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周瑜は目も覚めるような赤い甲冑に、金糸の折り込まれた白い戦袍を身にまとい、手には毛扇をたずさえていた。
その凛々しい姿が戦場にあらわれただけで、兵士たちの闘志が燃えていく。
自分の影響力に満足しつつ、
「敵の数は?」
と問うと、物見の兵が素早く答える。
「百隻はあろうかと思われます」
「ふん、急ごしらえの軍にしては、よく集めたものだな」
つぶやくと、周瑜はきりりと表情をあらためて、よく通る涼やかな声で、下知した。
「出撃っ、みなのもの、日ごろの調練の結果をぞんぶんに示せ!」
すでに配置について出航を待つばかりになっている船と言う船から、おおお、と雄たけびが聞こえた。
手にした盾を太鼓代わりに叩いて応える兵もいる。
「ご無事で、都督っ」
留守番の魯粛の声に、周瑜は軽く手を振ると、曹操軍のやってきた西南を厳しくにらんだ。
昨日までなにもなかった河の面に、一群の船団がならんでいるのが見えた。
それに向かって、江東の船団も、ぐんぐんと水面を駆けていく。
周瑜の鄱陽湖《はようこ》での調練がものをいい、風のほとんどない状態でも、漕ぎ手たちが合図にあわせ、整然と船を漕いでいった。
曹操軍と角を突き合わせられるほどの距離になったところで、周瑜は毛扇をさっと振り上げると、
「弓隊、用意っ」
と合図をくだした。
とたん、船べりに弓兵があらわれて、風に乗せて、曹操軍の船に向けて矢を放つ。
矢は孤を描いて曹操の船団に乗り込んでいる兵士たちをめがけていく。
遠目でも、矢に当たって河に落ちていく敵兵の姿がわかった。
曹操軍も負けじと弓兵を用意しているが、届く矢は、あきらかに江東の弓兵の放つそれよりも少ない。
ぼろぼろと、面白いように、敵の兵が河に落ちていく。
周瑜のそばに、敵が放った何本かの矢が降って来たが、まったく動じない。
周瑜はじっと目を凝らし、曹操軍の動きをみきわめる。
曹操軍の船団の中心の楼船に、『蔡』の文字の描かれた旗があった。
あれが旗艦だろう。
曹操軍の水軍都督・蔡瑁《さいぼう》があらわれたのだ。
双方、はげしい矢の撃ち合いとなる。
側近の兵の盾に守られながら、周瑜はつぶやいた。
「やはり、緒戦ゆえ、曹操はあらわれぬか」
残念だな、と周瑜は思った。
周瑜は曹操と言葉をかわしたことがない。
遠目で見たことはあるが、そのときは、とくに強い印象を受けなかった。
人づてに聞いた話では、曹操は間近で接すると、炎の玉のような苛烈な印象を与える人物だと聞いている。
『どんな奴か、顔を間近で見たかったが』
代わりにやってきたのは、蔡瑁である。
蔡瑁は、周瑜からすれば、小物に過ぎない。
じっと目をこらしていて、わかったことがある。
河のうえをぐらぐらと揺れる船のうえで、曹操の船団は、だいぶ往生しているようすだ。
蔡瑁の乗り込んでいる船はさすがに動きがよかったが、その周りの闘艦や蒙衝などは、矢を避けるだけで手いっぱいだ。
ろくに反撃できないまま、船の激しい揺れに負けて、まっさかさまに河に落ちていく兵すらいる。
一部の船が、接近戦をはじめたのを見究めて、周瑜はさらに大音声で叫んだ。
「よしっ、このまま押せ! 曹操の犬どもに、われらの土地に足を踏み入れんとしたことを後悔させてやるのだ!」
つづく
周瑜は目も覚めるような赤い甲冑に、金糸の折り込まれた白い戦袍を身にまとい、手には毛扇をたずさえていた。
その凛々しい姿が戦場にあらわれただけで、兵士たちの闘志が燃えていく。
自分の影響力に満足しつつ、
「敵の数は?」
と問うと、物見の兵が素早く答える。
「百隻はあろうかと思われます」
「ふん、急ごしらえの軍にしては、よく集めたものだな」
つぶやくと、周瑜はきりりと表情をあらためて、よく通る涼やかな声で、下知した。
「出撃っ、みなのもの、日ごろの調練の結果をぞんぶんに示せ!」
すでに配置について出航を待つばかりになっている船と言う船から、おおお、と雄たけびが聞こえた。
手にした盾を太鼓代わりに叩いて応える兵もいる。
「ご無事で、都督っ」
留守番の魯粛の声に、周瑜は軽く手を振ると、曹操軍のやってきた西南を厳しくにらんだ。
昨日までなにもなかった河の面に、一群の船団がならんでいるのが見えた。
それに向かって、江東の船団も、ぐんぐんと水面を駆けていく。
周瑜の鄱陽湖《はようこ》での調練がものをいい、風のほとんどない状態でも、漕ぎ手たちが合図にあわせ、整然と船を漕いでいった。
曹操軍と角を突き合わせられるほどの距離になったところで、周瑜は毛扇をさっと振り上げると、
「弓隊、用意っ」
と合図をくだした。
とたん、船べりに弓兵があらわれて、風に乗せて、曹操軍の船に向けて矢を放つ。
矢は孤を描いて曹操の船団に乗り込んでいる兵士たちをめがけていく。
遠目でも、矢に当たって河に落ちていく敵兵の姿がわかった。
曹操軍も負けじと弓兵を用意しているが、届く矢は、あきらかに江東の弓兵の放つそれよりも少ない。
ぼろぼろと、面白いように、敵の兵が河に落ちていく。
周瑜のそばに、敵が放った何本かの矢が降って来たが、まったく動じない。
周瑜はじっと目を凝らし、曹操軍の動きをみきわめる。
曹操軍の船団の中心の楼船に、『蔡』の文字の描かれた旗があった。
あれが旗艦だろう。
曹操軍の水軍都督・蔡瑁《さいぼう》があらわれたのだ。
双方、はげしい矢の撃ち合いとなる。
側近の兵の盾に守られながら、周瑜はつぶやいた。
「やはり、緒戦ゆえ、曹操はあらわれぬか」
残念だな、と周瑜は思った。
周瑜は曹操と言葉をかわしたことがない。
遠目で見たことはあるが、そのときは、とくに強い印象を受けなかった。
人づてに聞いた話では、曹操は間近で接すると、炎の玉のような苛烈な印象を与える人物だと聞いている。
『どんな奴か、顔を間近で見たかったが』
代わりにやってきたのは、蔡瑁である。
蔡瑁は、周瑜からすれば、小物に過ぎない。
じっと目をこらしていて、わかったことがある。
河のうえをぐらぐらと揺れる船のうえで、曹操の船団は、だいぶ往生しているようすだ。
蔡瑁の乗り込んでいる船はさすがに動きがよかったが、その周りの闘艦や蒙衝などは、矢を避けるだけで手いっぱいだ。
ろくに反撃できないまま、船の激しい揺れに負けて、まっさかさまに河に落ちていく兵すらいる。
一部の船が、接近戦をはじめたのを見究めて、周瑜はさらに大音声で叫んだ。
「よしっ、このまま押せ! 曹操の犬どもに、われらの土地に足を踏み入れんとしたことを後悔させてやるのだ!」
つづく