はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その36

2013年09月29日 09時15分35秒 | 習作・うつろな楽園
趙雲がおどろいてその影、睡蓮に名を呼びかけると、少女はあわてて、声を落とすように手振りで伝えてきた。
「見張りの目を盗んで入ってきました。どうぞ騒がないでくださいまし」
睡蓮は、夢得路で見たときとはちがい、あでやかな衣裳をまとっていた。
ほかの民がぼろをまとっていたのとは対照的である。
張伸も理想を語りながらもやはり人の子だったのか、愛する少女をうつくしく着飾らせたかったにちがいない。
つまり、競争のない世界、といいながらも、ここには張伸の意思が反映されていて、差別や競争がしっかりあるのである。

趙雲は、すっかりこの世界にいるのにうんざりしていた。
同時に、なんとかして外に出なければという焦りもある。
そろそろ外の世界で、張伸は劉備と取引をするはずであった。
その取引の材料となり、足手まといになるのだけは避けたい。
さて、このとつぜんあらわれた少女は、なにをしにやってきたのか。

しばしの沈黙のあと、睡蓮は、その場にがばりと身を伏せた。
「子龍さま、どうぞおねがいです。張伸さまをお助けください」
おもわぬことばに、趙雲はことばを返すことができない。
「助ける? 張伸は、取引に出かけたはずだが」
「ええ、そうです。香時計が初更まで進みました。いまごろ兵糧をせしめて、ハマグリの中に帰ってくるころでしょう。でも、帰ってきたらみんなに殺されます。だって、あたし、聞いてしまったんですもの」
顔をあげて、震え、おびえる睡蓮に、孔明がすこし身を屈ませて、やさしく言った。
「落ち着きなさい。いったいなにを聞いたのだね」
「里のひとたちが相談していたんです。張伸さまがもどってきたら、みんなで殺して兵糧を山分けにして、もっといいところに逃げようって。ここには騙されて連れてこられたんだから、張伸に仕返しをしてやらなくちゃ気がすまない、って。でも張伸さまはわるくないのです。張伸さまだって、ハマグリの中がこんなふうだって知っていたら、みんなを連れてきやしませんでした。あの方も騙されたんです」
「騙したのは、「大老」だね。ハマグリの精の」
孔明のことばに、睡蓮は大きく目をひらいて、うなずいた。
「そうです、あのばけもの。李少君にむかし飼われていたハマグリが、化けて幻術をつかうようになったのが「大老」なんです。なぜご存知なのですか」
「わたしはなんでも知っている」
孔明ははったりを聞かせて言う。
睡蓮は、感心のあまり、逆にしどろもどろになった。
「あの、それでは、ご存知なのですね、ひもろぎのことも」
「人の生贄をささげているのだな」
睡蓮は、わかってくれたのか、というように、うれしそうに大きくうなずいた。
「そうです。ひもろぎに選ばれた人は、大老に食べられてしまうのです」
「どういう順番で人は食べられているのだい」

つづく…


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