はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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実験小説 塔 その37

2019年03月06日 08時44分52秒 | 実験小説 塔
「おやおや、ひどいありさまだな、色男」
「あんたは無事か、よかった」
「おい、神威将軍、やりすぎだぞ。こんなに腫れてしまって、八つ当たりではないか。いい男が台無しだ。
抵抗しなかったのか。痛むだろう。動けるか? 冷してから軟膏薬を塗ろう」
「あんたが人質になっていたから、手を出しかねていた。無事らしいな。石は?」
「石もわたしも無事だよ。これが反動なのかな。目を開けられるか」
「だいじょうぶだ。すこし頭痛と眩暈がする」
「いかん、瘤になっているではないか。早く冷そう。
おい、そこの、ぼーっとしている何人か、水を汲んでこい。きれいで冷えた水、それから清潔な布も用意してほしい」
「言うとおりにしてやれ。こいつに用はなくなった。
そう慌てることもあるまい。ここで採れる竜骨を飲めば、痛みや腫れもすぐに引くだろう」
「竜骨は内臓によいとは聞いているが、外傷にも効果があったかな」
「ここの竜骨は、まさにその名の通りの代物で、通常市場に出回っている『竜骨』とはモノが違う。たいがいの病に効き目をあらわす、万能薬だぞ」
「ますます現物を見てみたくなったが、いまはそうしてはおられぬ。さっきの小屋を借りるぞ。
立てるか。骨は折られていないようだな。わたしの肩につかまれ」





「なんにもない部屋だが、さして汚れているというふうでもない。すまないな、いっしょに行動するのだった」
「どうやってあいつを説得した」
「物の順序を語っただけさ。あの男は羌族による天下統一という大望を抱いていたようであるが、いかに時機を掴んでいないか、どれだけ向こう見ずな計画かを説明したのだよ。
しょげていたので、ついでにいかにすれば、自分たちの力を強くできるかも教えておいた」
「あんたは誰の味方だ。どうして未来に不安の種を蒔く」
「誰の味方というよりも、そうだな、あえて言うなら、平和の味方だ。たとえ蛮族と蔑まされる民族から出た者であろうと、天下を手中にするにふさわしい器ならば、それもよいのではないかと思う。
徳がある者が皇帝になるのが理想というじゃないか。血統にこだわりすぎるからこそ、姻戚だの宦官だのがつけ入る隙を与えてしまう。それを回避するなら、堯舜の時代の手法を復活させるのも悪くあるまい」
「あまりそれを他所で口にせぬほうがよいぞ。頭の固い連中が聞いたら、あんたが間諜の類いか裏切り者かと思うだろう」
「そうだろうね。あなたにだから言ったのだよ。天才はつねにその時代には理解されないものなのだ。嗚呼、悲しい」
「あんまり悲しがって見えないのだが」
「瞼が腫れているからだ。ほら、竜骨だ。毒見をしてみよう。
うむ、毒の類いは入っていないようだな。唇も切れているから沁みるだろうけれど、がんばって飲んでくれ」
「まずいな」
「薬だからな。どうだ?」
「すぐに効果が出るというものでもないだろう。すまん、眠たくなってきた。すこし休んでいいだろうか」
「そうだね、寝たほうがいい。わたしはすぐそばにいるから、なにかあったら呼んでくれ」





「おい、自称・神威将軍、おまえに頼みがあるのだが」
「それが漢族の頼みごとをする態度なのか?」
「すまんな、表面上はつとめて穏やかさを保たせているのだが、内心では腸が煮えくり返っている。あまり刺激されると、石を使うかもしれないぞ」
「………用件を言え」
「子龍の様子では、すぐに動かすのもむずかしそうだ。とはいえ、わたしのほうも人を待たせている。まずは太守にここの薬を渡さねばならぬし、石を返さねばならぬ。方向はてんでばらばら。
というわけで、考えたのだが、竜骨はおまえが太守のところへ届けるのだ」
「冗談も休み休みいうがいい」
「冗談なものか。このまま『わたしは何も知りませんでした。帰ります』で済ませるつもりか。遺恨を残さぬように、大人しく、『すみませんでした、これで勘弁してください』と薬を差し出せ。
まあ、向こうもいろいろと犠牲を出しているわけだから、簡単に『よろしい』とは言わないだろうが、わたしの名で手紙を書くので、それを持っていくといいだろう」
「貴様の手紙がなんだという」
「まあ、そういきり立つな。わたしの名は諸葛孔明。劉左将軍の軍師をつとめているものだ」
「聞いたことがある」
「ふん、その程度の知名度であろうな。知られているだけでもよい。
それはともかく、わたしの手紙の内容はこうだ。
『この男はたしかに羌族を煽りたて、貴殿に叛乱を企てようとしていたが、いまは大人しく改悛し、こうして矜持を捨てて潔く負けを認めている』」
「なんだと?」
「たわけ。思い切り低姿勢にならねば、首が飛ぶぞ。
つづき。『この男に多くの羌族の部族は心服しており、この男の首が落ちた場合は、またあらたに貴殿の任地にて暴動が起こるであろう。わが蜀のつけ入る隙も多分に出てくるというものだ』」
「む?」
「『しかし、この男の首がつながっている場合は、男の態度を見ればあきらかなとおり、貴殿に恭順の意を示している。男に従い、羌族たちも暴動を起こす真似はすまい。どちらが貴殿にとってよい結果をもたらすか、熟慮されたし』と、こんな調子で書く」
「貴様、策士だな」
「軍師だと言っただろう。というわけで、薬を頼む。わたしは子龍の看病に忙しい。子龍が治ったら、すぐに塔へ向かわねばならぬしな」
「貴様が太守のところへ行けばいい」
「そうなると、子龍を一人でここに置いていくことになるが、そうなった場合に、不安材料が出てくるのだ」
「………俺たちを疑う気か」
「ずばり、完全に和解はできていなかろう。この石の力は強すぎるゆえ、おまえの考えが変わっても無理からぬこと。
すまんな、わたしはおまえの言うとおり策士なので、そこまでは人間に夢を持てない立場なのだよ。返答は?」





「また狼の声だ。だんだん近くで聞こえている気がする。日が落ちてきたからかな」
「なにをしている」
「すまない、起こしたか。神威将軍たちに持たせる手紙を書いているのだよ。たった一通で羌族の窮地を救ってしまう、鬼才・諸葛孔明しか書けぬ最高の手紙だ」
「自分で言うかね。薬のせいか、頭痛が取れたな」
「へえ、たしかにここの竜骨は効き目がすばらしいようだな。む?」
「なんだ」
「………気味が悪いな。効きすぎだろう。いま手鏡を出すよ。見てみるがいい。顔の腫れが、もう引いている」
「ほんとうだ。これはすごいな。買いだめしておいたほうがいいかもしれないぞ」
「それはたしかにそうだけれど、すこし不自然だろう。これほど効き目が強い薬なぞ、聞いたことがない」
「なににだって例外はあるだろう。これを飲み続ければ、うまくすれば明日にはふつうに動けるようになる。太守のところへ戻ろう」
「太守のところへは手紙を書いたよ。うん、この効き目なら、太守の病も癒え、羌族との和解もうまくいくかもしれないな。ふむ」
「おい」
「なんだ」
「あんたの行動の予想のつけかたがわかってきた。なんだってそう目をぎらぎら輝かせているのだ。よからぬことを考えているだろう」
「別によからぬことではない。それほどまでにすばらしい効き目を示す竜の骨というものが、はたしてどんなものなのかを見てみたいなと思っただけさ。本物の霊獣・龍だぞ。
って、おや? おかしいな、龍は不死ではなかったろうか。これも例外かな。どう思う?」
「どうもこうも。ところで表が騒がしいぞ」
「ほんとうだ。これは気の毒に、人夫が怪我をしたらしい。竜骨の採掘をしていた者であろうか。ちょっと聞いてみよう。

おい、どうしたのだ、石でも落ちてきたか? ちがう? 
へえ、狼か。狼に噛まれたと。さっきの遠吠えをしていた狼だったのかな。
最近多いって? ここに家畜はいないのに、狼はよそに行かずにこの採掘場ばかりうろついて、人夫を襲う。
ふむ、それも面妖な。人間の肉が好きなのかな。怖がらせるつもりはないけれど、どうぶつの肉のなかでも、とくに人間の肉に味をしめたやつが、家畜には目もくれず、人間ばかり狙っている可能性もあるのではと思ったのだ。
狼がいないか確かめに行くって。ちょうどいい、竜の骨がどんなものか、ついでに見てこよう。わたしも連れていってくれ。邪魔はしないよ」





「で、どうだった」
「子龍、すまぬ、いますぐに出立しよう。荷物はあるな? 馬もすでに用意してある。あとはわれらが動くだけ。さあ、行くぞ」
「待て、なにがあった。神威将軍が心変わりでもしたのか」
「そうではない、もっと深刻だぞ。狼に石を盗まれた」
「は?」
「ええい、説明している時間が惜しい。いかんな、いまのわたしはだいぶ度を失っているようだから、おかしなことを口にしてもかまわないでくれ。
あなたの怪我はだいぶひどいようだから、このままここに残ってくれていい。わたしだけであいつを追う」
「あいつ? 狼か」
「うん、狼だ」
「あのな、まずはそこに落ち着いてすわれ。ほら、ここに飲みかけだが俺の水がある。それを飲んで、もういちど言ってくれ。狼が」
「ぬるいな」
「贅沢を言うな」
「でも落ち着いた、ありがとう。とはいえ、あまりゆっくりもしておられぬ。
ずばり言うと、こうだ。竜の骨を見に行ったらば、狼がどうやら待ち伏せをしていたらしいのだな。突如として闇から姿をあらわし、わたしの懐に隠していた石の袋を、じつに器用にその長い鼻面で探りあてると、そのままそれを加えて逃げて行ったというわけだ」
「狼が」
「うん、狼が」
「あんたは怪我ひとつせず、石だけを取られた」
「うん」
「たわけ」
「たわけ?」
「そんな狼がいるか。あんたを食うつもりでもなく、ただ石だけを取るためにあらわれて、器用に怪我もさせずに去って行ったなどとありえぬ」
「石が目的の狼だったのかもしれぬ」
「狼が石をどうする。あんた、ほんとうに頭に血が上ると駄目だな。ついでに竜骨も飲んでおくか?」
「それはやめておく。でも、たしかにそうだな。うん、おかしい。野生に反している。狼がなんだって石だけを盗んでいったのだろう」
「可能性はふたつ。狼を手なつけている人間がおり、石を取るために狼を寄越した可能性だ。狼も小さな頃からしつければ、犬といっしょで、人間の言うことを聞くそうだ。もちろん、かなりの技術が必要となるらしいが。
で、もうひとつの可能性は」
「可能性は?」
「石が好きな狼だった。ありえんな」
「自分で言って自分で否定しないでくれ。
しかし、ありえないともいえないのではないか。もともとわけのわからぬ石ゆえ、狼さえも魅入らせる力があるのかもしれぬ」
「狼の足ならば、もうだいぶ遠くに行っただろうな。これを追うのは至難の業だが、行かねばなるまい」
「やはりあなたは休んでいたほうがいいのではないかな」
「薬のおかげで熱も下がったし問題なかろう。石の加護のなくなったあんた一人で狼を追えるとも思えぬし。さあ、行こう」

つづく……

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