はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その35

2013年09月28日 08時48分05秒 | 習作・うつろな楽園
あっさり答える孔明のことばに、趙雲はぞくっと背筋を凍らせた。
「なんだと。すると、張伸の口ぶりからして、ここでの「ひもろぎ」とは」
「人を生贄にしているのでしょう。そして、「大老」とやらは、その神にささげる肉を食べる者。ここには家畜がいませんからね、それにこんなに枯れた土地では、作物も育たない。神にささげるものといえば、もう人間しか残されておりません」

趙雲は、張伸のすさんだ目の色を思い出していた。
短期間でかれを変えてしまったもの、それは、土地が荒れ、人心もすさみ、神にささげるものが仲間の肉のほかなくなってしまったことだろうか。
四年前の張伸、夢得路の女が語った人の良い張伸と、じっさいに対決した張伸、その落差のうらに、おそろしい悲劇があったのだとすると、なんという無残なはなしなのか。
張伸は、この世界を争いも競争もない世界だといった。
だが、それはうそだ。
じっさいには支配する者と支配される者がいて、支配される者は圧倒的な力を前に、なすすべもなく苦しむばかりなのだ。

なにが夢の里、だ。
趙雲は、犠牲になった者たちのことをかんがえて憤りをおぼえた。
そして、その犠牲を見過ごした張伸にあらためて怒りをおぼえた。

孔明は、そんな趙雲のこころをおもんばかってか、窓の外で警戒をつづけている若い男たちを見ながら言った。
「ここにいる者たちにしても、気の毒だとおもいますよ。外の世界は暴力と恐怖の気配に満ちている。その息苦しさから逃げようとして、せっかくすべてを捨ててハマグリの中に身を投じたのに、餓えの恐怖が待っていた。この土地では太陽は動かない。風もなければ水もない。自然というものがまったく働かない閉ざされた世界です。ここでは、自然と闘って糧を得る、ということができない。これでは、なにをどう改善していけばいいのか、よほどの賢者でもわからないでしょう」
「ハマグリの中にどうしてこんな世界が存在しているのだ」
「蜃気楼というものをご存じですか」
「うわさには聞いている。海の上にまぼろしの都が浮かび上がるというものだろう」
「蜃気楼はハマグリの精が気を吐いたものだという説があります。この里も、ハマグリの精が作り出したものだとかんがえれば、いくぶん謎が解けます」
「すると、ひもろぎを食べる「大老」とやらは」
「ハマグリの精でしょう。あいにくとわたしにはわかりかねますが、おそらく人の肉には、ある種のけだものには滋養のあるうまいものである、ということなのでしょうね」
趙雲は、以前に張伸がはなしていた、「黄石公橋のみすぼらしい老人」のことを思い出していた。
そいつが「大老」で、人の肉を食べたいがために張伸を利用したのだとしたら?

そのとき、がたごとと音がして、ふたりが閉じ込められている家の入り口の引き戸がひらいた。
趙雲があわてて孔明をかばって前に進み出ると、引き戸からはいってきた影は、すぐに戸をぴしゃりと閉めた。
「睡蓮ではないか」

つづく…


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