目だといわれたら? そして、お前の手には鍬があるぞ。
それを振り上げれば、相手を倒して、食糧を奪うことができる。
村には、自分の帰りを待つ家族がいるのだ。どうする」
子供たちは、どうしてこんな意地悪な問いをするのだ、というふうに沈黙した。
「答えられまい。だが、たいがいのものはそこで、己を救うために鍬を揮い、敵でもない者を殺して、食糧を得て生き延びた。
そして、殺された者の一族は、復讐を誓い、また食糧を得た者の一族を殺しに行く。
そうしてどんどん血の輪がひろがった。
さて、どこに悪者がいる?」
「最初に食糧を分けてくれなかった村人かな」
「ちがうよ。頼み方が悪かったんだよ」
と、子玲少年が張著に反駁した。
「ゆっくりたのんでいる時間がなかったんだ、やっぱりわけてくれなかった人が悪い」
子供たちが意見を戦わせているのを、趙雲はしばらく耳を傾けていたが、やがて口をひらいた。
「分けてくれなかった者にも事情があった。
分けてしまったなら、自分たちが飢えてしまうからだ」
「それなら」
だれが悪いのだ、というふうに、子供たちは困りきって、また黙る。
「もはや善と悪のふたつだけでは分けきれないことが、世の中にはたくさんあるのだ。
死ぬかもしれないから、他者の命を奪って生きようとすることが悪だというのならば、善とはなんなのだろう。
ひとのために餓死すればよかったのか?
その者に、なにも非がないのに?」
「わかりませぬ」
子供たちは膝をかかえ、じっと趙雲の話に耳を傾けていた。
軟児が、かなしそうに言う。
「子龍さまも、そういうことをしたことがあるの?」
「ある。食糧をたとえに出したが、それが武器であったり、もっと大きな場合には土地であったりする。世に悪も善もなく、すべてが混沌とあるのが現状なのだ。わかるだろうか」
「子龍さまも、わたしたちも、悪人であったり、善人であったりする、ということですか」
「そうだ」
飲み込みの早い子供たちに、趙雲は笑みを浮かべたが、顔がはれ上がっているために、期待していたほど優しい効果は挙げられなかったらしい。
痛ましそうに、子供たちが息をのんだのが、気配でわかった。
「俺は弱い者。そしておまえたちも」
「潘季鵬さまも?」
「そうだ。己は強いのだなどと嘯く者に、ろくなものはおらぬぞ。
己が弱いと知っているからこそ、考える。
危機に際して、どうしたら切り抜ければよいか、だれも傷つけずにすむか、真剣に考える。
なまじ、強いなどとうぬぼれている者は、力だけで切り抜けようとする。
それでも、勢いと運があれば、なんとかなろう。しかし、いずれは知恵のまえに倒される」
「潘季鵬さまは、ともかく体を鍛え、技を身につけ、老師たちの言うことを聞いていれば強くなれるとおっしゃいました」
「己の頭で考えよと、いわれたことはあるか」
子供たちは、一斉に、ない、と首を振る。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(*^▽^*)
軟児の問いに、趙雲は正直に首を振った。
「わからないな。ただ、俺たちの邪魔をしたから、斬るのだ」
趙雲の言葉に、子供たちは、理解しかねているのか、沈黙する。
「相手が善い人か、悪い人かもわからないのに、斬ってしまうの?」
「物事に、善悪だけで処理できることはじつは少ないのだ。残念だが。
世の中がもっとわかりやすければ、だれも悩んだり苦しんだりしない。
いま、この世の中の皆が…おまえやおまえの家族たちも含めて苦しんでいるのは、世の中がわかりにくいからだ。
では、ここで質問をしようか。
おまえたち、お腹が空いてどうしようもなくなった、畑はみな焼かれたか、掠奪されたかして、雑草しか生えておらぬ。
だが、武器になりそうな鍬《くわ》だけがあり、どうやら隣の村には食糧があるようだ。
さて、どうする」
「隣の村に、食糧をわけてもらいに行くよ」
年長の治平のことばに、ほかの子供たちも、その意見に、うんうん、と肯いた。
「だが、隣の村も人がたくさんいて、自分たちの食べる分しかもう食糧がないと断られた。
こちらは、一口も口にできるものがなにもない、村では、大人も子供も餓死寸前だ。
さて、次にどうする」
「どうしても、っておねがいする」
「駄目だといわれたら? そして、お前の手には鍬があるぞ。
それを振り上げれば、相手を倒して、食糧を奪うことができる。
村には、自分の帰りを待つ家族がいるのだ。どうする」
子供たちは、どうしてこんな意地悪な問いをするのだ、というふうに沈黙した。
「答えられまい。だが、たいがいのものはそこで、己を救うために鍬を揮い、敵でもない者を殺して、食糧を得て生き延びた。
そして、殺された者の一族は、復讐を誓い、また食糧を得た者の一族を殺しに行く。
そうしてどんどん血の輪がひろがった。
さて、どこに悪者がいる?」
「最初に食糧を分けてくれなかった村人かな」
「ちがうよ。頼み方が悪かったんだよ」
と、子玲少年が張著に反駁した。
「ゆっくりたのんでいる時間がなかったんだ、やっぱりわけてくれなかった人が悪い」
子供たちが意見を戦わせているのを、趙雲はしばらく耳を傾けていたが、やがて口をひらいた。
「分けてくれなかった者にも事情があった。
分けてしまったなら、自分たちが飢えてしまうからだ」
「それなら」
だれが悪いのだ、というふうに、子供たちは困りきって、また黙る。
「もはや善と悪のふたつだけでは分けきれないことが、世の中にはたくさんあるのだ。
死ぬかもしれないから、他者の命を奪って生きようとすることが悪だというのならば、善とはなんなのだろう。
ひとのために餓死すればよかったのか?
その者に、なにも非がないのに?」
「わかりませぬ」
子供たちは膝をかかえ、じっと趙雲の話に耳を傾けていた。
軟児が、かなしそうに言う。
「子龍さまも、そういうことをしたことがあるの?」
「ある。食糧をたとえに出したが、それが武器であったり、もっと大きな場合には土地であったりする。世に悪も善もなく、すべてが混沌とあるのが現状なのだ。わかるだろうか」
「子龍さまも、わたしたちも、悪人であったり、善人であったりする、ということですか」
「そうだ」
飲み込みの早い子供たちに、趙雲は笑みを浮かべたが、顔がはれ上がっているために、期待していたほど優しい効果は挙げられなかったらしい。
痛ましそうに、子供たちが息をのんだのが、気配でわかった。
「俺は弱い者。そしておまえたちも」
「潘季鵬さまも?」
「そうだ。己は強いのだなどと嘯く者に、ろくなものはおらぬぞ。
己が弱いと知っているからこそ、考える。
危機に際して、どうしたら切り抜ければよいか、だれも傷つけずにすむか、真剣に考える。
なまじ、強いなどとうぬぼれている者は、力だけで切り抜けようとする。
それでも、勢いと運があれば、なんとかなろう。しかし、いずれは知恵のまえに倒される」
「潘季鵬さまは、ともかく体を鍛え、技を身につけ、老師たちの言うことを聞いていれば強くなれるとおっしゃいました」
「己の頭で考えよと、いわれたことはあるか」
子供たちは、一斉に、ない、と首を振る。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(*^▽^*)
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
本日は更新が遅くなってすみません。
区役所へいって、いろいろ手続きしなければならないことがありまして、サクッと終わると思いきや、まさかの半日がかり。
区役所、いまめちゃくちゃ混んでいますねえ。
区役所の職員さんも大変だなあ;
そんなわけで(?)明日はいつもの時間でたぶん更新できると思います。
明日から、またよろしくお願いいたします。