「俺を殺したら、おまえはここにいる全員に殺される」
「莫迦なっ、おまえたちっ、わしが助けなければ、おまえたちはとうに飢え死にしていたのだぞ、それなのにおわしを憎むか、恩知らずめがっ!」
「状況をよく見ろ。村の壷中は、なぜおまえを助けるために軍師に弓を射掛けない?
そして、お前の周りの壷中たちは、なぜ俺を追いつめるために、子供たちを奪わない?
おまえの味方はどこにいる? どこにもいやしない」
「潘季鵬よ」
孔明の、高らかな声が、張り詰めた空気のなか、響く。
「いますぐ、子龍を解放せよ。さもなくば、そなたをこの場で殺す。
潘季鵬のそばにいる子供たちよ。
もはや我らに刃向かう気がないのであれば、いますぐその場から離れるがいい」
「莫迦な、子龍もいるのだぞ! 子龍も殺すつもりか!」
潘季鵬の声に、孔明は眉根ひとつ動かさず、趙雲を見つめる。
趙雲もまた、その視線をまっすぐ受け止めた。
ああ、わかっているとも。
目は閉じない。
じっと真っ直ぐに、孔明と、孔明の周囲で弓を番える…あれは陳到か?
そして関羽。
あのひとまで来ていたのか。
ほかにも見知った顔がたくさんいるではないか。
どいつもこいつも、弓はおれよりずっと上手い。
だから、心配なんぞどこにもあるものか。
孔明は、望楼の上の黒装束の男を見て、それからうなずき、そして、片手を上げた。
同時に、わらわらと、潘季鵬の周囲にいた兵士たちが持ち場を離れて逃げていく。
潘季鵬は、必死に逃げるな、と怒鳴るのであるが、聞くものはない。
孔明が、叫んだ。
「射よ!」
一斉に、ぶん、と弓が放たれる。
趙雲は思い出していた。
この風に立ち向かうような、威勢の良い音が好きであった。
そうだ、だから弓を手にしたのだった…決して、自ら手を汚さずにすむから、弓を選んだのではなかった。
何百という矢が、一斉に飛んでくる。
うわあ、と不様な悲鳴がした。
あっけないものだ、と趙雲は思った。
咽喉元につきたてられていた剣は、からんと音をたてて、地面に転がった。
たんたんたんたん、と雨音にも似た音がつづく。
流れ矢が一本もこちらに向かってこない。
すごい連中だ。
おれの仲間なのだ。
「もう目を開けてもよいぞ」
ぎゅっと自分にしがみ付いていた子供達に言うと、趙雲は、隣で矢を一身にうけ、仰向けに倒れている潘季鵬を見た。
これが、公孫瓚を殺め、劉表に取り入り、多くの子供たちを踏みにじって、今日まで生きていた男の末路なのか。
その顔には、悲しくなるくらいに人間的な、恐怖に満ちた表情が浮かんでいた。
何百という人間の人生を狂わせた怪物の顔ではなかった。
下手をすれば、どこにでもある顔…そうとも表現できそうではないか。
どこで、この男は狂ってしまったのだろう。
たった一人、なにも生まず、生み出すことができず、一人で死んだ。
「子龍っ」
荷車の上から弾丸のように孔明が村から飛び出し、ついで、陳到と、趙雲の部将たちが、いっせいに村から飛び出してきた。
関羽だけは村に留まり、趙雲に向けて大きく手を振っている。
世知に長けた男らしく、村に残っている壷中の残兵や、豪族たちを取り仕切るために、わざと残ったのだろう。
さすがの配慮である。
「弓矢が当たっていないだろうな、無事か」
というのが孔明の第一声であった。
すぐに追いついてきた陳到が、笑って言う。
「軍師、何をおっしゃる。怪我なんぞあろうはずがございませぬ。
我が精鋭たちは、弓にはなにより自信がありますゆえ」
「ああ、矢はたしかに当たらなかったが、ひどい顔だな、とても子龍とは思えぬ」
孔明は、ほとんど泣きそうな顔をして趙雲の頬に触れてくる。
さきほどの、毅然とした軍師の姿とは、まるで別人であった。
つづく
「莫迦なっ、おまえたちっ、わしが助けなければ、おまえたちはとうに飢え死にしていたのだぞ、それなのにおわしを憎むか、恩知らずめがっ!」
「状況をよく見ろ。村の壷中は、なぜおまえを助けるために軍師に弓を射掛けない?
そして、お前の周りの壷中たちは、なぜ俺を追いつめるために、子供たちを奪わない?
おまえの味方はどこにいる? どこにもいやしない」
「潘季鵬よ」
孔明の、高らかな声が、張り詰めた空気のなか、響く。
「いますぐ、子龍を解放せよ。さもなくば、そなたをこの場で殺す。
潘季鵬のそばにいる子供たちよ。
もはや我らに刃向かう気がないのであれば、いますぐその場から離れるがいい」
「莫迦な、子龍もいるのだぞ! 子龍も殺すつもりか!」
潘季鵬の声に、孔明は眉根ひとつ動かさず、趙雲を見つめる。
趙雲もまた、その視線をまっすぐ受け止めた。
ああ、わかっているとも。
目は閉じない。
じっと真っ直ぐに、孔明と、孔明の周囲で弓を番える…あれは陳到か?
そして関羽。
あのひとまで来ていたのか。
ほかにも見知った顔がたくさんいるではないか。
どいつもこいつも、弓はおれよりずっと上手い。
だから、心配なんぞどこにもあるものか。
孔明は、望楼の上の黒装束の男を見て、それからうなずき、そして、片手を上げた。
同時に、わらわらと、潘季鵬の周囲にいた兵士たちが持ち場を離れて逃げていく。
潘季鵬は、必死に逃げるな、と怒鳴るのであるが、聞くものはない。
孔明が、叫んだ。
「射よ!」
一斉に、ぶん、と弓が放たれる。
趙雲は思い出していた。
この風に立ち向かうような、威勢の良い音が好きであった。
そうだ、だから弓を手にしたのだった…決して、自ら手を汚さずにすむから、弓を選んだのではなかった。
何百という矢が、一斉に飛んでくる。
うわあ、と不様な悲鳴がした。
あっけないものだ、と趙雲は思った。
咽喉元につきたてられていた剣は、からんと音をたてて、地面に転がった。
たんたんたんたん、と雨音にも似た音がつづく。
流れ矢が一本もこちらに向かってこない。
すごい連中だ。
おれの仲間なのだ。
「もう目を開けてもよいぞ」
ぎゅっと自分にしがみ付いていた子供達に言うと、趙雲は、隣で矢を一身にうけ、仰向けに倒れている潘季鵬を見た。
これが、公孫瓚を殺め、劉表に取り入り、多くの子供たちを踏みにじって、今日まで生きていた男の末路なのか。
その顔には、悲しくなるくらいに人間的な、恐怖に満ちた表情が浮かんでいた。
何百という人間の人生を狂わせた怪物の顔ではなかった。
下手をすれば、どこにでもある顔…そうとも表現できそうではないか。
どこで、この男は狂ってしまったのだろう。
たった一人、なにも生まず、生み出すことができず、一人で死んだ。
「子龍っ」
荷車の上から弾丸のように孔明が村から飛び出し、ついで、陳到と、趙雲の部将たちが、いっせいに村から飛び出してきた。
関羽だけは村に留まり、趙雲に向けて大きく手を振っている。
世知に長けた男らしく、村に残っている壷中の残兵や、豪族たちを取り仕切るために、わざと残ったのだろう。
さすがの配慮である。
「弓矢が当たっていないだろうな、無事か」
というのが孔明の第一声であった。
すぐに追いついてきた陳到が、笑って言う。
「軍師、何をおっしゃる。怪我なんぞあろうはずがございませぬ。
我が精鋭たちは、弓にはなにより自信がありますゆえ」
「ああ、矢はたしかに当たらなかったが、ひどい顔だな、とても子龍とは思えぬ」
孔明は、ほとんど泣きそうな顔をして趙雲の頬に触れてくる。
さきほどの、毅然とした軍師の姿とは、まるで別人であった。
つづく
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このところ、忙しいのに体調が悪いという負のスパイラルに絡めとられているせいか、朝から異様に眠いことがあります。
珈琲を飲んで対抗していますが、なかなか眠気が晴れません。
あっちこっちガタが来ているのだなあと実感しているところ。
みなさまも体調にはお気を付けくださいませ!