「行き給え、ぜひぜひ行き給え。とくに花火は見ものだ。ほかはどうでもよい、ともかく花火を見に行き給え」
宮城にて、今宵に行われる七夕花火大会の打ち合わせにやってきた孔明であるが、帰りがけに珍しく、揚武将軍の法正に呼び止められた。
なにかと思えば、花火を是非見に行け、という要請である。
しかしそれは、
「軍師は働きづめであるから、少し休まれたほうがよろしかろう」
という、優しい動機からきているものではないことは、細いキツネ目が、なにやら、よこしまに笑っているところから推測できる。
「なにか企みでもあるのでしょうか」
孔明のお供で竹簡を抱えていた偉度は、法正のしつこいほどの「花火をみろ」要請を胡散臭く思っているようだ。
もとより、偉度は、法正が大きらいである。
高らな笑いを残して去っていく法正に、キツネを前にした山犬のように、いまにも牙をむきそうになっている偉度をたしなめつつ、孔明はぼやいた。
「せっかくのお誘いだが、わたしは無理だな。偉度、代わりに行って、様子を見てきてくれ」
「なぜです。成都中がお祭りだというのに、一人外れて仕事をなさるのですか。喬さまとご一緒に行かれたらよろしいでしょう」
「喬は、許家の人たちと一緒に行くようだ。あちらにすっかり気に入られてね。高台の飯店を借り切って、バーベキューをしながら花火見物だそうだよ」
「それは優雅ですな」
「そういうおまえとて、今宵は用があるのだろう。わたしに付き合わなくてよいから、行っておいで」
「あなたを一人にしておくわけには参りませぬ。仕事より優先させねばならぬものなど、ほかにはございませぬ。ご一緒いたします」
偉度が意気込んで言うのを、孔明はやんわりと抑える。
「そういうな。子供との約束を破ると、あとで、とんでもなく後味が悪いものだぞ」
偉度は、ぴたりと表情を固め、それから、しばし思案したあと、大きな目を上目遣いに動かして、孔明に問う。
その、らしからぬ動揺ぶりに、孔明は思わず笑ってしまう。
「なぜにお笑いになる。どうしてご存知なのです」
「なにがだ」
「わたしが、その、子供の世話をしなければならない、ということでございます」
「昨日、あの子がわたしの屋敷に来たのだよ。偉度は、明日、大切な用事があるので、絶対に残業をさせないでほしい、と言ってきた」
あいつ、と偉度は気恥ずかしさと、ほんのすこしの苛立ちをおぼえたが、不思議とそれは怒りには発展しなかった。
「おまえの数少ない友だちの、たっての頼みであるからな、断るわけにはいかぬ。おまえを残業させたら、わたしがあの子に恨まれてしまう。子供の恨みを買いたくはない。命令だ。花火に行け」
といって、孔明は朗らかに笑った。
※
どういう命令だ、と偉度はぶちぶち言いながらも、孔明と別れたあと、メールを確認する。
そこには、数少ない友だちである、陳到の娘・銀輪のメールが入っていた。
『今日はこのあいだ着ていた、縞模様の着物で来てね』
そんなもの知るか、身づくろいは適当でいいや、とそのまま花火大会の会場に行きかけた偉度であるが、大路をずんずんと一人で歩き、待ち合わせ場所がどんどん近づいてくるにつれ、なんともいえぬ居心地の悪さに襲われ、結局、人の波に逆らうように、踵を返して自邸に戻り、そして急ぎ、縞模様の衣裳に着替えると、待ち合わせ場所に向かった。
汗だくになりながら、なんだってこんな思いをしているのだか、と、どこかで己を冷めて見つつ。
待ち合わせ場所に行くと、九つ年下の小学生・陳銀輪は、ぴょんぴょんと跳ねながら、大きく手を振った。
この銀輪、小学生には見えない体つきをしているため、どちらかといえば童顔である偉度と並ぶとちょうどよく、とても九つの年齢差を思わせない。
が、そこに問題があるのだと、偉度は思っているのだが。
偉度が近づいていくと、銀輪に声をかけようとしていた少年たちが、これみよがしに、「男つきかぁ」と言って立ち去っていく。
良家の子女を、これだけ雑多な人の波の中、ひとりにしておくのは危険だというのに、あの親父さん、変なところで自由にさせているのだな、と思いつつ、偉度は銀輪に近づく。
そして、銀輪の纏う衣裳を見て、偉度はさらに眩暈をおぼえた。
「なんだって、おまえも縞模様の衣裳を着ているのだ!」
偉度が言うと、銀輪は頬を膨らませる。
「ええ? いいじゃん、友達同士、おそろいの衣裳だよ」
「友達同士は、おそろいの衣裳は着ない! 着替えてくる」
「いまから着替えてたら、花火大会が終わっちゃうよ。だってさ、偉度っち、その衣裳がいちばん似合うなと思ったし、それにね、縦縞模様って、痩せて見えるでしょ? 銀は、胸が大きいから、着物を選ぶの、大変なんだよー。カワイイ柄つきのとかだと、胸のせいで太ってみえちゃうから、ダメなの。縦縞だと、ほら、意外に胸が目立たないでしょ?」
「目立たないでしょ、ってな…だれかに見られたらどうする」
「いいじゃん、不倫カップルじゃあるまいしー、友達同士で一緒に花火に見に来ただけで、どうしてやましく考えるの? ほらぁ、綿飴買ってあげるから、むずかしいこと考えないで、早く行こうよ。いい場所、なくなっちゃうよ」
渋る偉度の手を強引に引きつつ、銀輪は花火大会へ向かう人の波の中に入って行った。
※
花火大会は、成都の郊外の錦江でおこなわれる。
人々は、ちょうど長星橋商店街を抜けて、長星橋を渡って、河原に行くのであるが、それを目当てに、多くの出店が並んでいる。
そのなかでも、ひときわ目立つ牛串屋が、香ばしい匂いをぷんぷんさせて、客を釣っていた。
屋台の中では、ラジカセが、北島三郎の『祭』をエンドレスで流しており、かなりやかましい。
「♪まーつりだ まつりだ まつりだ かせぎどきー」
と、北島三郎の景気の良い歌声に、やはりハモリ+替え歌を入れて、うちわをバタバタ煽いでいるのは、ほかならぬ費文偉である。
その後ろで、牛串に何日も前から二人で懸命に作り上げたタレを塗っているのが、董休昭であった。
「文偉、それうるさいよ。となりの金魚すくいの親父さんに、にらまれる前に音量を下げろよ」
「なんでだよ。おかげで客が足を止めてくれるんので、売り上げ絶好調だろう。この機を逃してはならぬ。うむ、孫子も言っているだろう、戦いにおいては、勢いがなにより大切なのだ。いまが売りどきぞ。ヘイ、らっせい! 牛串一丁! おい、ねぎ串も用意しておいてくれ」
「調子のいいやつめ、刀筆吏なんぞやってないで、いっそ商人に身を転じたほうが、よっぽど大成するのじゃないか」
休昭の言葉も聞き流し、文偉は、いつものごとくニカニカと、愛想のよい笑顔を周囲に振りまきつつ、年頃の娘が寄ってくると、おねえさん、どこから来たの? 彼氏いる? 花火終わったら、また寄ってくれない? などと調子のよいことを言っている。
たいがいは相手にされていない。
「牛串二本」
「ヘイ、毎度あり! って、なんだ、公琰殿じゃないか」
「ナンパと小遣い稼ぎか。忙しいやつだな」
蒋琬、字は公琰は、今日はぞろりとした着物にちいさな剣を携えて、洒落た帯飾りを下げて、なかなか男ぶりのよいところを見せている。
どこかへ出かけていたのか、肌の色も真っ黒だ。
その首には、メタリックに光るデジカメがぶら提げられていた。
「今日くらい、休んで花火を楽しめばよいものを」
しかし文偉はばたばたと内輪を煽いで答える。
「貧乏暇なし。こちとら貧乏なので、こういうときに家計を助けねば、いざというときの保険料も払えぬ有様なのでな。そうだろう、休昭」
「月月火水木金金」
「公琰殿は、夏休みにどこかへお出かけに?」
色の黒いのを指摘されたとわかった蒋琬は、ははは、と声を立てて、言った。
「まあ、ちょっと泳ぎに行ったのだ。そうだ、馬将軍と一緒になったぞ。あの方は、優雅に舟で川遊びをしていらした。最後はビキニパンツで川に飛び込んでいたが。あの方の行動は予想がつかぬな」
「ビキニパンツ…想像したくない…」
「そうだ、記念に、おまえたちが働いているところを撮ってやろうか」
と、蒋琬がデジカメを構えたので、あわてて文偉と休昭は否定した。
「いい! いらない! マジで! つーか、わたしたちを撮っても面白くないから!」
断られたので、蒋琬は不服そうな顔をしながら、デジカメをしまった。
「そうか? 文偉を撮ると、やたら陽気なご先祖様も一緒に撮れて、面白いのだが。お盆も近いし、たくさん撮れると思うぞ」
「いい、撮らなくていい! ご先祖様は、われらが各自で偲ばせてもらう。具体的に知りたいとは思わないから!」
「冷たいやつらだな。馬将軍を撮って差し上げたら、久しぶりに一族の姿が見られたと喜んでおられたが」
「……あいにくと我らは器が小さいのでな」
「まあ、ここでわたしが立っていると商売の邪魔だろう。そろそろ行く。がんばれよ。すこしだが、売り上げに貢献させてもらう」
免官になって久しいのに、余裕があるな、と不思議に思いつつ、文偉は蒋琬に牛串を二本渡した。
「一人で来たのか」
「いいや、向こうに妻を待たせてある。ではな」
そういって人ごみのなかに去っていく蒋琬の姿を、休昭は身を乗り出して見送った。
「いいなあ、『向こうに妻を待たせてある』だって。ちょっと言ってみたい台詞ではないか。公琰殿の奥方は、どのような方なのだろう」
「さあて、わたしも紹介してもらったことが無いので知らないが、偉度によれば、可愛らしい方だそうだよ」
「偉度か、あいつは何でも知っているな。噂じゃ、陳叔至さまのご長女となにやら良き仲になっているとか」
「叔至さまのご長女? って、あそこは四人ともまだ小学生だろう。偉度め、ロリコンだったのか」
「ロリコンでもなんでも、噂になるだけ華があるじゃないか。どうしてわたしは、そういう話からとんと縁遠いのだろうな」
ぼやく休昭であるが、実は最近、見合い話が大量に舞い込んでいるものの、父の董和が、「うちの息子にはまだ早いので」と片っ端から断っているという事実を、まだ知らない。
つづく……
(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/08)
宮城にて、今宵に行われる七夕花火大会の打ち合わせにやってきた孔明であるが、帰りがけに珍しく、揚武将軍の法正に呼び止められた。
なにかと思えば、花火を是非見に行け、という要請である。
しかしそれは、
「軍師は働きづめであるから、少し休まれたほうがよろしかろう」
という、優しい動機からきているものではないことは、細いキツネ目が、なにやら、よこしまに笑っているところから推測できる。
「なにか企みでもあるのでしょうか」
孔明のお供で竹簡を抱えていた偉度は、法正のしつこいほどの「花火をみろ」要請を胡散臭く思っているようだ。
もとより、偉度は、法正が大きらいである。
高らな笑いを残して去っていく法正に、キツネを前にした山犬のように、いまにも牙をむきそうになっている偉度をたしなめつつ、孔明はぼやいた。
「せっかくのお誘いだが、わたしは無理だな。偉度、代わりに行って、様子を見てきてくれ」
「なぜです。成都中がお祭りだというのに、一人外れて仕事をなさるのですか。喬さまとご一緒に行かれたらよろしいでしょう」
「喬は、許家の人たちと一緒に行くようだ。あちらにすっかり気に入られてね。高台の飯店を借り切って、バーベキューをしながら花火見物だそうだよ」
「それは優雅ですな」
「そういうおまえとて、今宵は用があるのだろう。わたしに付き合わなくてよいから、行っておいで」
「あなたを一人にしておくわけには参りませぬ。仕事より優先させねばならぬものなど、ほかにはございませぬ。ご一緒いたします」
偉度が意気込んで言うのを、孔明はやんわりと抑える。
「そういうな。子供との約束を破ると、あとで、とんでもなく後味が悪いものだぞ」
偉度は、ぴたりと表情を固め、それから、しばし思案したあと、大きな目を上目遣いに動かして、孔明に問う。
その、らしからぬ動揺ぶりに、孔明は思わず笑ってしまう。
「なぜにお笑いになる。どうしてご存知なのです」
「なにがだ」
「わたしが、その、子供の世話をしなければならない、ということでございます」
「昨日、あの子がわたしの屋敷に来たのだよ。偉度は、明日、大切な用事があるので、絶対に残業をさせないでほしい、と言ってきた」
あいつ、と偉度は気恥ずかしさと、ほんのすこしの苛立ちをおぼえたが、不思議とそれは怒りには発展しなかった。
「おまえの数少ない友だちの、たっての頼みであるからな、断るわけにはいかぬ。おまえを残業させたら、わたしがあの子に恨まれてしまう。子供の恨みを買いたくはない。命令だ。花火に行け」
といって、孔明は朗らかに笑った。
※
どういう命令だ、と偉度はぶちぶち言いながらも、孔明と別れたあと、メールを確認する。
そこには、数少ない友だちである、陳到の娘・銀輪のメールが入っていた。
『今日はこのあいだ着ていた、縞模様の着物で来てね』
そんなもの知るか、身づくろいは適当でいいや、とそのまま花火大会の会場に行きかけた偉度であるが、大路をずんずんと一人で歩き、待ち合わせ場所がどんどん近づいてくるにつれ、なんともいえぬ居心地の悪さに襲われ、結局、人の波に逆らうように、踵を返して自邸に戻り、そして急ぎ、縞模様の衣裳に着替えると、待ち合わせ場所に向かった。
汗だくになりながら、なんだってこんな思いをしているのだか、と、どこかで己を冷めて見つつ。
待ち合わせ場所に行くと、九つ年下の小学生・陳銀輪は、ぴょんぴょんと跳ねながら、大きく手を振った。
この銀輪、小学生には見えない体つきをしているため、どちらかといえば童顔である偉度と並ぶとちょうどよく、とても九つの年齢差を思わせない。
が、そこに問題があるのだと、偉度は思っているのだが。
偉度が近づいていくと、銀輪に声をかけようとしていた少年たちが、これみよがしに、「男つきかぁ」と言って立ち去っていく。
良家の子女を、これだけ雑多な人の波の中、ひとりにしておくのは危険だというのに、あの親父さん、変なところで自由にさせているのだな、と思いつつ、偉度は銀輪に近づく。
そして、銀輪の纏う衣裳を見て、偉度はさらに眩暈をおぼえた。
「なんだって、おまえも縞模様の衣裳を着ているのだ!」
偉度が言うと、銀輪は頬を膨らませる。
「ええ? いいじゃん、友達同士、おそろいの衣裳だよ」
「友達同士は、おそろいの衣裳は着ない! 着替えてくる」
「いまから着替えてたら、花火大会が終わっちゃうよ。だってさ、偉度っち、その衣裳がいちばん似合うなと思ったし、それにね、縦縞模様って、痩せて見えるでしょ? 銀は、胸が大きいから、着物を選ぶの、大変なんだよー。カワイイ柄つきのとかだと、胸のせいで太ってみえちゃうから、ダメなの。縦縞だと、ほら、意外に胸が目立たないでしょ?」
「目立たないでしょ、ってな…だれかに見られたらどうする」
「いいじゃん、不倫カップルじゃあるまいしー、友達同士で一緒に花火に見に来ただけで、どうしてやましく考えるの? ほらぁ、綿飴買ってあげるから、むずかしいこと考えないで、早く行こうよ。いい場所、なくなっちゃうよ」
渋る偉度の手を強引に引きつつ、銀輪は花火大会へ向かう人の波の中に入って行った。
※
花火大会は、成都の郊外の錦江でおこなわれる。
人々は、ちょうど長星橋商店街を抜けて、長星橋を渡って、河原に行くのであるが、それを目当てに、多くの出店が並んでいる。
そのなかでも、ひときわ目立つ牛串屋が、香ばしい匂いをぷんぷんさせて、客を釣っていた。
屋台の中では、ラジカセが、北島三郎の『祭』をエンドレスで流しており、かなりやかましい。
「♪まーつりだ まつりだ まつりだ かせぎどきー」
と、北島三郎の景気の良い歌声に、やはりハモリ+替え歌を入れて、うちわをバタバタ煽いでいるのは、ほかならぬ費文偉である。
その後ろで、牛串に何日も前から二人で懸命に作り上げたタレを塗っているのが、董休昭であった。
「文偉、それうるさいよ。となりの金魚すくいの親父さんに、にらまれる前に音量を下げろよ」
「なんでだよ。おかげで客が足を止めてくれるんので、売り上げ絶好調だろう。この機を逃してはならぬ。うむ、孫子も言っているだろう、戦いにおいては、勢いがなにより大切なのだ。いまが売りどきぞ。ヘイ、らっせい! 牛串一丁! おい、ねぎ串も用意しておいてくれ」
「調子のいいやつめ、刀筆吏なんぞやってないで、いっそ商人に身を転じたほうが、よっぽど大成するのじゃないか」
休昭の言葉も聞き流し、文偉は、いつものごとくニカニカと、愛想のよい笑顔を周囲に振りまきつつ、年頃の娘が寄ってくると、おねえさん、どこから来たの? 彼氏いる? 花火終わったら、また寄ってくれない? などと調子のよいことを言っている。
たいがいは相手にされていない。
「牛串二本」
「ヘイ、毎度あり! って、なんだ、公琰殿じゃないか」
「ナンパと小遣い稼ぎか。忙しいやつだな」
蒋琬、字は公琰は、今日はぞろりとした着物にちいさな剣を携えて、洒落た帯飾りを下げて、なかなか男ぶりのよいところを見せている。
どこかへ出かけていたのか、肌の色も真っ黒だ。
その首には、メタリックに光るデジカメがぶら提げられていた。
「今日くらい、休んで花火を楽しめばよいものを」
しかし文偉はばたばたと内輪を煽いで答える。
「貧乏暇なし。こちとら貧乏なので、こういうときに家計を助けねば、いざというときの保険料も払えぬ有様なのでな。そうだろう、休昭」
「月月火水木金金」
「公琰殿は、夏休みにどこかへお出かけに?」
色の黒いのを指摘されたとわかった蒋琬は、ははは、と声を立てて、言った。
「まあ、ちょっと泳ぎに行ったのだ。そうだ、馬将軍と一緒になったぞ。あの方は、優雅に舟で川遊びをしていらした。最後はビキニパンツで川に飛び込んでいたが。あの方の行動は予想がつかぬな」
「ビキニパンツ…想像したくない…」
「そうだ、記念に、おまえたちが働いているところを撮ってやろうか」
と、蒋琬がデジカメを構えたので、あわてて文偉と休昭は否定した。
「いい! いらない! マジで! つーか、わたしたちを撮っても面白くないから!」
断られたので、蒋琬は不服そうな顔をしながら、デジカメをしまった。
「そうか? 文偉を撮ると、やたら陽気なご先祖様も一緒に撮れて、面白いのだが。お盆も近いし、たくさん撮れると思うぞ」
「いい、撮らなくていい! ご先祖様は、われらが各自で偲ばせてもらう。具体的に知りたいとは思わないから!」
「冷たいやつらだな。馬将軍を撮って差し上げたら、久しぶりに一族の姿が見られたと喜んでおられたが」
「……あいにくと我らは器が小さいのでな」
「まあ、ここでわたしが立っていると商売の邪魔だろう。そろそろ行く。がんばれよ。すこしだが、売り上げに貢献させてもらう」
免官になって久しいのに、余裕があるな、と不思議に思いつつ、文偉は蒋琬に牛串を二本渡した。
「一人で来たのか」
「いいや、向こうに妻を待たせてある。ではな」
そういって人ごみのなかに去っていく蒋琬の姿を、休昭は身を乗り出して見送った。
「いいなあ、『向こうに妻を待たせてある』だって。ちょっと言ってみたい台詞ではないか。公琰殿の奥方は、どのような方なのだろう」
「さあて、わたしも紹介してもらったことが無いので知らないが、偉度によれば、可愛らしい方だそうだよ」
「偉度か、あいつは何でも知っているな。噂じゃ、陳叔至さまのご長女となにやら良き仲になっているとか」
「叔至さまのご長女? って、あそこは四人ともまだ小学生だろう。偉度め、ロリコンだったのか」
「ロリコンでもなんでも、噂になるだけ華があるじゃないか。どうしてわたしは、そういう話からとんと縁遠いのだろうな」
ぼやく休昭であるが、実は最近、見合い話が大量に舞い込んでいるものの、父の董和が、「うちの息子にはまだ早いので」と片っ端から断っているという事実を、まだ知らない。
つづく……
(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/08)