はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その31

2019年02月13日 09時52分29秒 | 実験小説 塔


「髪型も化粧も完璧、衣裳の趣味もわるくなければ、宝飾品もうるさからず、かといって地味からず、これで背丈がこれほどに高くなければ、ふつうに美女でとおる似合いっぷり」
「自分で言うな。世の混乱を避けるためにも、ここを出たら、あんたはすぐにそれを脱いで、元の姿に戻るべきだ」
「もちろん、そうするとも。似合っているからといって、喜んでいるなどと思わないでくれ。
む、なかなか薬が利かないようだな。牢番の連中、まだまだ寝入りそうにない。図体のでかい連中だったから、薬のまわりが遅いのか。しばらくはここでじっとしていよう。
やれやれ、こうなるのであれば、もっと衣を香で焚き染めておくのであった。急いでいたから、ほとんど匂いが消えてしまっている」
「香まで付けているのか……」
「たしなみだぞ。あたりまえだろう。やはり美女の決め手は香だからな。それに、背丈のことできっと変に目立つだろうから、それを誤魔化すための香でもあるのだ。恐れ入ったか」
「いばるな。しかし、女に見えるが、見えるというだけで、おまえはやはり男だな」
「うむ、それはよい意見だ。目が覚めたか」
「最初から目は覚めている」
「そうか? まあ、昨日のことは忘れてさしあげよう。わたしの寛大さに感謝したまえ」
「それはどうも。俺も昨日の態度はわるかった。一晩やすんで、頭が冷えたかな」
「たいへんによろしい。ならば、こちらも安心できるというものだ。牢番が倒れるまで、すこし話をしよう。ちゃんと食事は摂ったか」
「閉じこめられてはいたが、扱いはわるくない。太守御自らお出ましになって、あれこれとたずねてきたが、脅されるわけでも小突かれるでもなし、こういうとあれだが、きちんと教化された人間だ、という印象があったな」
「うん、わたしもさっきあったけれど、悪い男ではなかったな。大物というほどでもないけれど、有能であることにはちがいあるまい。荒れ果てた涼州を復興させ、すさんだ民の心を立て直すため、あれこれと動いているようだよ。民の心のうえに己の国を建てる。うむ、主公と同じ考えだな、これは」
「主公か。もしも俺がこのまま成都にかえったなら、劉予州はどのような顔をされるであろう。ぼんやりとだが覚えているのだが、優しい方であったように思う。まちがっていないか」
「まちがっていないよ。おそらくは、残念がりはするけれど、それよりも喜ぶだろうね。記憶をなくしてしまってもなお、また戻ってきてくれたと。
やはり、あなたは変わらず律儀なのだよ。子龍、ひとつ聞いてもよいだろうか」
「なんだ」
「なぜにわたしに惹かれる。わたしの容姿が女のようであるからか」
「あんたはほんとうに突飛だな」
「そうか? しかし、どうしても聞いておきたかった。よい機会だから言おう。ほんとうは、以前からずっと聞かねばなるまいと思っていたことだったのだよ。けれど、怖くて聞けなかった。
もし聞いたなら、あなたは怒るか……いや、怒りはすまいな。あなたのことだから、きっと、わたしがそのように思っていることを、おのれのなにかがわたしを追いつめているものだと思って、自分を責めるだろう」
「いまなら聞けるというのか」
「いまのあなたを莫迦にしているのではないのだよ。記憶があろうとなかろうと、子龍は子龍だ、変わらない。
ただ、ちがうところといえば、いまのあなたは、とても正直だということだ。答えられるのではないか。いや、答えてほしい。嘘はなしだ」
「嘘をつくつもりもない。しかし、してみるに、あんたは自分が女と見えることがいやなのだな」
「うれしいと思うか。そもそも、女のような容姿なんぞ、政(まつりごと)の道を志す者にとっては邪魔にしかならぬ。この脆弱な容姿ゆえに、いままで、どれだけ理不尽な目に遭ってきたことやら。
宴に出ればからかいの種にされるし、普段でもよほど軟弱に見えるのか、こちらのことをよく知らぬ者の態度は、ほとんどが妙に馴れ馴れしかったり、莫迦にしたものになる」
「俺はどうだった」
「あなたも最初は冷たかったよ。でも、そのあとがよかったから、帳消しにしよう。ありがたく思うように」
「あんたは、その憎まれ口がなかったら、最高なんだがな」
「これも含めてわたしさ」
「そうなのだろうな。俺は、以前の俺がわからないが、根本が同じとあんたが言うのであれば、きっと同じことを考えただろう」
「どんなふうに」
「あんたの容姿が女のように見えるから、惹かれたわけではない。もっと言うなら、女のように見える男というのは、宦官にかぎらず、天下にまだまだたくさんいる。あんたはたしかに見た目はずばぬけているが、それだけで惹かれるものではない。
もし、俺が盲目で、そしてあんたに会ったとしても、やはり同じように惹かれただろうな。とはいえ、あんたの容姿のよさが、まったく関係がない、というのも嘘だ。俺はあんたの全部をひっくるめて強く惹かれる。
なぜかはわからん。記憶をなくしてもそうならば、きっとこういうことなのだろう。あんたの持つものすべてが、俺の心に適うのだ」
「…………」
「どうした」
「ああ、いや、すまない。そこまですごいことばを言われたのは初めてだったから、おどろいた」
「逆に俺も聞きたい。あんたは記憶をなくした俺に対して、そうではないとばかり言う。では、あんたにとって、俺という人間は、なんなのだ」
「なんだ、って」
「恐ろしいことだ。あまり考えたくないが、あんたは俺を利用しているのか」

「利用など」
「そんな顔をするな。あんたは意外と顔に出る」
「すまない。でも、うまく言えないが、騙してはいないし、わざとあなたの気を引いたり、思わせぶりなことをしてみせたり、そんなことはない。それだけは信じてくれないか」
「いやなことを言うやつだと思うだろうな。こうしてあんたの先回りをして、言葉をぶつける、ろくでなしだとも」
「そんなふうに自分を貶めるあなたを見るほうがつらいよ。信じてほしいというのは取り下げる。信じなくていいし、恨んでもいい。けれど、そのことで、自分を責めないでくれ。
わたしがあなたを必要としている理由のなかに、利害が含まれているのはたしかだ。あなたの将としての才能が、いまのわたしの地位と名声を築いてくれた。それを失うということは、わたしの一部が欠けるのと等しい。手放したくないから、つよくあなたを拒まなかった」
「………」
「わたしをどんなに嫌ってもいい。憎まれてもかまわぬ。子龍、やはりあなたは、わたしのそばにいてはいけない。
あなたは、良くも悪くも純粋な人だ。生真面目で、一本気で、ひとつのことに集中したら、そこから動けなくなってしまう。それがまちがっているとはいわない。いや、言えない。そう言ってしまったら、あなたがいてくれるというだけでいままで救われてきた、わたしのことすら否定しなくてはならなくなる。
あなたにとって、わたしはすべてだったのだと、自信を持っていえるよ。その心地よさに、わたしがすっかり慣れて、あなたの心がどれほど苦しんでいるか、それを深く測ることもしなかった。
もしもわれらが間違っていて、罰を受けなければならないというのなら、それはわたしが引き受けるべきものなのだ」
「なぜ。あんたは、すこしも間違っちゃいない。俺とあんたは相性はいいのだろうさ。だが、あんたと俺のあいだには、じつは深い溝がある。
いまわかった。それを越えることはできない。もしも無理にでもそれを越えようとしたなら、あんたはきっと罪悪感に押しつぶされて、壊れてしまうだろう」
「わたしは冷たい人間だから」
「いいや。俺が、情に屈して歪みにはまった、あんたの姿を見たくないからだ。俺は、いまのままのあんたが好きだ。けれど、俺に踏み込もうとすればするほど、あんたを変えてしまう」
「変わらないものなど、どこにもないよ。あなたがたとえ元に戻ったとしても、むかしのままに変わらないなどということは、ありえない。いつか、わたしたちは憎みあうようにならないともかぎらないし、その逆だってあるわけだ」
「先のことはなにもわからないが、これだけは言える。この先、俺がどんな人生を歩くことになろうと、きっと、あんたの横にこうしている以上のことは、きっと望めないだろう。ほかのだれであれ、あんたの代わりにはならない。
俺は記憶がない。あんたの隣にいることでもたらされる利害の旨みもわからない。それでもそう思うのだ。これは、きっと、自分で唯一、信じてよいところなのだろう。俺を利用してくれてかまわん。それであんたが生きられるというのならな」
「自分を犠牲にしてもか」
「犠牲などとは思わんよ。あんたは口ではわあわあいうが、しかし本気で俺を嫌ったことは一度もないだろう」
「嫌えるはずもない」
「それだけで十分だ」

「…………」
「泣いているのか」
「……………」
「すまないな、俺はほんとうにどうしようもない」
「子龍」
「なんだ」
「少しだけなら、わたしに触れてもよい」
「…………」
「少しだけなら、だが」
「少しの加減がよくわからん」
「だから、少し、だ」
「むずかしいやつだな」
「ふつうだろう」
「そうかな」
「うん、そうだ」


「こういうと怒るかもしれないが、やっぱりあんたは奇麗だな」
「着飾っているからな」
「そうではなくて、うまくいえない。ぜんぶが奇麗だ」
「そんなことはない」
「やけに謙虚だな。でもほんとうにそう思う」


「なんだか、不思議な感じがする。なんだろう」
「無理はするな」
「無理はしていない。わたしはあなたの手が好きだ」
「手?」
「うん。ほかのだれの手であろうと、触れられるのはいやなのだ。悪い癖で、なんだかぞっとする。けれど、あなたの手は平気なのだ。わたしを守ってくれる手だということが、わかっているからかな」
「そんなにきれいな手でもない」
「でも温かい。傷とまめだらけの手で、ごつごつした手だけれど、好きなのだ。だから、うん、そうだな、これくらいならば、よし」
「そうか…………………? なにを笑う」
「だって、おかしいだろう。人がわたしたちを見たら、どう思うだろう。想像したら、笑いたくなった。わたしはこんな格好で、しかも化粧なんぞしたものだから、きっと涙のせいでひどい顔になっている。遠目ならばともかく、近づいてみたら、きっと仰天するだろう」
「だれも近づきはしないさ。だれもいないのだから」
「ほかのだれが見ていなくても、わたしが見ている」
「むずかしいやつだな、ほんとうに。あんたを何も考えなくさせるには、どうしたらよいのだろう」
「それを思いついたら」
「思いついたら?」
「わたしは、あなたにすべてを委ねてもいい。でも、たぶん、無理だ」
「なぜ無理とわかる」
「無理なものは無理だ。もう、これ以上は、ならぬ」

つづく……


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。