はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 太陽の章 その103 あがき

2023年04月05日 09時48分34秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章
「その男の言葉に騙されるな!」
孔明の声にも匹敵する大音声で、ひときわ大きな馬車から、男が姿を現した。
潘季鵬だ。
潘季鵬は、輜重の荷車の上に毅然と立つ孔明を、はげしい憎悪をもってにらみつけた。


村の中央の荷車の上で、堂々と胸を張っている孔明を見て、趙雲は思わず笑ってしまう。
「あきれるほどに派手なやつだな」
そして、なんと颯爽としていることか。
これほどまでに美しく、毅然としている者を、趙雲は知らない。
あれこそが、俺の守った者なのだ。


それに対する潘季鵬は、立派な甲冑に身を包み、悠然と龍髯を風になぶらせ、万軍の大将もかくや、といった出で立ちなのに、まるで精彩がない。
胸に軟児を抱き、そして、張著、治平、子玲ら少年たちを背後に従え、馬車からゆっくりと、趙雲は外に出る。


もはや、捕虜である趙雲を止めるものすらいない。
動くものは、潘季鵬と、趙雲と子供たちのみ。
趙雲が馬車から姿を現すと、遠目でも、孔明が喜色をあらわしたのがわかった。
だが、子供のようにはしゃぐことはしない。
趙雲は心の中で満足してうなずく。
それでこそ万軍の将なり。
冷静であれ。


孔明は、あらわれた潘季鵬に向けて、つんと顎をそらし、言った。
「潘季鵬よ、久しいな。この期に及んでもなお、我が言に反駁できるというのであれば、するがよいぞ。
さあ、なんなりというがいい。聞いてやろうではないか」
孔明が挑発する。
孔明の言葉には、よどみがなく、自信にあふれていた。


趙雲に片腕で抱かれていた軟児が、孔明の気迫に押されたのか、さらに首にかじりついてきた。
少年たちも、趙雲に縋りたいのであろう、空いた手を握るもの、その服の裾を掴むもの、さまざまである。


趙雲は、かれらを安心させるために、言った。
「怯えることはない。あれがおまえたちを助けてくれる、諸葛孔明だ」
「太陽のひと?」
「そうだ。だから、おれたちは必ず助かる」


子供たちを安心させるための方便ではない。
趙雲は、本心からそう思っていた。
おれは諸葛孔明を裏切らなかった。
やつのいちばんの主騎でありつづけた。
だから、あいつもまた、おれを助けるだろう。


潘季鵬は、戦意を喪失している壷中の者たちを厳しく叱咤するのであるが、だれもその言葉に従おうとはしない。
潘季鵬は、必死の形相で、周囲の子供たちに叫ぶ。
「戦え! どうした、やつらは敵だぞ! 戦うのだ!」
必死の声も、もはや誰も動かさない。


邪悪に歪んだもの。
永遠に誰も信じることの出来ない者。
一人で生まれ、一人で生き、誰とも繋がることができず、憎まれ、蔑まれ、そして自らも憎み、そして死だけを築いて死んでいく。


趙雲は、はじめて潘季鵬を、心から哀れだと思った。
もしも、自分が劉備とその仲間たち、そして孔明に会っていなかったら、こうなってしまっていたかもしれない、生ける屍。
それが潘季鵬であった。


「もうよかろう。おまえの負けだ」
趙雲が言うと、潘季鵬は、はじめて趙雲に気づいたようだった。
そして、趙雲のまわりにいる子供たちの様子を見て、もくろみが失敗したのだと察したらしい。
悪鬼のような形相を向け、趙雲に叫ぶ。
「黙れっ、この青二才がっ。どうした、みな、何故この男を捕らえぬ! 
そうだ、こいつを人質にするのだ。
どうだ、諸葛亮、形勢は逆転したぞ! 
子龍を助けたくば、村を明け渡し、降伏せよ!」


潘季鵬は、片腕で、すらりと剣を抜き、趙雲に迫ってくる。
趙雲は、軟児と少年たちを背中に隠す。


潘季鵬は、鬼の形相のまま趙雲の喉元に刃を突き立てるのであるが、ほかの周囲にいる壷中たちは、動かない。
どころか、趙雲に剣を突き立てる潘季鵬に対して、武器を構えようとしている。


「あきらめろ、潘季鵬。
天地が引っくり返ろうと、おまえはもう、勝てぬ」
「人質風情が、黙れ!」
ぐっと咽喉元に刃が突きたてられるが、趙雲はまったく恐ろしく思わなかった。
背後にいる軟児と少年たちも、同じように潘季鵬に憎しみの目を向けている。


それだけではない。
隠し村の子供たちも、潘季鵬に怒りの眼差しを向けているのであった。
いままで騙してきたこと、自分たちを生きた駒のように扱ってきたことへの怒り。
そして、容易く殺されていった『兄弟』たちのため。
ありとあらゆる憎悪を潘季鵬に向けていた。


つづく

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