※
鄧幹《とうかん》の使者はすっかり怯え切って、まともに左右の足を前に出すことすらできなかった。
それでも、なだめたり、脅したりしながら、江夏城の門の前に立たせる。
「か、開門! 宴より帰って来たぞ」
緊張で声が裏返っている。
まずいな、と隠れて様子を見ていた孔明はひやひやしたが、場慣れている関羽たちは涼しい顔である。
「門さえ開いてしまえば、こちらのものだ」
と、関羽は頼もしいことを言った。
門の前には、鄧幹の使者と空っぽになった酒甕《さけがめ》の乗った荷車、舞姫や芸人たちがいる。
だが、じつのところ酒甕は空っぽなどではなく、中に兵が潜んでいる。
また、芸人に関しては、関羽が選りすぐった決死隊が化けた者に変わっていた。
そのなかには、武者姿となった胡済《こさい》の姿もある。
門が開いた。
鄧幹の使者は、門に入るなり、
「お、お助けえ!」
と中に転がり込んで、叫んだ。
だが、それより先に胡済と決死隊、さらには酒甕の中に隠れていた兵が飛び出して、守衛が門を閉めようとしているのをやめさせ、関羽と孫乾《そんけん》に、突撃してくるよう、合図を送って来た。
「それっ、突撃ぞ!」
関羽の呼びかけに、「おうっ」と勇壮な声が応じ、五百近い将兵が、江夏城市内へ突撃した。
さいごに、孫乾と孔明が門をくぐっていく。
にぎわう大通りを一直線に馬を走らせ進む。
江夏の住民たちが、朝っぱらから何が起こったのかと、驚きの目でこちらを見てくる。
矢のごとき勢いで突撃する関羽たちに巻き込まれぬよう、あわてて身をかわす町人の姿もあった。
江夏城の門は、天の助けで開いていた。
それを皮切りに、門を守っていた部隊が、さっそく敵わぬと判断したらしく、四散していく。
そのままの勢いで、関羽を先頭に、五百の兵と孔明らは、城内へ雪崩れ込だ。
城内には、思ったよりも人がいなかった。
おそらくは、鄧幹に人望がないのと、主だった家臣たちが軟禁されているためだろう。
城を守っていた兵士たちも、相手が関羽だとわかると、すぐに武器を捨てて降伏してきた。
鄧幹そのひとは、寝起きだったらしく、だらしのない格好のまま、ろくに帯もつけずに飛び出してきた。
なるほど、いかにも了見の狭そうな雰囲気の、目の小さな男である。
関羽が、
「鄧幹っ! 覚悟せよ!」
と大音声で威嚇すると、鄧幹を守るそぶりをしていた側近の者たちも、これまた武器を捨てて降伏してしまった。
鄧幹だけは、槍を手に抗戦の構えを見せたものの、見るからに戦慣れしていない様子で、関羽が突進して鄧幹の槍をしたからがあん、と跳ねると、それだけでもう尻もちをついてしまった。
関羽が、鄧幹の鼻先に、偃月刀の切っ先を突きつける。
「降伏するか」
たずねると、鄧幹は涙目になって、こくこくと首を縦にうごかした。
※
ほどなく、城の奥底に隠されていた劉琦が、孫乾と部下たちに担がれてやってきた。
孔明は、劉琦のやせ細った様子を見て、ぎょっとする。
病人だということはわかっていた。
軟禁状態でやつれているだろうことも想像していた。
だが、実際の劉琦の具合の悪さは想像以上だった。
劉琦の肌の全体は青黒くなっており、血の気が失せている。
目の輝きも失せ、孫乾に助けられ、やっと歩けているというふうだ。
おそらく、鄧幹に責め悩まされ、ここまで体調を崩してしまったのだろう。
さすがの孔明も頭にきて、きつく、後ろ手に縛られた鄧幹を睨みつける。
奸臣鄧幹は、孔明の射すくめるような視線を受け、身を縮こまらせた。
別動隊が、伊籍《いせき》ら家臣たちも解放して戻って来た。
伊籍は、いつもは小奇麗にしている男で、鼻の下にたくわえたちょび髭が特徴なのだが、軟禁されているなかでは、ろくろく身づくろいもできなかったようで、鼻から下はひげでぼうぼうだった。
伊籍は孔明を見つけると、感激の声を挙げながら、両手を差し伸べてきた。
「軍師っ、よく来てくださいました!」
「ご無事でなによりです。みなさま、お怪我はありませぬか」
伊籍と家臣たちは、いいえ、と首を横に振った。
「この鄧幹めは、卑劣漢ではありますが、潔癖症で、血を嫌ったものですから、おかげで助かりました」
と、伊籍は胡済とおなじことを言った。
つづく
鄧幹《とうかん》の使者はすっかり怯え切って、まともに左右の足を前に出すことすらできなかった。
それでも、なだめたり、脅したりしながら、江夏城の門の前に立たせる。
「か、開門! 宴より帰って来たぞ」
緊張で声が裏返っている。
まずいな、と隠れて様子を見ていた孔明はひやひやしたが、場慣れている関羽たちは涼しい顔である。
「門さえ開いてしまえば、こちらのものだ」
と、関羽は頼もしいことを言った。
門の前には、鄧幹の使者と空っぽになった酒甕《さけがめ》の乗った荷車、舞姫や芸人たちがいる。
だが、じつのところ酒甕は空っぽなどではなく、中に兵が潜んでいる。
また、芸人に関しては、関羽が選りすぐった決死隊が化けた者に変わっていた。
そのなかには、武者姿となった胡済《こさい》の姿もある。
門が開いた。
鄧幹の使者は、門に入るなり、
「お、お助けえ!」
と中に転がり込んで、叫んだ。
だが、それより先に胡済と決死隊、さらには酒甕の中に隠れていた兵が飛び出して、守衛が門を閉めようとしているのをやめさせ、関羽と孫乾《そんけん》に、突撃してくるよう、合図を送って来た。
「それっ、突撃ぞ!」
関羽の呼びかけに、「おうっ」と勇壮な声が応じ、五百近い将兵が、江夏城市内へ突撃した。
さいごに、孫乾と孔明が門をくぐっていく。
にぎわう大通りを一直線に馬を走らせ進む。
江夏の住民たちが、朝っぱらから何が起こったのかと、驚きの目でこちらを見てくる。
矢のごとき勢いで突撃する関羽たちに巻き込まれぬよう、あわてて身をかわす町人の姿もあった。
江夏城の門は、天の助けで開いていた。
それを皮切りに、門を守っていた部隊が、さっそく敵わぬと判断したらしく、四散していく。
そのままの勢いで、関羽を先頭に、五百の兵と孔明らは、城内へ雪崩れ込だ。
城内には、思ったよりも人がいなかった。
おそらくは、鄧幹に人望がないのと、主だった家臣たちが軟禁されているためだろう。
城を守っていた兵士たちも、相手が関羽だとわかると、すぐに武器を捨てて降伏してきた。
鄧幹そのひとは、寝起きだったらしく、だらしのない格好のまま、ろくに帯もつけずに飛び出してきた。
なるほど、いかにも了見の狭そうな雰囲気の、目の小さな男である。
関羽が、
「鄧幹っ! 覚悟せよ!」
と大音声で威嚇すると、鄧幹を守るそぶりをしていた側近の者たちも、これまた武器を捨てて降伏してしまった。
鄧幹だけは、槍を手に抗戦の構えを見せたものの、見るからに戦慣れしていない様子で、関羽が突進して鄧幹の槍をしたからがあん、と跳ねると、それだけでもう尻もちをついてしまった。
関羽が、鄧幹の鼻先に、偃月刀の切っ先を突きつける。
「降伏するか」
たずねると、鄧幹は涙目になって、こくこくと首を縦にうごかした。
※
ほどなく、城の奥底に隠されていた劉琦が、孫乾と部下たちに担がれてやってきた。
孔明は、劉琦のやせ細った様子を見て、ぎょっとする。
病人だということはわかっていた。
軟禁状態でやつれているだろうことも想像していた。
だが、実際の劉琦の具合の悪さは想像以上だった。
劉琦の肌の全体は青黒くなっており、血の気が失せている。
目の輝きも失せ、孫乾に助けられ、やっと歩けているというふうだ。
おそらく、鄧幹に責め悩まされ、ここまで体調を崩してしまったのだろう。
さすがの孔明も頭にきて、きつく、後ろ手に縛られた鄧幹を睨みつける。
奸臣鄧幹は、孔明の射すくめるような視線を受け、身を縮こまらせた。
別動隊が、伊籍《いせき》ら家臣たちも解放して戻って来た。
伊籍は、いつもは小奇麗にしている男で、鼻の下にたくわえたちょび髭が特徴なのだが、軟禁されているなかでは、ろくろく身づくろいもできなかったようで、鼻から下はひげでぼうぼうだった。
伊籍は孔明を見つけると、感激の声を挙げながら、両手を差し伸べてきた。
「軍師っ、よく来てくださいました!」
「ご無事でなによりです。みなさま、お怪我はありませぬか」
伊籍と家臣たちは、いいえ、と首を横に振った。
「この鄧幹めは、卑劣漢ではありますが、潔癖症で、血を嫌ったものですから、おかげで助かりました」
と、伊籍は胡済とおなじことを言った。
つづく
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ブログ村に投票してくださった方も、ありがとうございました♪
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この先も奮起して進めてまいります、引き続き応援していただけるとさいわいです(^^♪
さて、お話もいよいよ終盤。
刻々と赤壁編を開始すべき時間が近づている……「箱書き」の制作はまだ途中です(「箱書き」とは、プロット、つまり物語の設計図をシナリオ・センター式のフォーマットにあてはめたようなものです)。
ですが、どう書けばいいのかわかってきたので、なんとかなる、かな?
今日もしっかり創作に励んでまいりますv
ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)