流れてくる民を、受け止める側にも確執があった。
この時代、未開拓の土地は多くある。
しかし、利権の問題がからみ、ときに争いが発生するのはやむを得ないことであった。
その争いが激しさを増し、血で血を洗うものになるのも、止めようのないことである。
乱世の爪あとは、平和な土地にさえ、その残酷なしるしを刻む。
人口の大半が戦禍によって失われた時代には、人は資源である。
しかし、受け入れる側、つまりは豪族たちにとって、つぎつぎとあらわれ、そして問題を起こしていく流浪の民の処遇問題は、頭の痛いものであった。
人の命の値段は、とびきり安くなる。
安定した暮らしをもとめて、かつては自作農だった者が、みずから奴隷になることもあった。
流浪の民が合流し、豪族たちの私兵とぶつかり合うことも稀《まれ》ではない。
自分たちの土地を守るため、豪族たちは刃をふるう。
築かれていく死体の山、山、山…
やがて、死が日常茶飯事となった日々のなかで、人間としての最後の矜持がうしなわれてしまったのだろう。
襲われる前に襲う。
そういわんばかりに、豪族の私兵が暴走をはじめ、そうして、徒手空拳の流民に襲い掛かった。
自分たちの土地を、襲ってくるかもしれない者への、戒めも籠めて。
虐殺がおわったあとに、我にかえった豪族のうち、だれかがこんなことを言い出す。
そうだ、大人は殺すにしても、子供はもったいない。
『壷中』に連れて行けばよいではないか。
「人は動物のように狩られ、子供だけが残された。
大人たちはみな殺しにされ、物品はすべて奪われたそうだ。
掠奪された物は、ある物はそのまま豪族の屋敷を飾り、ある物は、『壷中』の資金となった。
子供たちは集められて、『壷中』のある村へ連れて行かれる。
そこで待っているのは、刺客になるための激しい訓練だ。
ありとあらゆる学問、武術、房中術に至るまで、徹底的に仕込まれる。
成人するころには、村の主たる襄陽を中心とする豪族たちに絶対服従するように、教育されている。
かれらは、命じられるまま忠実に動く。
わたしも細作を使うようになって思ったのだが、かれらの忠誠が、敵方の説得かなにかで失われてしまったらと、想像しただけで、とても怖くなる。
逆に、絶対無比の忠誠をささげてくれる人間を細作に使えたら、それは心強いだろうと思うよ。
皮肉なものではないか、別天地の楽園を指す『壷中』の名を冠する組織でありながら、その実態は、死を司《つかさど》るおそろしい子供たちを産み出す場所なのだ」
「わからぬ。親の仇である人間に育てられ、それでもなお、忠誠を尽くせるものなのか?」
「そこが教育の恐ろしさというものだろう。
もしわたしも叔父の死のあと攫われて、それでも毎日、きちんと食べさせてもらったうえに、それなりに仲間もできたなら、だんだんと心境が変化していっただろうと思う。
家族のことを忘れることはないかもしれないが、人というのは、やはり過去の思い出より、現在の己の環境のほうを優先するものだからな」
「しかし、俺たちが新野に居住するようになってから、七年間、人攫いなんて、出たことがなかった。
斐仁のことといい、なぜ今になって、連中は大胆に動き回っているのだ?」
趙雲が尋ねると、木の幹を背に、膝を抱えるようにして座っていた孔明は、その姿勢のまま、なんとも形容しがたい、笑っているような、困っているような表情を浮かべた。
「だから、新野に帰ってほしいと、わたしは言っているのだがね」
「なにが『だから』だ」
「子龍、いまは憶測に過ぎないから話せない」
「俺には理解できない、とでもいうのか」
「そうではない。あなたは、おそらく、わたしよりも多くのものを見た。すべてが、わたしではなく、あなたに対して向かっているのだ」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、
ブログランキングおよびブログ村に投票してくださっているみなさま、
どうもありがとうございます!
見ていただけているとわかるので、とても励みになっています。
今後ともがんばりますので、どうぞまた遊びにいらしてくださいねー♪
この時代、未開拓の土地は多くある。
しかし、利権の問題がからみ、ときに争いが発生するのはやむを得ないことであった。
その争いが激しさを増し、血で血を洗うものになるのも、止めようのないことである。
乱世の爪あとは、平和な土地にさえ、その残酷なしるしを刻む。
人口の大半が戦禍によって失われた時代には、人は資源である。
しかし、受け入れる側、つまりは豪族たちにとって、つぎつぎとあらわれ、そして問題を起こしていく流浪の民の処遇問題は、頭の痛いものであった。
人の命の値段は、とびきり安くなる。
安定した暮らしをもとめて、かつては自作農だった者が、みずから奴隷になることもあった。
流浪の民が合流し、豪族たちの私兵とぶつかり合うことも稀《まれ》ではない。
自分たちの土地を守るため、豪族たちは刃をふるう。
築かれていく死体の山、山、山…
やがて、死が日常茶飯事となった日々のなかで、人間としての最後の矜持がうしなわれてしまったのだろう。
襲われる前に襲う。
そういわんばかりに、豪族の私兵が暴走をはじめ、そうして、徒手空拳の流民に襲い掛かった。
自分たちの土地を、襲ってくるかもしれない者への、戒めも籠めて。
虐殺がおわったあとに、我にかえった豪族のうち、だれかがこんなことを言い出す。
そうだ、大人は殺すにしても、子供はもったいない。
『壷中』に連れて行けばよいではないか。
「人は動物のように狩られ、子供だけが残された。
大人たちはみな殺しにされ、物品はすべて奪われたそうだ。
掠奪された物は、ある物はそのまま豪族の屋敷を飾り、ある物は、『壷中』の資金となった。
子供たちは集められて、『壷中』のある村へ連れて行かれる。
そこで待っているのは、刺客になるための激しい訓練だ。
ありとあらゆる学問、武術、房中術に至るまで、徹底的に仕込まれる。
成人するころには、村の主たる襄陽を中心とする豪族たちに絶対服従するように、教育されている。
かれらは、命じられるまま忠実に動く。
わたしも細作を使うようになって思ったのだが、かれらの忠誠が、敵方の説得かなにかで失われてしまったらと、想像しただけで、とても怖くなる。
逆に、絶対無比の忠誠をささげてくれる人間を細作に使えたら、それは心強いだろうと思うよ。
皮肉なものではないか、別天地の楽園を指す『壷中』の名を冠する組織でありながら、その実態は、死を司《つかさど》るおそろしい子供たちを産み出す場所なのだ」
「わからぬ。親の仇である人間に育てられ、それでもなお、忠誠を尽くせるものなのか?」
「そこが教育の恐ろしさというものだろう。
もしわたしも叔父の死のあと攫われて、それでも毎日、きちんと食べさせてもらったうえに、それなりに仲間もできたなら、だんだんと心境が変化していっただろうと思う。
家族のことを忘れることはないかもしれないが、人というのは、やはり過去の思い出より、現在の己の環境のほうを優先するものだからな」
「しかし、俺たちが新野に居住するようになってから、七年間、人攫いなんて、出たことがなかった。
斐仁のことといい、なぜ今になって、連中は大胆に動き回っているのだ?」
趙雲が尋ねると、木の幹を背に、膝を抱えるようにして座っていた孔明は、その姿勢のまま、なんとも形容しがたい、笑っているような、困っているような表情を浮かべた。
「だから、新野に帰ってほしいと、わたしは言っているのだがね」
「なにが『だから』だ」
「子龍、いまは憶測に過ぎないから話せない」
「俺には理解できない、とでもいうのか」
「そうではない。あなたは、おそらく、わたしよりも多くのものを見た。すべてが、わたしではなく、あなたに対して向かっているのだ」
つづく
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