「その男の言葉に騙されるな!」
孔明の声にも匹敵する大音声で、ひときわ大きな馬車から、男が姿を現した。
潘季鵬だ。
潘季鵬は、輜重の荷車の上に毅然と立つ孔明を、はげしい憎悪をもってにらみつけた。
村の中央の荷車の上で、堂々と胸を張っている孔明を見て、趙雲は思わず笑ってしまう。
「あきれるほどに派手なやつだな」
そして、なんと颯爽としていることか。
これほどまでに美しく、毅然としている者を、趙雲は知らない。
あれこそが、俺の守った者なのだ。
それに対する潘季鵬は、立派な甲冑に身を包み、悠然と龍髯を風になぶらせ、万軍の大将もかくや、といった出で立ちなのに、まるで精彩がない。
胸に軟児を抱き、そして、張著、治平、子玲ら少年たちを背後に従え、馬車からゆっくりと、趙雲は外に出る。
もはや、捕虜である趙雲を止めるものすらいない。
動くものは、潘季鵬と、趙雲と子供たちのみ。
趙雲が馬車から姿を現すと、遠目でも、孔明が喜色をあらわしたのがわかった。
だが、子供のようにはしゃぐことはしない。
趙雲は心の中で満足してうなずく。
それでこそ万軍の将なり。
冷静であれ。
孔明は、あらわれた潘季鵬に向けて、つんと顎をそらし、言った。
「潘季鵬よ、久しいな。この期に及んでもなお、我が言に反駁できるというのであれば、するがよいぞ。
さあ、なんなりというがいい。聞いてやろうではないか」
孔明が挑発する。
孔明の言葉には、よどみがなく、自信にあふれていた。
趙雲に片腕で抱かれていた軟児が、孔明の気迫に押されたのか、さらに首にかじりついてきた。
少年たちも、趙雲に縋りたいのであろう、空いた手を握るもの、その服の裾を掴むもの、さまざまである。
趙雲は、かれらを安心させるために、言った。
「怯えることはない。あれがおまえたちを助けてくれる、諸葛孔明だ」
「太陽のひと?」
「そうだ。だから、おれたちは必ず助かる」
子供たちを安心させるための方便ではない。
趙雲は、本心からそう思っていた。
おれは諸葛孔明を裏切らなかった。
やつのいちばんの主騎でありつづけた。
だから、あいつもまた、おれを助けるだろう。
潘季鵬は、戦意を喪失している壷中の者たちを厳しく叱咤するのであるが、だれもその言葉に従おうとはしない。
潘季鵬は、必死の形相で、周囲の子供たちに叫ぶ。
「戦え! どうした、やつらは敵だぞ! 戦うのだ!」
必死の声も、もはや誰も動かさない。
邪悪に歪んだもの。
永遠に誰も信じることの出来ない者。
一人で生まれ、一人で生き、誰とも繋がることができず、憎まれ、蔑まれ、そして自らも憎み、そして死だけを築いて死んでいく。
趙雲は、はじめて潘季鵬を、心から哀れだと思った。
もしも、自分が劉備とその仲間たち、そして孔明に会っていなかったら、こうなってしまっていたかもしれない、生ける屍。
それが潘季鵬であった。
「もうよかろう。おまえの負けだ」
趙雲が言うと、潘季鵬は、はじめて趙雲に気づいたようだった。
そして、趙雲のまわりにいる子供たちの様子を見て、もくろみが失敗したのだと察したらしい。
悪鬼のような形相を向け、趙雲に叫ぶ。
「黙れっ、この青二才がっ。どうした、みな、何故この男を捕らえぬ!
そうだ、こいつを人質にするのだ。
どうだ、諸葛亮、形勢は逆転したぞ!
子龍を助けたくば、村を明け渡し、降伏せよ!」
潘季鵬は、片腕で、すらりと剣を抜き、趙雲に迫ってくる。
趙雲は、軟児と少年たちを背中に隠す。
潘季鵬は、鬼の形相のまま趙雲の喉元に刃を突き立てるのであるが、ほかの周囲にいる壷中たちは、動かない。
どころか、趙雲に剣を突き立てる潘季鵬に対して、武器を構えようとしている。
「あきらめろ、潘季鵬。
天地が引っくり返ろうと、おまえはもう、勝てぬ」
「人質風情が、黙れ!」
ぐっと咽喉元に刃が突きたてられるが、趙雲はまったく恐ろしく思わなかった。
背後にいる軟児と少年たちも、同じように潘季鵬に憎しみの目を向けている。
それだけではない。
隠し村の子供たちも、潘季鵬に怒りの眼差しを向けているのであった。
いままで騙してきたこと、自分たちを生きた駒のように扱ってきたことへの怒り。
そして、容易く殺されていった『兄弟』たちのため。
ありとあらゆる憎悪を潘季鵬に向けていた。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(#^.^#)
孔明の声にも匹敵する大音声で、ひときわ大きな馬車から、男が姿を現した。
潘季鵬だ。
潘季鵬は、輜重の荷車の上に毅然と立つ孔明を、はげしい憎悪をもってにらみつけた。
村の中央の荷車の上で、堂々と胸を張っている孔明を見て、趙雲は思わず笑ってしまう。
「あきれるほどに派手なやつだな」
そして、なんと颯爽としていることか。
これほどまでに美しく、毅然としている者を、趙雲は知らない。
あれこそが、俺の守った者なのだ。
それに対する潘季鵬は、立派な甲冑に身を包み、悠然と龍髯を風になぶらせ、万軍の大将もかくや、といった出で立ちなのに、まるで精彩がない。
胸に軟児を抱き、そして、張著、治平、子玲ら少年たちを背後に従え、馬車からゆっくりと、趙雲は外に出る。
もはや、捕虜である趙雲を止めるものすらいない。
動くものは、潘季鵬と、趙雲と子供たちのみ。
趙雲が馬車から姿を現すと、遠目でも、孔明が喜色をあらわしたのがわかった。
だが、子供のようにはしゃぐことはしない。
趙雲は心の中で満足してうなずく。
それでこそ万軍の将なり。
冷静であれ。
孔明は、あらわれた潘季鵬に向けて、つんと顎をそらし、言った。
「潘季鵬よ、久しいな。この期に及んでもなお、我が言に反駁できるというのであれば、するがよいぞ。
さあ、なんなりというがいい。聞いてやろうではないか」
孔明が挑発する。
孔明の言葉には、よどみがなく、自信にあふれていた。
趙雲に片腕で抱かれていた軟児が、孔明の気迫に押されたのか、さらに首にかじりついてきた。
少年たちも、趙雲に縋りたいのであろう、空いた手を握るもの、その服の裾を掴むもの、さまざまである。
趙雲は、かれらを安心させるために、言った。
「怯えることはない。あれがおまえたちを助けてくれる、諸葛孔明だ」
「太陽のひと?」
「そうだ。だから、おれたちは必ず助かる」
子供たちを安心させるための方便ではない。
趙雲は、本心からそう思っていた。
おれは諸葛孔明を裏切らなかった。
やつのいちばんの主騎でありつづけた。
だから、あいつもまた、おれを助けるだろう。
潘季鵬は、戦意を喪失している壷中の者たちを厳しく叱咤するのであるが、だれもその言葉に従おうとはしない。
潘季鵬は、必死の形相で、周囲の子供たちに叫ぶ。
「戦え! どうした、やつらは敵だぞ! 戦うのだ!」
必死の声も、もはや誰も動かさない。
邪悪に歪んだもの。
永遠に誰も信じることの出来ない者。
一人で生まれ、一人で生き、誰とも繋がることができず、憎まれ、蔑まれ、そして自らも憎み、そして死だけを築いて死んでいく。
趙雲は、はじめて潘季鵬を、心から哀れだと思った。
もしも、自分が劉備とその仲間たち、そして孔明に会っていなかったら、こうなってしまっていたかもしれない、生ける屍。
それが潘季鵬であった。
「もうよかろう。おまえの負けだ」
趙雲が言うと、潘季鵬は、はじめて趙雲に気づいたようだった。
そして、趙雲のまわりにいる子供たちの様子を見て、もくろみが失敗したのだと察したらしい。
悪鬼のような形相を向け、趙雲に叫ぶ。
「黙れっ、この青二才がっ。どうした、みな、何故この男を捕らえぬ!
そうだ、こいつを人質にするのだ。
どうだ、諸葛亮、形勢は逆転したぞ!
子龍を助けたくば、村を明け渡し、降伏せよ!」
潘季鵬は、片腕で、すらりと剣を抜き、趙雲に迫ってくる。
趙雲は、軟児と少年たちを背中に隠す。
潘季鵬は、鬼の形相のまま趙雲の喉元に刃を突き立てるのであるが、ほかの周囲にいる壷中たちは、動かない。
どころか、趙雲に剣を突き立てる潘季鵬に対して、武器を構えようとしている。
「あきらめろ、潘季鵬。
天地が引っくり返ろうと、おまえはもう、勝てぬ」
「人質風情が、黙れ!」
ぐっと咽喉元に刃が突きたてられるが、趙雲はまったく恐ろしく思わなかった。
背後にいる軟児と少年たちも、同じように潘季鵬に憎しみの目を向けている。
それだけではない。
隠し村の子供たちも、潘季鵬に怒りの眼差しを向けているのであった。
いままで騙してきたこと、自分たちを生きた駒のように扱ってきたことへの怒り。
そして、容易く殺されていった『兄弟』たちのため。
ありとあらゆる憎悪を潘季鵬に向けていた。
つづく
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そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!(^^)!
マイナポイントをやっとこさゲットしましたー。
なんだか手続きがややこしいなと思ってかまえていましたが、いざやってみると、意外とあっさりもらえていました。
思わぬ臨時収入に心はウキウキ。
これでいくらか体調も回復するといいなあ…
そんなわけで、みなさまもよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ