はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その19 あらわになっていくもの

2022年10月08日 09時43分47秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
趙雲は、わけがわからず、どこか寂し気な笑みを浮かべる孔明に苛立ちつつ、尋ねる。
「俺は『壷中』と、どういう関わりがあるというのだ」
「よいか、『壷中』は、二回にわたり、分裂をしている。
一度目は、みなしごを育てるための村であったものが、刺客を養成する隠れ里になったとき。
そのときのあおりをうけて、叔父は暗殺されたのだ。
二度目は、いまだ」
「いま?」
「そうだ。わたしたちは、自分たちが相手にしているものが、『壷中』という一つの組織である、と思い込んでいた。
しかし、そうして見ると、『壷中』の動きは、じつに整合性がないと思わないか。
図らずも、あなたはずばり言ってのけたではないか。
親を殺された者が、あるいは親から引き離された者が、親の仇に心服することができるのか、と。
『壷中』は刺客を作る組織であるが、同時に、非常に優秀な人間を作っている組織でもある。
そんなかれらが、いつまでも、愚かで淫蕩で怠惰な豪族たちに、唯々諾々と従っていると思うか?」

孔明は、懐から、ずっと大事そうに抱えていた、程子文《ていしぶん》の書簡を趙雲に突き出して見せた。
「読むがいい。わたしが千の言葉を尽くすよりも、ずっと説得力があるから」
趙雲は、不承不承に受け取りつつ、書簡を開いた。
そこには、男らしい、勢いのある、達筆な文字で、こんなことが綴られていた。

『軍師どの、おまえさんは泣いてはいないと思うが、とりあえず、泣いてくれるなとだけは先に言っておく。
おれはおまえさんに、いろいろ嘘をついたので、泣くに値しない男なのだ。
おれがどうして徐州から荊州にまで流れてきたのか、その理由はおまえさんとて肌で知っているだろうから、あえて書かない。
おれの一族は、荊州に行けば、なんとかなると信じていたようだ。
いま思うと目出度い考え方だが、当時の流民は、みな似たり寄ったりではなかったかな…』

そのあと、手紙は、一族が、突如として兵士たちに襲われたこと、大人たちはすべて殺され、程子文のような、子供だけが集められたことが綴られていた。

連れて行かれた先は、樊の隠れ里『壷中』。
そこで程子文は、『程範《ていはん》、字を子文』と名づけられ、刺客としての教育を受けた。
優秀ではあったが、気まぐれなふるまいのおおい程子文は、前線(つまりここでは、中原に派遣されている仲間たちのこと)から外され、劉琦の監視役として、襄陽に配置された。

『壷中』が身内であるはずの劉琦を警戒した理由は、その人柄にある。
気弱ではあるが潔癖な劉琦は、『壷中』の存在を知ったなら、おそらく怖じて、それを潰そうとする可能性があったのだ。
そんな劉琦が跡を継ぐよりも、おなじ『壷中』の仲間である、蔡瑁とつながる劉琮が跡を継いだほうが都合がよい。

そのための監視役として、二人が派遣された。
二人。
つまり、程子文と、花安英である。

「やはり」
うめくように低くつぶやいた趙雲に、孔明が声をかける。
「あなたの感覚はまちがいなかったようだな」
花安英に、直感的に嫌悪感を抱いた。
馴れ馴れしいから、男らしからぬ振る舞いをするから、というだけではない。
それはあとから付け足された情報だ。

花安英といると、ひどく緊張した。
その緊張感は、可憐な見た目を大きく裏切るほどにつよいものであった。
そう、張飛や関羽などの、相当な手練れと対峙したときと、まったくおなじ緊張感だった。

だから、蔡夫人と蔡瑁の密会現場から逃げる途中で、右肘を切っていたことにも気づかなかった。
相手に隙を見せないよう、反射的に、ずっと身構えていたのである。
百戦錬磨を自負する趙雲すら緊張させるほどの少年が、なぜ道化のような真似をして、おのれの本分を隠そうとするのか。
後ろ暗いところがないのであれば、武人として堂々と振る舞えばいい。
襄陽の独特の、文を重んじ、武を軽んずる雰囲気を厭うがゆえ、などというふうでもない。
武人であることを公に出来ない者、それをしてならない者とは、どんな種類の者か。

間諜。
あるいは、刺客。

花安英の、ときおり見せる、あどけなさの残る、ふてくされた顔を思い出すと、その疑問が揺らぐことすらあった。
趙雲は、疑問が外れていたらよいのにと思っていた自分に気づいた。

つづく


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このお話も、連載回数が100に近づいています。
これから、まだまだ続きますので、どうぞ見てやってくださいまし。
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