はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その6 大立ち回り

2022年09月25日 10時04分19秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
しかし酔客のほうは、よほどべろんべろんに酔っているらしく、相手が男か女かもわからないらしい。
まなじりを上げて、嫦娥《じょうが》に言う。
「黙っていろ、この女は、生意気に、俺の言うことを聞かないんだ」
「あんたの下劣な頼みは聞けないよっ、人のことをバカにしやがって!」
涙声のまま、追われていた妓女が怒鳴り返した。
それを聞くと、さすがに見物していた男たちもきまりが悪そうな顔をし、妓女たちはそれぞれ嫌悪感できれいな顔をゆがませた。

「重ねて言う。そのひとを離せ」
怒りを籠らせた、低い声だった。
しかし酔客は警告を受けてもそれを鼻で笑って受け流す。
それどころか、ふところから短刀を取り出して、さらに威嚇をはじめた。
「俺に手を出そうっていうのか、面白え、やれるものならやってみなっ」

嫦娥は軽く眉をひそめた。
さすがに夏侯蘭が前に出ようとすると、またもや藍玉が肩を強くつかんでくる。
「黙ってみていなさいな」
「しかし」

酔客は喧嘩慣れしているらしく、にやりといやらしく笑って、短刀をひらひらと見せつける。
しかし嫦娥はまったく動じない。
どころか、その手にいつの間に持っていたのか、中に灰がつまった香炉の中身をためらいもなく酔客に浴びせかけた。
「てめぇっ、このっ」
酔客の目に灰が入ったらしく、片手で目をあわててこすり、視界を取り戻そうとしている。
しかし、もう片方の手ではあいかわらず短刀の刃が凶悪な光を放っている。

嫦娥は機を逃さなかった。
はおどろいたことに、素早い動きで、もがく酔客の短刀をかわした。
そしてするりと身をすべらせるようにしてふところに飛び込むと、酔客の首筋にどん、と手刀を打った。

いや、単に手刀を打ったのではなった。
その指と指の間に、なにかが仕込んであるのに夏侯蘭が気づいたのは、酔客が空気が抜けたかのように白目をむいて、足元から崩れ落ちて言ってからであった。
「こんどこのひとに乱暴をはたらいたら、この針をおまえの喉に突き刺してくれる」
嫦娥は言うと、指と指のあいだに仕込んでいた長い針を男の首から引き抜いた。

あざやかな手並みであった。
喧嘩をなかば面白い見世物のようにして見ていた男たちは、ぞっとしたように青くなり、一方で妓女たちはわあっと楽し気に歓声をあげた。
嫦娥はというと、一瞬、得意そうな表情に変わったが、すぐに平淡な態度になり、伸びている酔客を軽く蹴飛ばすと、成り行きをみていた藍玉に言った。

「藍玉、こいつをいまのうちにつまみ出したほうがいい。それと、このあたりの妓楼で二度と迷惑をかけることができないよう、人相書きも手配してしまえ」
「よい考えですわ」
藍玉は言って、店の下働きの男たちにてきぱきと指示をはじめた。

ひとりがさっそく人相書きをつくりはじめ、ほかの男たちが酔客を戸板に乗せて外に運び出そうとしている。
殴られそうになっていた妓女は、何度も嫦娥に礼を言っていた。
「ひどい目に遭ったね、怪我はないか。あとで看てあげるから、部屋に戻っておいで」
酔客に対する敵意のこもった声とは打って変わって、妓女には優し気に話しかける。
その声を聴いて、ああ、ほんとうにこれは女だな、と夏侯蘭は納得した。

見物していた男たちは、やれやれというふうに息をついて、それぞれの相手とともに個室に戻っていき、あるいは家に帰っていった。
妓女たちは、酔客が荒らした大広間の片づけに忙しい。

「心配しておりましたのよ、旅はいかがでした」
藍玉がいうと、嫦娥はちらりと夏侯蘭のほうを気にしつつ、答えた。
「残念だが、失敗だ」
「まあ」
「しかし、まだ希望はついえていない。あの方がここを発ったそうだな」
「ええ、入れ違いに」
「それでよい。わたしのできることは少ない。あの方の知らせを待つだけだ」
「例の方はいずこに」
「あの家にいる。ところで藍玉、よくない知らせだ。ここに戻る途上で、壺中の連中を見かけた。また子供を攫うつもりらしい」
藍玉は答えず、目を見開いた。
「止めねばならぬ。だが、わたしは今の子を診なければならない。代わりに行ってくれるか」
「わかりました。では、ここにいる夏侯蘭どのと一緒に」

いきなり名を呼ばれた夏侯蘭だが、まったく会話についていけない。
この女たちは、いったい何の話をしているのだと戸惑うばかりである。
そもそも、嫦娥なる女が何者かすらわからない。

つづく


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